いつだって劇を求めている

「やっぱりここにいた」

「……霞 一花。学校内では接触するなと言ったはずだが?」


 あのゲームから翌日、私は空噛を追いかけて学校の屋上に来ていた。金網に背を預けて一人で食事をしている彼の髪型は、いつも通りのキノコ頭。


「その髪、目を隠すため?」

「話しかけるな」


 夏が近づき、暖かくなってきているにもかかわらず、長袖の学ランを着込んでいる。それはきっと、腕の傷を隠す為だろう。

 空噛 慧という男はあまりにも隠し事が多すぎる。


「空噛、エデンゲームが初めてって嘘でしょ」

「しつこいぞ。次は警告しないからな」


 カッターの刃先を私に向けて、野暮ったい前髪の向こうで睨みつける。しかし、全く意に介さずに彼の隣へと腰を下ろした。露骨にいやそうな顔をするが、離れようとしない。


「そこ、老朽化してたんだ」

「そうだな。もう何年も前かららしい。誰も言わないからずっとそのままだ」

「崩れたら死んじゃうよ?」


 空噛が背にしている金網は錆びて腐っていた。いつ壊れてもおかしくはない。

 チラリと私の方を見ると、馬鹿にするように鼻で笑う。目元を覆い隠しているが、不思議と彼の視線の先はわかった。


「あのアーマーを着てるから死なねえよ」

「……驚いた。ゲームのことがバレたらまずいから話しかけるなって言ったくせに」


 苛立った様子で耳の後ろを掻きむしったかと思うと「覚えてるならここに来るんじゃねぇよ」とため息をつく。私だって友達との約束を断ってまで来ているのだ。それだけ重要な用事がある。


「今日もゲームに参加したい。お父さんが持病持っててさ。そろそろ検査があってお金が必要なの」

「家族ねぇ。まぁ理解できないわけじゃない。それに、スリルさえ味わえれば何でもいいしな。いくらでも付き合ってやるよ」


「ねぇ、その金瞳、何があったか聞いていい?」

「お前勘がいいのか? それとも普通に頭がいいのか?」

「んー。どっちも」

「せいぜい、その探偵気取りの性格に足元を掬われないようにな」


 手に持っていた菓子パンの袋をグシャリと握りつぶすと、丁寧にレジ袋に閉まってカバンの中に突っ込む。代わりに辛いポテトチップスを取り出した。

 その様子を眺めながら、話が長くなることを見越して弁当の蓋を開ける。


「もともとエデンゲームは一人でも参加できた。その名残だ」


「え、それだけ?」

「他に話すことがあるか? そこである程度稼いで。どっかのタイミングで一人で参加できなくなったから行かなくなった。それだけだ」


 お菓子の袋を傾けて中身を一気に口に放り込んで、屋上から出ていこうとする。まだ箸を取り出したばかりで一口も食べれていない。


「じゃあ、昨日はどうして?」

「別に。またスリルを味わいたくなったから、ドラマティック・エデンでペアになれそうなやつを探そうとした。そしたら、お前がいた。これで十分か?」


 煩わしそうな顔を浮かべる空噛に圧されて口を閉ざす。

 だが、不意に彼は笑い出した。


「お前、大事なところで詰めが甘いな? 昨日のアレが本当に偶然だと思うか?」

「なに? どういう意味?」


「エデンゲームは余興なんだよ。よりゲームが面白くなるようにプレイヤーを選んでいる。昨日俺があのコンビニに行ったのは、送迎場所としてエデンが指定したからだ」

「最初から、私を引き込む気だったの!?」

「けど、それで助かってるんじゃないか?」


 見透かすような視線を向けられる。けれど、私からは空噛の表情が読み取れず、ひどく不気味な人形を相手しているようだった。


「ドラマティック・エデンはいつだって劇を求めている。あのシスターみたいにな」


 太陽が照りつき、日も暖かくなってきたころだというのに、私の首筋には冷や汗が垂れている。猛獣を前にしたような体の震えが止まらず、昼食を食べ終える前にチャイムが鳴った。


 その日の夜、アルバイトを終えると空噛からメッセージが届いていた。市の中心にある公民館の駐車場に集合しろという内容だ。


「ごめん、遅くなった」

「またバイトか。ゲームでの稼ぎが安定するまでは仕方ねえのか?」

「ううん。バイトもやめるつもりはない。家族に不審に思われちゃうから」


 私の言葉など興味がないかのようにスマホを操作する。おそらく送迎とやらを呼んでいるのだろう。

 昼間見たキノコ頭から、オールバックのワイルドな姿になっており、真っ暗な闇夜に金色の瞳が浮かんでいて、まるで月のようだ。


「アーマー着てきたか?」

「うん。でもなんで?」


 普段着の下に例の迷彩服を着てくるように空噛に言われていた。何の意味があるのかは分からないがきっと必要なことなのだ。

 すると、空噛がいきなり自撮りを始める。何を遊んでいるのだろうと不思議に思っていると、つい先ほどまでいたはずの彼の姿が見えなくなった。驚いているともう一度シャッター音が鳴って空噛の姿が現れた。


「なにしたの?」

「俺たちの姿を透明化させた。アーマーの効果だ」


 ドラマティック・エデンの場所を悟られないための措置であり、透明化していないとゲームには参加できないらしい。ちなみに、初めての場合にのみ気絶させられて、ほとんど拉致のような状態で連れていかれる。と、空噛から聞いた。


 そして、ゲームの最中には使えないことも。


 しばらくすると、空噛商事のロゴが描かれた社用車が駐車場に止まり、中からウエイターが降りてきた。後部座席を手で指し示す。「乗れ」ということだろう。


「霞 一花。虫は苦手か? 巨大アリンコと戦えそうか?」

「虫は……芋虫とかは無理かな。アリは大丈夫だと思うけど」


 おそらく今日戦うことになるであろうモンスター。

 巨大というのがどれほど大きいのかは分からないが、たかがアリ風情。ほんのちょっぴり驚くかもしれないが、そこまででもないだろう。


「今回は2~3万を稼ぐことを目標にやるつもりだ。十分か?」

「うん。とりあえずは大丈夫」


 今回のゲームも、しぶとく生き延びてやる……。

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一花の友達(レイナ)「今日は一緒に食べれないって、何があったのかな?」

一花の友達(みなみ)「さぁな。そういうときもあるだろ」

一花の友達(さゆり)「先ほど、空噛君が屋上に向かっていましたが、それについて行くような形でむかってましたよ?」


レイナ「空噛に告白とか……?」

みく「ありえねぇー」

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