15人目を手引きしたやつがいる

 ハンドガンをなぞって扉をくぐった。

 その先には、一切の障害物がない平野が広がっていた。ただの広い草原と言った様子であり、遠くの方で歩いているゴブリンも良く見える。


 インペラトリーチェのパーティや長身の男のパーティとは別ルートであるため、タブレットの案内に任せて平野を歩く。こちらに気づくモンスターも多いが、まっさらな平野では距離感が掴めず、近づきにくいようだ。


「なぁ、俺たちがこの辺りの警護なんだよな?」

「そうだよ。それがどうかした?」


 先ほど三人で決めた警護範囲を示したマップを見ている空噛が低い唸り声を上げる。


「俺たち二人が遊撃に回ると思ったんだが、違うのか……」

「そういえばそうだね。私達2人しかいないんだから、斥候とかの方が扱いやすいと思うけど」

「これを決めたのは、誰だ?」


「えーと、名前を聞き忘れた背の高い男の人。真っ黒なアーマーを着てた人なんだけど……」

「多分、熊か?」


 熊とはひどい物言いである。確かに背は大きいが、そこまで体格がいい訳ではないし、どちらかといえば、二足歩行の鹿の方が似ている気もする。それか黒く染められたシマウマ。


「そういう意味じゃねえよ。アイツの名前が『熊』なんだよ。多分偽名だけどな」

「ああ、私達で言うところのKとかONEとかってことね」


 こういった時に察しよく話をスムーズにしてくれていた人を思い出した。あの人は、言葉足らずな空噛の意図をくみ取ってあげられる唯一の人だと言ってもいいだろう。

 温かな笑顔を思い出すと、胸が締め付けられる気持ちだった。


 そんな風に話していると、平原に目立つように張られた大きなテントが見えてくる。さらにその向こう側には、デスピュアクロウと鉄柵が用意されており、柵の中には6人ほどのパーティが戦っていた。


「霞ちゃん、遅かったね。おっと、君は初めましてかな? 小鳥遊たかなしフーズの大谷 晴です。今回はよろしくね!!」


 はきはきとした様子で近づいてきたのは、インペラトリーチェに所属する大谷さんだった。

 応接室で見かけた迷彩服ではなく、甲冑と言うか鎧と言うか、まるで中世の騎士を思わせる重武装に身を包んでおり、その手には、人の頭ほどのハンマーが握られている。


 顔を覆っていた甲冑を外すと、一度地面におろして、名刺を取り出して空噛に渡す。


「あいにく名刺は持ってないんでね。Kだ。今日はよろしく」

「けいくん?」


 自己紹介を終えると、大谷さんは今の状況を伝えてくれた。


 すでにデスピュアクロウ討伐は始まっているようで、何度か歓声のようなものと意味の分からない外国語が聞こえてきていた。

 それに混じってデスピュアクロウの悲鳴も聞こえてきており、それにつられるようにゴブリンなどのモンスターも近づいてきているらしい。


「おーい、こっちの様子を見に来たんだが、あとどのくらいで終わりそうだ?」


 私たちが話していると、ちょうどいいタイミングで長身の男もやってくる。


「熊くん!! パーティメンバーの方はいいの?」

「俺が居ないからってすぐに死ぬほど弱くねえよ。それより、まだ倒せなそうか?」

「うーん。すでに10分は戦っているし、そろそろ終わるとは思うけど」


 腕を見る仕草をするが、鎧のせいで時計が見えないようだ。小さく声を漏らして手首を撫でる。鎧が擦れてカチャカチャと音を立てた。


「こっちのバカが、ハイペースで飛ばしてるからよ。最悪、変わってもらっていいか?」

「あ、全然かまいませんよ。ところで、貴方の名前を聞いてないんですけど……」


 先ほどの黒いジャケット姿から変わらない長身の男が、ぎろりと私を睨む。いや、決してにらんだわけではないと思うが、いかんせん身長差のせいで、視線を下げただけで睨んだように見えてしまっていた。


「熊と呼べ。本名は、森野に捧げたから無いんだ」

「森野って、さっき一緒にいた小さい女の子?」


 大谷さんが尋ねると、長身の男――熊さんは静かにうなづく。


「まぁとにかく、まだ時間がかかるならバカを落ち着かせなきゃならねぇ。邪魔して悪かったな、持ち場に戻るとするわ」


 ひらひらと手を振ってどこかへと歩いていく。

 障害物の少ない平原と言っても、かすかな起伏や岩場は多いようで、あっという間に彼の姿は見えなくなった。


 しばらくすると、甲高く不愉快な鳴き声が聞こえてくる。

 背後にいるデスピュアクロウではなく、その下位個体であるインピュアクロウが近づいてきているようだ。


 見た目だけで言えば、巨大なカラスと言うだけなのだが、ぎょろりと飛び出した目玉に、くちばしからだらしなくはみ出した舌や妙に筋肉質な体つきを見ると、とても私たちの知るカラスと同じ種類には思えない。


「ONE、援護は頼むぞ」

「……あ、私か!! 分かった」


 翼をバタバタと広げて突進するインピュアクロウ。

 空噛がすれ違いざまにナイフで切りつけると、咆哮と血が零れた。


「霞ちゃん、武器は何!?」

「ハンドガンとキャノンです。援護は任せてもらって大丈夫です!!」


 地面に置いていた頭部の甲冑を装着しなおすと、ハンマーを携えて接近する。


 インピュアクロウのくちばしと大谷さんの顔が、キスでもしてしまいそうなほどに近づいたかと思うと、右方から思いきりハンマーを振りぬいた。


 飛び出した目玉はそのままの勢いに任せて地面へと転がる。


 血反吐と唾液が零れたかと思うと、体勢を崩して力なく悲鳴を上げた。

 倒れたインピュアクロウの心臓めがけて、空噛のナイフが入る。魔石を取り出して、完全に息の根を止めるつもりらしい。


 だが、火事場の馬鹿力で抵抗したかと思うと、一瞬跳躍して距離が離れる。


 ゴロゴロと喉を鳴らすと大きく口を開けて毒液を吐き出した。


「うお!! このゴミクズが……」


 左半身へと毒液が振りかかり、空噛の足が止まる。

 一瞬大谷さんの足が止まって空噛に目を向けると、絶叫と共にインピュアクロウが突進して、ゴロゴロと地面を転がった。


 火炎弾フレイムバレットを撃ってインピュアクロウを取り囲む。

 その隙に空噛が回復薬を飲んで、痛みを誤魔化すと、もう一つのナイフを取り出した。


「速さには速さで対抗だ……。加速ブーストドーピング」


 腰に差した注射器の中身が空になると、一気に駆け出していく。


 炎の壁を突っ切ってインピュアクロウに接近していくと、またも毒液の構え。


「目を瞑って!!」


 空噛が腰を下げて目を閉じたのが見えると、閃光弾を射出した。

 目が眩んで嘴が閉じると、喉元を切り裂くようにナイフを交差させる。


「これで毒液は封じたぞ……? さぁ、次はどうする!!」


 刺激スリルを求める狂人は、わざと翼での攻撃を受けると、痛みに悶えて微笑んだ。


「最高に楽しいねぇ!! エデンじゃなきゃ、こんな瀬戸際スリル味わえない!!」


 山田さんを失ってから、より狂気的にスリルを求めるようになった。

 自分の不甲斐なさを責め立てるように、彼の左腕には自傷の痕が強く残っている。


「あのバカ……。本当に遊撃を任せなくて良かった」


 吹き飛ばされた先に居たゴブリンにまで攻撃を仕掛ける空噛にため息をつくと、キャノンを構える。

 けれど、引き金を引く前に私の手は止まった。


「ああ、あんまり寝ぼけているとまた怒られちゃうな……」


 大谷さんが立ち上がったかと思うと、ガシャガシャと音を鳴らしながらゆっくりとインピュアクロウに近づいていく。


「ウラァ!!」


 ベキョリという奇妙な音が響いて、インピュアクロウの翼にハンマーが打ち付けられる。

 そのまま連続してインピュアクロウの全身を叩く。


「なにあれ、すごい……!!」


 一縷の隙も与えずに様々な方向から打撃を加えたかと思うと、腰に下げていたきんちゃく袋から火打石を取り出して、宙へと放り投げた。


 まるで野球のノックのように石ころを打つと、ハンマーが燃え盛る。


「フレイムストライク!!」


 火打石ごとインピュアクロウのくちばしを叩くと、鋭利な先端が歪んで潰れた。

 だらしなく開いた口元めがけて、爆発弾丸ボムバレットを撃ち込むと、インピュアクロウの頭が吹き飛んだ。


「ナイス、霞ちゃん!!」

「ありがとうございます。K、戻ってきて」


 ゴブリンに馬乗りになって、口の中に手を突っ込んでいる空噛を呼び戻す。

 緑色の死体の山に真ん中で傷だらけになっているジャンキーに回復薬を渡すと、へらへらした様子で液体を飲み干した。


「なんだ、もう終わったのか」

「アンタがもう少しちゃんとしてくれれば、もっと早く終わったんだけどね」


 凶悪な笑みを浮かべながら髪をかき上げて、ナイフに着いた血を拭く。

 どうやら、デスピュアクロウとの戦闘も終わったようで、一際大きな歓声が聞こえてくる。


「じゃあ、自分たちも帰りましょうか」


 鎧に着いた血が気になるのか、着ていた甲冑を脱ぐと、女性と二人寄り添った写真の入ったペンダントが見える。


「ああ、これですか。妹です。今年中学2年生になった、自分の大切な家族です」

「もしかして、妹さんのために……?」


 私が尋ねると、恥ずかしそうに笑って、うなづく。優しくペンダントを撫でていた。


「親父の借金が残ってて、もうすこしエデンゲームは続けなきゃいけなそうですけど、この娘のためなら、自分は頑張れるんです」


 大谷さんに似た明るい顔つきの少女は、見覚えのない制服を着ている。デザイン的に私たちと同じ県のものだとは思うが、たぶん、この辺りの中学校ではないはずだ。


「あ、ごめんなさい。どうでもいい話を……。インピュアクロウの報酬は、三等分でいいですか?」

「そっか、ここで倒したモンスターの分は、別で報酬がもらえるんだっけ?」


 空噛に尋ねると、自分が倒したゴブリンに回収用のテープを貼るので忙しそうだった。


 ため息をついてインピュアクロウに向きなおすと、思い出したかのように大谷さんが尋ねる。


「そういえば、霞ちゃんたちって2人なの?」

「はい、そうですけど……?」


 15人が参加上限で、10人はインペラトリーチェのメンバーなのだから当然だろう。


「おかしいな。2って言ってたけど……?」

「え……?」


 そんなはずがない。

 数が合わないじゃないか。


 思わず空噛の方を向くと、彼も驚いたような表情をしていた。


 もう1人は誰だ?


 じっとりとした汗が首筋を伝う。空噛もなんとなく嫌な予感を感じ取っているのか、強張った顔そしてナイフを握り締めていた。


「確認ですけど、そっちのパーティは10人ですよね?」

「そう……だけど?」

「霞一花、お前も人数上限の文字は見たよな?」


 震えた声音で尋ねる空噛に対して首肯。


 不可視の15人目に怯えるように視線をさまよわせるが、見当たるはずもない。


「俺たちの中に、15人目を手引きしたやつがいるってことか?」

「はぁい、空噛 慧そらかみ けい


 突如空中から声が響いた。見上げた先には栗毛に赤いマント、アノニマスマスクを着けた少年。


「ソルシェ……!?」


 前回、空噛の姉であるトートと共にケイブ洞窟へと現れ、私達を追い詰めたディストピアのメンバーの一人であるソルシェが、私たちを見下ろしていた。


 アノニマスマスクのひげをなぞると、あまたの魔法が彼の体を包み込む。


「ディストピア・チェンジ」

魔術師マジシャン


 仮面の叫び。

 少年の背丈が変わって、栗毛の上にシルクハットを被る。まるで怪しい手品師のような格好に変貌すると、マントを翻して指を鳴らす。


「ご覧にいれましょう。手品と魔術マジック&マジックを」


 私の隣に立っていた大谷さんが、一瞬で灰と化した。

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討伐だけでは報酬は貰えません。モンスターの素材が金になるのです。

※ディストピアメンバーや新種のモンスター、イレギュラーモンスターについては情報を持ち帰るだけでも金を払ってくれます。

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