だから、僕が根絶やしにする。
私の隣に立っていた大谷さんが、一瞬で灰と化した。
足先から、空に溶けるように消えていき、自分の状態すらもわかないままで茫然と立ち尽くす。
悠然と空中を浮かぶ少年は、ニタリと不気味な笑みを浮かべた。
奇術師の面の奥から声が響いた。
「インペラトリーチェの
その鉄仮面に貼り付けられた薄気味悪い笑顔の少年は……
「ソルシェ!! 山田さんの仇!!」
「言葉に気を付けろよ、人間。ボクの気まぐれでお前たちを殺すことなんて造作もないんだ」
咄嗟に向けたハンドガンが弾き飛ばされる。放てた弾丸は、
また理不尽に奪われる。
恐怖だけが頭を支配していく中で、空噛は動いた。
「
「そうやって、この世界の住民を傷つける。忌まわしき技術だね」
空噛の足に植物が絡みついたかと思うと、地面へと引きずり落として叩きつけた。
倒れる空噛の頭上には無数の岩石。
大きな砂煙と共に大岩が崩れて、中心から空噛が現れる。
頭から血を流してはいるが、アーマーと回復薬のおかげで見た目よりダメージは少ないらしい。
「空噛……!!」
「こっちに来るな。霞一花、お前は扉を出ろ」
「あはは、逃がすわけないじゃん。インペラトリーチェもろともブッ殺すよ」
ソルシェが口を滑らせ、目的を話すと、空噛は不敵に笑う。
「残念、ソイツは帰ったよ。機を伺いすぎたせいで、遅かったな」
「あっそ。まぁべつにあの裏切り者を殺すのは、王様からの命令じゃなかったし、独断だったから別にいいけど……。でもお前たちは殺す」
純粋な殺意をほとばしらせると、ゆっくりと地面へと降り立つ。
何をするかと思えば、土に手を着いて何かを引きずり出した。
「杖……?」
錫杖と言うのだろうか?
土色の長い杖を取り出すと、栗毛の上に乗ったシルクハットを目深に被り直して杖を揺らした。
「土塊の砲弾。お前たちは地面に埋めて圧殺だ」
先のとがった大岩がミサイルのように射出された。
空噛は咄嗟にナイフで弾いたようだが、ハンドガンが吹き飛ばされた私には防御のすべがなかった。
手近にあった大谷さんの鎧で初弾を防ぐと、一撃で歪んでしまう。
「ど、どうしよう!?」
「あはは。物体消失マジックなんて、お好き?」
追い打ちをかけるかのように私の方へと切迫すると、曲がった鎧に手を掛ける。
一瞬で持っていられないような高温まで熱を持ったかと思うと、火山に投げ入れたかのように金属が溶けだして煙を上げた。
「今度は、人体切断マジックなんてどう?」
シャランと錫杖を振るうと足元から草が登り太ももを締め付ける。
「あああああ!!」
アーマーの絶叫と骨のきしむ音。
バチンとはじけるような音が平野に響いて、私の左足が空中を舞った。
「一花!!」
「今度はどこを切ろうかな?」
倒れる私の肩に錫杖が突き刺さる。
一瞬右手が跳ねたが、そこからは力を入れても動かせなくなった。
全身を駆け巡る激痛を感じて、遅まきながら後悔の念があふれる。
もとはといえば、空噛の口車に乗ったせいだ。けれど、選んだ私にも責任はある。だが、そんな選択しか与えなかった環境が悪いのではないか。
なにより、無責任に孤児を引き取る両親が……
「それはダメだろ、霞一花!! 思い出せ、私の信念を……」
血と共にあふれた弱音を飲み込んで、震える手で立ち上がる。
「キャノン!!」
片腕で、背中に背負った大砲の銃口を奇術師の鉄仮面に向ける。
目の前に塞がる薄気味悪い笑顔を吹き飛ばすと、反動で私の体が浮かんだ。
(ああ、そうか。もうアーマーは壊れちゃったんだ)
まるで他人事のように思うと、視界の隅で背の高い黒服の男と、赤ずきんのような少女が目に映った。
「おいおい、どういうことだ」
「熊くん、なんかヤバいんじゃない!?」
現れた二人の男女は、遊撃に回っていた熊と森野と呼ばれる少女。
いつまでたっても私たちが帰らないことで不信感を抱き駆けつけてくれたのだろう。
「二人とも、よく聞け。そこに転がってるONEを背負ってドラマティック・エデンまで逃げろ。そしてすぐにバトラーにこう言え『ディストピアのソルシェが現れた。コイツ一人だ』ってな」
「どういうことだよ。意味が分からねぇぞ」
インペラトリーチェの印が描かれた人たちは、全員灰になっている。
そこら中に装備品が転がっており、その中心で佇むソルシェの様相はあまりにも異常だった。
人間のような栗毛にシルクハット、手品師か怪盗を思わせる赤いマント姿の青年は、あまりにもモンスターらしからぬ格好であり、とてもこんな惨劇を引き起こした人物には見えない。
だが、期待を裏切るように、真っ白な手袋を差し向けると、手のひらに火炎が生まれる。
「お前らで終わりなら、まとめて消すか」
「危ない!!」
少女が私たちを庇うように前に立ったかと思うと、大きな盾を展開する。盾の大きさは、どこに隠し持っていたのか不思議なほどに大きい。
けれど、あまりの熱量にだんだんと押し込まれていく。
「熊くん、この娘は私が背負うから、逃げよう!!」
「おい、Kはどうするんだ!?」
「加勢を呼んで来い。時間稼ぎぐらいは出来るはずだ」
時間稼ぎ。といっても、大したことは出来ないだろう。
「盾が死ぬのが合図だ。森野はONEを背負ってろ」
足が無くなり片腕を負傷した私を担いで、扉を目指す。
「盾が破られる……。ちょっと揺れるけど、我慢してね!!」
私を背負い、ひものようなもので固定する。
森野ちゃんの身長が150cm後半だと見積もっても、私の161cmを完全に背負いきるのはかなりの負荷のはずだ。たとえアーマーがあってもバランス感覚は難しい。
なにより、今の私は片足がなく、余計に支えにくいのだ。
盾の向こう側で、へらへらとした笑い声が聞こえると、鎧を溶かした時と同じ高熱で畳を二枚並べたような大きさの盾が蒸発した。
「あらら、そっちの3人はショーが気に食わなかったのかな?」
「あまりにつまらないから観客が一人になっちまったが、まぁ、悪いな」
ナイフを向けてじりじりと迫り寄るが、ソルシェは帽子を撫でて不敵な笑みを浮かべる。
……鉄仮面だから表情は変わらないはずだが、そう見えた。
「瞬間移動マジックってのは、ありきたりすぎるかな?」
突如、私たちの前に現れたかと思うと、森野ちゃんの首を刎ねた。
ゴムボールのようにポーンと転がる少女の頭が平野を血に染める。目の前が赤く塗りつぶされていくというのに、まっさらな感情のまま、何も感じることができない。
「森野ォォ!!」
一泊遅れて、熊さんの絶叫が響く。
背後で、空噛が膝から崩れ落ちてナイフを取りこぼす。
「お前は、殺す!! 絶対に許さない」
激情に駆られた熊さんが腰に差した長刀を抜く。
そのまま怒りに任せて斬りかかったが、無数の蔦が彼の体を拘束する。
「許さない。は、こっちのセリフだ侵略者ども。父さんがお前たちを滅ぼすことに執着しているのも、母さんが父さんを裏切ったのも、全部お前たちのせいだ。だから、僕が根絶やしにする。絶対にだ!!」
初めて見せたソルシェのむき出しの感情。
それに呼応するように植物たちが熊さんの体を締め上げていき、ついに刀を手放した。
「姑息な
手袋を外して、ブリキの手が熊さんの額に触れる。縛られた彼は、全身を
「これは、お前たちに対する罰だ。せいぜい、同族同士で殺し合え!!」
完全に狂気に落ちた瞳が私たちを捕らえる。
加速した空噛が、私に突き立てられた刀を寸前で止めるが、武器に伝わる力が違いすぎる。
「這ってでも、逃げなきゃ……」
「ダメだ。お前も罪人らしく、ここで見ていろ」
地面から伸びた蔦が、私の体を大岩に押し付ける。
顔を背けようにも自分の意思に反して、ボロボロの空噛を眺めてしまう。
一切反撃をしようとしない空噛に対して、一切の容赦のない熊さん。
まるで勝負になっていない。
「俺はもう、目の前で死んでほしくないんだ。姉さんも山田たかしも失って、霞一花も守れなかった。だたら、俺が代わりに死ぬべきだろう?」
「そうだ!! 死んで償え、
血と涙を零し、首をささげる空噛。
私は、また何もできないのか?
ホブゴブリンの時も動けなかった。
山田さんも助けられなかった。
その程度で、あの子たちのお姉ちゃんになれるのだろうか。
肉親を失ったあの子たちの傷を癒せるのだろうか。
動け
動け!!
動けよ!!
「空噛、アンタが死ぬ必要なんてない……。お姉ちゃん舐めんな!!」
肩から血を噴出させながら、まとわりつく蔦を振り払う。
「軽い催眠程度とはいえ、洗脳魔法を打ち破った!?」
「お姉ちゃんには、魔法なんて効かないんだよ!!」
武器はない。希望もない。勝ち目もない。
あるのは、死にたくないという意思だけだ。
「それは、死の顕現。ブリキのガラクタに訪れる終焉……」
ぼやけた視界に、歌が広がった。
冷酷で、残酷で、この世の何よりも理不尽な歌が。
「シスター、ゴリアテ、ヴァルカン。お前たちまで相手取るには、分が悪いか」
平野に響く歌から逃れるように、鉄仮面の人形はその場から離脱する。まるで、死に怯えるように一気に逃げ腰になった少年は、操っていた黒服の男を捨てて逃げ出した。
「ソルシェ……!! 逃がすか」
空噛が振るったナイフが空中を通り抜ける。
瞬間移動まで使って逃げたようだ。
ゴリアテさんが足を失った私の太ももあたりに上級の回復薬を振りかけると、じくじくとした痛みの後に、ゆっくりと再生が始まった。傷だらけの空噛にも回復薬を飲ませて眠らせる。
「ゴリアテ兄さん、私とヴァル兄が追います。二人をお願い」
「わかった。シスターを頼むぞ、ヴァルカン」
首肯で返すと、平野を走り抜けようとする。
「待ってください!!」
咄嗟に引き留めると、ハンドガンの元まで急いだ。
まだ、弾倉にはいくつかの弾薬が残っている。
「
空中に向かって放った弾丸は、即座に軌道を変えて、平野を走り抜けた。
「アレを追ってください。ソルシェのマントに一発だけ、仕込んであります」
「ありがとう!! よく頑張ったわね、一花ちゃん」
ゴブリンの特性『統率』は同じゴブリンに引き寄せられて移動する。
私が放った弾丸も、ソルシェのマントに付いた弾丸を追跡し続けるはずだ。
とっくの昔に限界を迎えていた体を引きずるようにして、なんとか歩ける程度まで回復してから、ドラマティック・エデンまで戻る。
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「バトラーに言われて急いでプレーヌ平野に出向いたが、そんな偶然にディストピアの連中が暴れているところを目撃するものなのか……?」
「たしかに情報の伝達が早すぎたりと、怪しい部分は多いけど、今はそれどころではないでしょ」
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