目標があるのは、ご苦労なことだな
私たちは一度、ドラマティック・エデンへと向かう。報酬発表を始めようとするバトラーを無視して、空噛の後ろをついて行く。
「ここは……?」
「ドラマティック・エデンの応接室だ。参加者なら誰でも好きに使っていい」
本来ならば、パーティ間の話し合いに使われる部屋らしい。あらかじめターゲットモンスターを決めている私達には縁のない部屋だ。
革のソファに木製のローテーブル。雰囲気だけで言えば、学校の校長室が似ているかもしれない。
「シスター、さっきは何が起きたの?」
飛んでいた龍に向けてシスターが歌を歌った瞬間に、まるで糸が切れた人形のように谷底に落下してきたこと思い出して、彼女に尋ねる。
ソファに深く腰を掛けた彼女は目を伏せた。
「話せないことなら、話さなくても……
「ダメだ!! お前には話す義務がある。納得できる理由を語れ」
金色の瞳を怒りで輝かせながら握りこぶしを固める。
小刻みに体が震えており、あふれる激情を抑えることに精一杯といった様子だ。もちろん、また暴挙に出ることがあればすぐに止められる。
「あの力は、エデンに来てから授かりました。それと同時に神のお告げも聞こえるようになったのです」
「だからシスターになったのか? そうじゃないよな」
「……もともと私たちは孤児院育ちでしたから、神に身を捧げたのは幼少期からです」
「孤児院……」
シスターの両脇に座る屈強な男二人に目を配る。彼女が語ることに口出しをするつもりはないようだ。
「その力は神からもらった? ふざけるな。奪ったの間違いだろう」
「奪ってなどいません。エデンゲームに参加して、初めて能力に気づいたのです」
「奪ったんだよ!! その力は、お前ごときの手に渡っていいものじゃない」
空噛が机をたたくと、シスターの体がびくりと震える。
「そもそも、シスターの力って何? 全然話が読めないんだけど」
「お前も見ただろう。龍を殺したあの力」
「シスターの歌は、任意の生物を殺す能力がある。龍も神も等しく殺せる」
ヴァルカンの口から語られたのは、にわかには信じがたい能力。
たしかに、先ほどの出来事は、そうとしか考えられないような状況だった。けれど、そんな死神のような力があるだなんて思えなかった。
窓の無い応接室で、ソファのきしむ音が虚しく響く。
「で、その能力は元々誰のものだったの?」
「……死神だよ。当然だろ」
山田さんの問いかけにぶっきらぼうに答える。だが、記憶が正しければ、空噛の金色の瞳の原因は……。
「空噛、死神って……」
「前に言ったろ? 余計な探偵ごっこは身を滅ぼすぞ」
普段モンスター達に向ける、射殺すような視線。
思わず息を飲むと空気が重く震える。彼の殺意に反応してゴリアテとヴァルカンがソファの隣に置いている武器に手を掛けたのだ。
「空噛さん、この力は奪ったわけではありません。むしろ、一方的に押し付けられたといっても過言ではありません」
「だが、その力を利用していることに変わりはないだろう?」
「……それの何が悪い。この娘は与えられた能力を有効活用しているだけだ」
思いきり顔を歪ませると、足早に部屋を出ていく。追いかけようと思ったが、何も知らない私たちが追いかけたところで何もできないだろう。
だが、山田さんは立ち上がると、彼を追って部屋を出ていく。
「……空噛が迷惑かけたみたいで、すみません」
「いえ、何か誤解していらっしゃるだけのようですから」
どこか悲しそうに目を伏せ、テーブルに置かれた冷めきったお茶を飲む。
けれど、すぐに取り繕ったような表情を見せると、懐から何かを取り出した。
少し分厚い茶封筒を机の上に置くと、私の方へと押し付けた。中を開けてみろと促されるので、ゆっくりと封筒に触れる。
中には大量の札束が入っていた。
「これ……!!」
「ええ、大変遅くなってしまいましたが、お借りしていた200万円です」
ヴァルカンの蘇生代が足りず、シスターの腕を担保にしたがそれでも足りなかったときに、私がドラマティック・エデンから金を借りたことがあった。
幸い、ドラマティック・エデンへの借金は空噛が肩代わりしてくれたので、今まで無利子で借りることができたが、シスターからお金を返してもらえれば、そのまま空噛に渡せる。
「一花さん。私たちは貴女に感謝してもしきれません。また何かあったら、必ず助けますから。いつでも呼んでください」
「いやいや、お金は返してもらったんだから……」
「金だけじゃない。俺たちはアンタの強さに救われたんだ。それは誇ってくれ」
爽やかな笑顔でゴリアテが言う。
どこか気恥ずかしいが、互いに笑い合う彼らの姿を見て、思わず私も笑みがこぼれた。やはり、家族の温かさは代えがたいものだ。
シスターたちとは別れ、空噛と山田さんを追いかける。
すでにパーティ会場から出て言っていたようで、ドラマティック・エデンの送迎車の付近に二人で立っていた。
「空噛、大丈夫?」
「俺はいつだって大丈夫だ。それより、さっきのことは忘れろ」
髪を下ろして金色の瞳を隠しながら言う。
「それと、今回の報酬金だが……」
「あ、そのことなんだけど。さっきシスターからお金返してもらったから、私も200万円返すね」
タブレットを操作する空噛に封筒を押し付ける。中身をチラリとみると、口の端を上げて歪んだ笑みを浮かべた。
「おめでとう。これで借金は返せたな?」
今回の報奨金として振り込まれていた金額は約50万円。
龍の討伐代金はシスターの方に加わっているので、ウエイターのゾンビに対してだろう。それほどまでに危険視していたのだ。
「これで、家族のために稼げる!!」
「……目標があるのは、ご苦労なことだな」
悲しそうな目をして、彼は呟いた。
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シスターが使った死の力。アレがいわゆる魔法です。
基本的にモンスター以外は魔法を使えませんが、モンスタードーピングによって扱えるようになることもあります。
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