老兵は多くを語らず旅立つものです

 二足歩行の巨人。怪人。亜人。


「何……コイツ!?」

「ホブゴブリンが、なんでこんなところに……?」


 軽く吹き飛ばされた山田さんに突進すると、全てを威圧するような雄たけびを上げて彼の体につかみかかる。赤ん坊が乱雑に玩具を扱うように地面にたたきつけると、山田さんが血を吐いた。


「おいおい。アーマーの防御力が破られたぞ!!」


 アーマーは無限にダメージを防いでくれるわけじゃない。性能の限界を超えるダメージはカバーしきれず装着者に蓄積する。


「空噛!! 山田さんが危ない」

「分かってるよ!!」


 腰あたりのプラグに注射器を突き刺すと、空噛のスピードが加速する。全速力のチーターのような動きでホブゴブリンの首につかみかかるとナイフを突き立てた。


「グギュガァァァ!!!」


 鼓膜が破裂するほどの大絶叫。


 咆哮一つで空噛の攻撃を止めると、無防備な彼に上段の横蹴りが入った。

 ゴロゴロと地面を転がり腹を抑えている。だが、倒れている空噛に追撃が加えられる。


 まるでガラクタでも踏みつぶすかのように、執拗に、何度も。


 ボロボロの体で耐えていると、不意に飽きたのかサッカーボールのように蹴り飛ばされる。洞窟のたいまつを弾き飛ばしながら壁際で倒れた。


 ギョロリと、視点の定まらない目が私に向けられる。

 心臓を掴まれたかのように呼吸が浅くなるのがわかった。


「アハハハハハ。いってぇな。めちゃくちゃ苦しいぜ……」


 立ち上がった空噛はナイフをもう一度構えると、ポーチから取り出した回復薬を飲み干した。秘薬とは違って外傷を治すことしかできない特別な薬だ。

 自然治癒力を高め、アドレナリン興奮物質エンドルフィン鎮痛物質を過剰に分泌させる。


「死神に誓ってみるか?」

「グギュルルルルゥゥ」


 天井に向けての咆哮。


 懐に飛び込んだ空噛をバックステップで躱して、剛腕を叩きつける。

 咄嗟にガードは出来たようだが、もう一度弾き飛ばされた。

 しかし、また立ち上がる。


「もっと本気で殺しに来い、ゴミクズがよ」


 攻撃を防いだ右腕は青く腫れあがっている。とっくにアーマーの耐久力など残っておらず、全ての攻撃が空噛の体へダメージとなっているのだ。


「霞 一花!! 今のうちに逃げろ」

「逃げろって言っても……扉も無いし、ウエイターも殺されてるの!!」

「マジかよ……。どういうことだ?」


 元々扉があったはずの場所は、ただの壁と変わっている。その隣には、ホブゴブリンの剛腕と鋭い爪で切り裂かれたウエイターの姿。

 戦闘能力は無く、私たちのようにアーマーを着ているわけでもない彼らは、抵抗すら許されずに死んでしまったことだろう。


「ここで何が起きてんだ……?」


 微かによそ見をした隙に、空噛めがけた体当たりが直撃する。

 壁とホブゴブリンに圧し潰された空噛が大量の血を吐いた。力なく倒れた彼はすでに骨がぐしゃぐしゃにへし折れていることだろう。


「へへ。まだ終われねぇよな……? スリルはこのぐらいがちょうどいい」


 痛みの麻痺した体に甘えて立ち上がった。

 ナイフを持つ腕は痙攣しており、頭から流れる血のせいで前が見えていない。にもかかわらず、空噛は瀬戸際の一瞬のために動いていた。


「空噛、やめて……。」

「これだから、スリルを追い求めちまう。こんな刺激、エデンじゃなきゃ味わえねぇ」

「アンタ、死んじゃうよ!? お願いだから、もう動かないで」


「そりゃ、いいな。エデンで死ねるなら…に……あえ…かもしれねぇ」


 首のプラグに注射器を刺して全身を発火させる。

 全身から爆ぜる音を鳴らしながらも、陽炎のように揺らめく。一瞬で間合いを詰めたかと思うと、ホブゴブリンの目にナイフを突き立てた。


「さぁほら、死神に向けた祈りはどうした!?」


 二本目のナイフを取り出すと、心臓から腹にかけてを切り裂きながら飛び降りる。死にかけの状態の空噛はまともに着地できずに転がるが、ホブゴブリンへのダメージも大きかった。


 深い傷をつけられ悶えている。

 痛みに耐えかねるような叫び声をあげて腕を振り回していた。


「わざわざ切りやすいようにありがとうよ」


 肘窩ちゅうか(肘の裏側)へと踵落としを食らわせる。衝撃に負けたホブゴブリンが腕を曲げると燃え盛るナイフが軌跡を描いた。


 けれど、まだ倒れない。

 巨大な体は、その程度のダメージでは動じない。


「ガハッ!!」


 丸太のように太い脚での回し蹴り。

 空噛の芯を捕らえて、何度目か分からなくなるほどに吹き飛ばされた。


 そして、彼はもう、動けない。

 とっくに限界だったのだ。回復薬で誤魔化していただけで、人間が動ける範囲からは外れていた。もう、無茶は出来ない。


 残るは私だけ。

 本来ならば強制送還であるはずだが、ウエイターすら動けないし、ましてや扉が無いのだ。


 帰れない。


「来ないで!! こっちに来るな……」


 弱者をいたぶるように緩慢な動きで近づいてくる。

 構えていたハンドガンを向けるが避けようとするそぶりも見せない。私が撃てないと分かっているのだろうか。


 引き金にかけた指が震える。

 足がすくむ。

 腰が引ける。


 家族に分かれも言えず、死ぬ?

 いやだ。怖い。死にたくない。


 私を見つめる獣の目。仕向けた銃口は照準が定まらないほど震えている。冷たいハンドガンの感触が私の手のひらを貫いた。


 引き金に指をかけていても力は入らない。

 今までさんざん見てきた『死』におびえている。


 唸り声とともにその剛腕が振り上げられた。


「死神を見せてやるよ!!」


 真横から空噛の突進。

 すでにナイフは歪んでいて、まともに使えないだろう。燃え盛る炎も消えてしまっている。

 弱った体での捨て身の特攻などではびくともしない。


 ハエでも追い払うかのように弾くと、壁に追い詰められた空噛の目の前で咆哮をあげる。洞窟にひびが入るほどのパンチが繰り出された。


「ハッハハハ。あんだけ祈ってたんだ、天国行きは確定だな」


 空噛の最後の一言。

 ホブゴブリンの剛腕が空噛の命を砕く。


「させるかァァ!!!」


 私の手からハンドガンを奪ったのは、山田さん。


「まだ君たちの名前も聞いていないが、お嬢ちゃん、一つ頼みがある」


 ホブゴブリンの頭にまたがり口内に銃を突っ込む。

 空噛と同じぐらいぼろぼろの体であり、左腕には力が入っていない。


「Q市中央病院の山田 千沙ちさという少女に、金を届けてほしい」

「山田さん、待って!!」


「さよなら。老兵は多くを語らず旅立つものです」


 涙を零しながら、笑顔で私を見つめる。


 ハンドガンを撃った轟音と、山田さんが吹き飛ぶ音。

 アーマーのおかげで耐えられていたのであって、あの銃の衝撃はそれほどまでに重いのだ。怪我をした体で発砲すれば、無事で済まされるわけがない。


「山田さん!!」


 弾丸は、確実にホブゴブリンの頭を撃ち抜いていた。そして、同時に、その亡骸の上で山田さんは倒れている。

 どれだけ呼び掛けても応えない。


 衝撃を殺しきれなかったためか、全身から血を流し、それは止まることがない。


「おやおや、実に素晴らしい劇があったようで……?」

「バトラー!! いまさら、何しに来た!!」


 真っ白なスーツに派手な金髪姿でやってきたのはドラマティック・エデンの支配人召使バトラーだった。

 彼の背後には新たな扉が設置されており、テーブルが整然と並んだ会場が見える。


「死体の回収を急げ」

「ハイ!!」


 ドラマティック・エデンから数人のウエイターがやってきたかと思うと、ホブゴブリンや山田さんを連れていく。


「その人に触るな!!」

「お客様、従業員への乱暴はおやめください。お前の親父への薬の供給を止めるぞ?」


 思わず目を見開いた。空噛商事は大手製薬会社も抱え込んでいる。病院に圧力をかけることだって容易いだろう。


「さて、戻りましょうか、お客様方」

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たかし「私、登場してすぐに死ぬんですか……?」

慧「いい感じだったぞ」

一花「それ、ほめてなくない!?」

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