ドラマティック・エデン

「なぁなぁ、稼げる仕事、紹介してやろうか?」


 怪しく輝く金瞳の奥で、私のおびえた顔が揺れた。


「な、何、稼げる仕事って……!?」


 今の空噛が言うというとどうしても危ないものしか想像できない。体を売れと言われるのだろうか。いや、もしかしたら臓器や血液かもしれない。

 恐怖で足がすくんで、空噛から一歩退く。逃げようとする私を見て彼はさらに頬をゆがめた。


「ゲームは好きか? ドラクエとか知ってる?」

「そのぐらいはさすがに……」


 ゲームは買ってプレイするほど好きなわけではないが、友達が遊んでいるのを見かけたことがある。私の家にも弟たちが遊ぶためのゲームがいくつかあったはずだ。といっても、最新ゲームなんてものは買えないので、かなり古いものだが。


「ゲームの主人公っていいよなぁ。人を殺そうが、怪物を殺そうが怒られないんだぜ? 罪に問われるどころか英雄扱いだ。うらやましいよな」


 コンビニの裏手という狭い空間を歩き回り、フェンスによじ登ったりゴミ箱に腰掛けたりと、好き勝手にふるまっている。凶悪な笑みを崩さぬまま、壁に背を付けて月を眺めた。


「殺すことも殺されることも、法や倫理に縛られない。そんな素敵で素晴らしい世界に憧れないか?」

「別に憧れないけど……。私に何をしろって?」


 物騒なことを言って濁し、懐から取り出したのはカッターナイフ。


「そんなゲームの主人公になりたいと思わないか? バケモノ退治で金を稼げるとしたら? そんな異世界、行ってみてぇよな」

「な、何が言いたいのか分かんないんだけど。仕事って?」


 空噛は馬鹿にするような顔をした後、スマホの画面を見せてくる。画面に表示された不可解な英語や数字の羅列。たぶん、どこかのWebサイトのリンクだ。


「いまから、お前のラインにこのURLを送る。まぁ怪しく見えるだろうが、そこで個人情報の入力と契約書のサインを済ませろ。終わり次第、連れてってやるよ。」

「ちょっとまってよ、まだ何をやるのか聞いてない!! バケモノ退治って、本気で言ってるの?」

「冗談や嘘だと思うか? 信じられないのはわかるが、要は俺の手伝いをしろって話だぜ。それだけで億万長者も夢じゃない。簡単だろ」


 コンビニの深夜バイトが学校にバレたら指導対象だ。そうなったら、私の家族に迷惑がかかる。この男がバラす可能性だってある。

 私に、断るという選択肢は存在していなかった。


「これ、私のライン。出来るなら、今すぐにでも稼ぎに行きたい!!」

「ハハハ。いいね、覚悟の決まり方が常人じゃねえ。今日は特別サービスで報酬は折半じゃなくていいぜ。それに、どうやらお前は目を付けられたらしいしな」


 たぶん、この男が言うバケモノ退治は命がけだ。ゲームを引き合いに出して喩えていたが、簡単に復活できるような生易しいものじゃない。そうでなければ、契約書の最後に『命を失っても文句は言いません』なんて一文を付け加える必要はないのだから。


 でも、家族の為ならば命ぐらい安いものだ。


「弟の修学旅行積立金の期限が明後日までだったの。ちょうど良かったわ」

「上等じゃねえか。スリル求めて馬鹿やるやつもいれば、金儲けで参加する奴もいる。そういうゲームだ!!  俺も参加者側だが、あえて言わせてもらう」


「ようこそ、『ドラマティック・エデン』へ!!」


 空噛がスマホに表示されていた緑色のボタンを押すと、私の意識は遥か彼方へ消え去った。まるで、死神からの招待状を受け取ったように。




 目が覚めると、パーティー会場のような場所に居た。

 テーブルに並べられた色とりどりの料理に厳かな雰囲気のシャンデリア。けれど、私の服装はコンビニの制服のままでひどく場違いであった。


 高級そうな白い椅子に座らされており、隣には黒のパーカーを羽織った空噛が同じように座っている。テーブルに並ぶ料理には目もくれず、後ろを通りがかったスーツの男に声をかけた。


 しばらくすると、ウエイターのような男からタブレットを受け取り、顎を撫でながら操作し始める。退屈しのぎに辺りを見回すと、他のテーブルにも2、3人の男女が座ってタブレットを触っている。


 ある者は料理を食べながら。ある者は皿を下げさせて。ある者は料理の上に直接タブレットを置いてしまっている。


 よく観察してみると、会場内を歩いているウエイターたちは全く同じ顔をしていた。服装はもちろん、髪の分け目や、微笑み方さえ変わらない。その様は工場で生産されたロボットを見ているかのようだ。


 全員が全員、黒の燕尾服にきっちりと整えられた七三の髪型。にこやかに浮かべた薄気味悪い笑顔は、一つの顔を全員に張り付けたといわれても納得できるほどだ。


「おい、専用の装備を注文しておいたぞ。まぁ、少し金はかかってるが無利子の貸しにしといてやる」

「ありがとう。でも、なんでそこまで……?」

「死にかけるような絶体絶命は好きだが、死ぬのは御免だ。それにお前に死なれると俺が困る。なにより、俺は死神になりたい」


 何かの比喩だろうか?

 不気味に笑う彼が怖くて、思わず聞かなかったことにする。

 すると、先ほどまで操作していたタブレットを手渡し、「ルール説明が載っているから読んでおけ」と言われた。動画形式になっているようで、手軽に見れる。

 ……なぜこんなことで見やすさを追い求めたのだろうか。


「こちら、ご注文のお品になります。」


 ウエイターが料理を運んでくるように持ってきたのは、迷彩色の洋服。軍服にも見えるが、それにしては軽いし生地が柔らかい。


「向こうでお着替え下さい」


 ウエイターに案内されて個室に入る。服屋の試着室より少し広いぐらいのスペースで、おそらくタブレットを立てかける用の棚もあった。着替えながら動画を流してみると、さきほどのウエイターたちとは別な顔の男が画面に現れる。


『私は皆様の案内役をいたします召使バトラーと申します。この動画は初めての方向けへの解説となっております』


 汚れ一つない真っ白なスーツ姿で、髪型も顔つきも全く違う。ホストのような金髪におちゃらけたセットで、笑顔ではあるのだがどこか裏のあるような腹黒さを含んでいる。


『それでは、ルールをご説明いたします』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ウエイターのスーツは空噛商事の服飾部門で販売されているものと同じ商品ですが、バトラーが着ている白スーツはオーダーメイドです。

ウエイターとは格の違う『一流の召使』ですので、気を遣っているそうですよ。

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