ウエイターの死体

 誰もいなくなったドラマティック・エデンの会場で、バトラーとウエイターがせわしなく歩き回っている。

 いわゆるゲーム終了後の事後処理だ。


「3番テーブル、まだ汚れてるぞ。それと、エデンとのロックはきちんとかかってるか? 必ず2度確認しろ!!」


 今まで幾度となくドラマティック・エデンの閉幕を行っているバトラーだが、何度やってもこの作業は緊張している。

 それもそのはず、ほんの些細なミスがきっかけでエデン生物がこちらの世界に流れてくる可能性があり、それに対処できるプレイヤーたちはすでに帰宅してしまっている。自分たちでは倒せない以上、空噛商事の終わりを意味している。


「さて、これより最終チェックを始める。全員持ち場に着け」


 一人一人がエデンへと繋がる扉の前に立って鍵のチェックを始める。エデンに設置された扉付近の魔力を換気口が吸収し始め轟音が鳴り響いた。


 仕事を終えたウエイターたちを置いて、バトラーは自分だけの最後の仕事に取り掛かる。本部への報告作業だ。


「失礼します。バトラーでございます」

「入れ」


 空噛商事の代表取締役、『空噛 定そらかみ てい

 エデンを発見した空噛 かいの実の息子であり、ドラマティック・エデンを真に支配している男だ。


「今日はどうだった?」

「ええ、特に問題はございません。皆様もドラマティックに賭けを楽しんでおられました」


「そうか」と短く一言で済ませると、退出の許可が与えられる。いつもこの時間は生きた心地がしない。

 初代空噛商事の社長、空噛 戒は命を削るような冒険によって会社を大きくして来た。二代目社長である空噛 定は精神をすり減らすような経済的駆け引きによって会社を存続させ政治家や裏貴族との太いパイプを手に入れた。


 空噛の一族は生物としての才覚があまりにも格上過ぎるのだ。


「今日も無事に済んで助かった……」


 前に一人の貴族夫人がウエイターの顔つきを気に入り、一体寄越せと言ってきたことがある。ウエイターたちはドラマティック・エデンの運営に密接にかかわっている。

 当然おいそれと渡せるはずはなかった。


 定は貴族夫人のお願いに対してひどく冷たい声で突っぱね、あろうことか立ち入りを禁じた。

 どう考えてもやりすぎだと思ったが、その数日後、夫人の家は失墜した。


「社長は全てを見透かす能力がある」


 バトラーはそんな風に考えている。

 使い方は違うが、空噛 戒がエデン探索の中で見せたものと同じ。


 姿見の前で髪をセットしなおす。たとえドラマティック・エデンが閉幕していても、自分はあの会場の支配人であり召使バトラーだ。

 緊張や汗で崩れたのかもしれないが、身だしなみを崩すわけにはいかない。


「バトラー様。ご報告が……」


 空噛商事の社内でやってきたのは、アンバランスだった。

 バトラーと色違いの黒いスーツを着た彼はDr.ヴォルキヒの助手であり、彼の研究室から出てくることはない。

 研究室そのものは、ドラマティック・エデンと隣接しているため、彼がわざわざ会社に顔を出す理由など無いはずだった。


「じつは、空噛 慧が……」


 アンバランスが報告したのは、スリルジャンキーと借金娘と下請け労働者がDr.ヴォルキヒのミッションを了承するということだった。


「なるほど、それで秘薬の量産の可能性が広がったということか。社長の耳に入れておこう。下がっていいぞ」


 空噛商事は現在医療分野について推し進めている。中でも、死者蘇生や人体錬成といった倫理から外れる研究に執心していた。

 もっとも、社長の考えなど分かりえないバトラーは従うほかないが。


 もう一度報告しようと社長室に引き返す道すがら、一本の電話が入った。

 エデン監視係のウエイターからのようだ。さらにその前からいくつも電話が入っている。どうやら社長室にいる時からかかっていたらしい。


「もしもし、社長に報告していた気づかなかった。用件はなんだ?」

「バトラー様、!!」


 それは、何者かがケイブ洞窟の換気口を破壊した際に死んだウエイターの亡骸だった。事故に遭ったウエイター専用の廃棄施設に収容していたはずの死体が、見当たらないという。


 更に最悪なことに、エデン監視室からの電話では、ウエイターと思われる人型生命体がカメラに映ったという報告だった。


「場所は!?」

「ラヴェーヌ谷です。その谷底に、それらしき二足歩行の生物が」


 ラヴェーヌ谷は、リスクが高いわりにエデン研究を進められそうな特別なモンスターがいない場所。

 簡単に言えば、旨味の少ないステージである。


 特別任務としてプレイヤーを送って調査させることは出来る。

 だが、社長にその許可を取らなくてはならない。そうなったら、どれだけドラマティックな展開であっても、貴族たちに見せることは出来ない。

 必ず何らかの反感を買うことになるだろう。


「それは非常にマズいぞ。ましてや、プレイヤーではなくウエイター」


 おそらく死体を盗み出しラヴェーヌ谷に放置したのは、換気口を破壊した人物と同一。プレイヤー側に接触をする可能性も高い。

 些末な猜疑心は会社の崩壊を招く。


「……Dr.ヴォルキヒを利用するか。ウエイター、ドクターと電話を繋いでくれ」

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