何もしていない私

「さて、戻りましょうか、お客様方」


 やってきたバトラーやウエイターに案内されてドラマティック・エデンに連れ戻される。まるで何かを隠そうとしているようだが、ここで抵抗することは得策ではないだろう。


「空噛、さっきのどういうこと……?」

「俺が知るかよ。一種の異常事態イレギュラーだ」

「嘘。何か知ってるんでしょ」


 テーブルに座って、露骨に目を逸らす空噛を問い詰める。


「換気口が壊されていた。扉が消えたのも、そのせいだろう」

「換気口……?」


 空噛曰く、扉付近の安全を確保するためにわざと周囲の魔力濃度を下げてモンスターが近づかないようにしているらしい。

 分かりやすく人間で喩えると、酸素を薄めているようなものであり、モンスターからすればとても息苦しく感じるのだという。そのための魔力吸収の役割を果たす換気口が何者かによって破壊されていた。


「だが、俺も誰がやったかまではわからねぇ」

「じゃあ、山田さんはどうなるの!?」


 ホブゴブリンによってアーマーを破壊され、体がボロボロの状態だというのに私たちを守るために無茶をしたあの老人は……。


「生き返らせてくれるよね!? 私たち助けられたんだよ?」

「出来るならそうしたいが、さすがに金がねぇ。一人の時に稼いでいた金だって、億を超えたことなんてねぇんだ。スリルを求めるせいで怪我が多かったからな」


 何もできない私たちが歯噛みしていると、モニターが降りてきて報酬発表の時間が訪れた。幸いにも今回の一件はリタイア扱いとはならずにペナルティも発生しなかった。むしろ、ホブゴブリンの討伐報酬で大金が入ることになる。


 けれど、このお金は私たちが受け取るべきお金じゃない。


「どうしたんですかお客様。待ち望んでいたお金、それも16万円もですよ」

「山田さんを返して!!」

「やめろ……」


 目の前にバトラーが降りてきて意地の悪い笑みを浮かべる。思わず殴りそうになったが、その手を空噛は掴んだ。

 無力な私では、山田さんの無念も晴らすことができない。


「いくら時間がかかっても、山田さんを復活させる。娘さんの分の治療費だって、私が稼ぎ続ければ……」

「どうしてそこまで他人のためになれるんですかねぇ」


 シャンデリアの炎に照らされ、バトラーの影が揺らめく。何を見ているかわからない虚ろな目に怯えて身を引くと、いつの間にか背後にその男が立っていた。

 金髪の髪をくしで手入れしながら、私を見つめる。


「山田様が嘘をついている可能性は?山田千沙という人物は実在するのでしょうか?どうしてエデンゲームを知ったのか。その中であなた方を選んだ理由は?」

「何も知らない。何もわからない。そんなあなた達がなぜ彼を庇う?」


 きっとこいつは、私の全ての事情を知っている。にもかかわらず、わざわざ尋ねているのだ。


「そんなに家族とやらが大切ですか? あなたの家族はの寄せ集めなのに?」

「黙れよ、バトラー」

「だからお前はまだ俺に命令できる立場じゃねぇだろ!!」


 薄暗く、濁った視線を向けて舞台へと戻っていく。

 空噛はその背中にタブレットを突き付けて声をあげた。


「山田たかしを復活させろ。金は、俺が借りる」

「アハハ。それは致しかねます。残念ですが、山田様は復活できませんよ。」

「なに……!?」


 金と劇のために動くバトラーが感情論で要望を断るような奴ではない。ましてや、貴族や金持ちの前でゲームのルールを破るような真似をすれば、ただじゃすまないのは空噛商事の方だ。


「ちょっと待って空噛、山田さんが復活リストに居ない!!」


 二人してタブレットを覗き込んで隅々まで探してみるが、どこにも彼の名前がない。


「偽名か……!?」


 だが、その可能性はないはずだ。名刺を切らしているとは言っていたが、娘の治療費を払ってもらうためには名前を教える必要がある。それに、刺繍に縫い付けられてあった文字も見ている。

 だが、タブレットの中に山田という苗字すら存在しなかった。


「バトラー。さっきの一件がイレギュラーだからもみ消したのか!?」

「はぁ。最後まで話は聞けよ。クソガキ共」


 舞台のさらに奥の薄暗い廊下から、見覚えのある作業服の老人がやってくる。アーマーも新品のように修理されていて、両腕共に問題なく動かせていた。


「どういう風の吹き回しだ、バトラー。無償でこんなことをする奴じゃないだろう」

「当たり前だろう」


 俺たちはボランティア集団じゃないと高笑いと共に言葉を続ける。


「換気口を壊したのは外部の人間だ。そんなイレギュラーに巻き込んだ上にずさんなアフターケアをすれば、ドラマティック・エデンの評判が落ちる」

「全部会社のためってわけか……」

「まぁな。さすがに死人を復活ってわけにはいかねぇが、幸い命がぎりぎりで残ってたんでな。全力で治療に当たらせてもらった。無論、治療費はこちらで負担する」


 気に食わない部分が多いが、ひとまず喜ぶべきは山田さんが無事でいることだ。大切な家族が離れ離れになるなんて、私なら耐えられない。

 空噛商事は人の生き死にを余興とビジネス程度にしか考えていないようだが、空噛自身はそうでは無いということも見えた。私はこれで満足だ。


「それで、分け前はどうする。一番の功労者差し置いて、三等分ってわけにもいかねぇだろうし」

「そうですね。私が参加した理由は娘のためですから。勿論、全額とまでは言いません。ほんの少し多めにもらえる程度でいいです」


「じゃあ、とりあえず山田たかしは16万2000円のうち、7万4000円を。5万4000円は霞 一花に。ただし、俺が貰う3万4000円の中の1万4000円は霞一花の借金返済分とする。それで文句はないか?」

「ええ、それだけあればしばらくの食費にはなります。妻のパートと私の給料を合わせれば今月の入院費は払えますからね」

「私もそれでいい……」


  残り227万3000円

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【作中に出すまでもない設定】

☆9☆10難易度のステージでは換気口が設置されていないことも多い。

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