モルモット共

「ワシが、エデン学者のDr.ヴォルキヒじゃ。キヒヒ」

「ただのエデン研究者が俺たちに何の用だ?」


 白いひげを撫でまわしながら、ヴォルキヒは微笑む。


「神授の秘薬。貴様らはそれが必要なんじゃろ?」


 万病に効くとされている万能薬パナセーア

 約半世紀にわたってエデン探索をしている空噛商事でも、未だ一つしか見つけられていない特別な薬であり、山田さんの娘、山田千沙の病気を治すために必要なもの。


「吾輩の研究が進めば、秘薬と同等の効果を持った薬を作れる」

「本当ですか!?」


 思わず身を乗り出して尋ねた。さすがに12億以上もの大金を稼ぐのは、どれだけエデンゲームを繰り返していたとしても難しい。


「つまりは研究の手伝いをしろと?」

「キヒヒ。理解が早くて助かるよ。単刀直入に言うと、いくつかのアイテムが必要になる。その収集を依頼したい」


 けれど、そんな重要な役割を、いまだ☆1の私たちに任せる理由がない。それこそ、シスターだったりといった、私達よりも強いエデンプレイヤーに任せるべき仕事のはずだ。


「断られたんだよ。いくら報酬があるといっても、秘薬を必要としていなければ、無駄なリスクを負うだけだからな」


 神授の秘薬は怪我には使えない。

 あくまで病気や、それによって引き起った肉体の壊死を修復するのみ。


 つまりは、エデンゲームの最中に怪我をしたとしても、必死の思いで手に入れた秘薬は単なる荷物にしかならない。普通のモンスターの毒ならば、普通の解毒薬で十分であるし、風邪に秘薬は使わないだろう。


 また、外科的な病気にも使えない。


 制約が多すぎる秘薬に魅力を感じないのだ。

 ただ一人、未知のウイルスが原因ということだけが分っている山田千沙以外には。


「山田氏のご息女は、秘薬クラスの特別な薬でしか治せないことだけはわかっている。もっとも、皮肉なことにそれを突き止めたのもエデンの技術ではありますがね」


 神授の秘薬は、特別な条件でしか作れない。そして、その条件もあやふや。万病に効くとされているのも、あくまで机上の空論だ。

 けれど、山田さんはそれに頼るしかない。


「ドクターの依頼を受けるかどうかは、少し保留にさせてくれ。山田たかしの意見も聞いておきたい」

「キヒヒ、いくらでも待っててやるぞ。吾輩の研究は急ぎではないからな」


 いまのところ、実験段階で必要だろうと考えられているのは、龍の鱗や涙。それも、ただの龍ではない。

 恵雨龍ケイウリュウという特別な龍がいるらしい。コイツが纏っている鱗が水に溶けると、超強力な回復効果が得られるのだ。


 雲の中を突き進み、恵みの雨を降らせる特別なモンスター。

 もちろん、この龍以外にも複数種類のモンスターの素材が必須になるだろう。


 リスクやスリルと聞いたら飛びつかずにはいられない空噛はずいぶんと大人しい。不気味に思って顔を覗き込んでみると、何かを考え込んでいるようだった。

 けれど、対ウイルスにおいて秘薬以上に効果のある薬は無いだろう。


「山田たかしは、俺達を巻き込むことを望まないだろうな」

「そうだと思うよ。ふてぶてしいアンタを子ども扱いするぐらいだからね」


 私たちを危険な目に遭わせられないと言って断るだろう。だとしたら、山田千沙はどうなる?


 薄暗い渡り廊下を歩きながら考えた。

 少しでも健康な状態に近づけるようにと、様々な点滴のチューブやらに雁字搦めにされた、マリオネット少女のことを想起する。


「空噛、私はどうしても首を突っ込まざるを得ない。山田さんを見捨てるってことは、私は弟たちを見捨てることと同じだと思ってる」

「ああ、そうだろうな。あんな退屈そうな場所で一生を終えるなんて御免だ」


 山田さんが何と言おうとも、1%でも可能性のある方に賭けたい。


 リスクなんて承知の上だ。このゲームに参加した以上、刺激とは無関係ではいられない。危険を見て見ぬふりすることなんてできない。


「それに、そっちの方が刺激的だろう?」


 ワクワクした様子で、空噛は私を見つめる。暗い廊下の中で輝く金色の瞳を見ていると思わず吹き出してしまった。


「本当に、アンタはそればっかりだね」

「ああ、俺はスリルにしか興味がない。お前らの手伝いも退屈しのぎの一環だしな」


 私たちを先導してくれているアンバランスに声をかけて、ヴォルキヒの下へと戻った。浮かぶ椅子に座る白衣の男は、すでに分かっていたかのような顔を向ける。


「Dr.ヴォルキヒ。お前のミッションを受けてやる」

「必ず秘薬は手に入れる。私たちはあの娘を治したい!!」

「キヒヒ。協力に感謝するぞ、モルモット共」


 薄暗い研究室で歪んだ笑みを浮かべる。きっとこれはバトラーが仕組んだシナリオだ。その通りに踊らされていることだろう。


 上等だ。


 劇的でも、悲劇的でも、どれだけドラマティックだと笑われても。

 私の信念は曲げない。家族は共にあるべきだ。

 それを引き裂こうだなんて、たとえ死神だって許されない。


「キヒヒ。威勢がいいねぇ。アンバランス、アレを用意しろ」

「はい、ただいまお持ちいたします」


 深々と礼をすると、仮面をかぶったように笑みを崩すことなく暗闇に消え去った。

 すぐに戻ってきたかと思えば、その手には一枚の書類が握られている。この手際の良さは、明らかにドラマティック・エデンの仕込みだ。


「これは、ミッション証明書。吾輩の依頼に限り、ランク関係なしに依頼を受けられるようになるものだ。必要に応じて使うといい」

「本当にまるっきり仕組んでたのか? まぁ、どうでもいい」


 不自然なほど手際のいい用意周到さに訝しげな視線を向ける。

 けれど、アンバランスは飄々とした顔で書類を渡すだけだった。


 これ以上探りを入れるのは無駄だろう。

 あとは、山田さんに事情を説明するだけだ……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アンバランスの小話


アンバランスは、ヴォルキヒ専属の助手である。

二人は正確には空噛商事の社員ではなく、エデンゲームの参加者と同じ、準社員という立場である。

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