稼げる仕事、紹介してやろうか?
「一花ちゃん、次移動教室だよ」
友人に声を掛けられ、教科書をもって教室を出ていく。高校二年生になってから、もうすぐ二か月が経とうとしていた。新しい友達もできたし、いたって普通の女子高生といった生活を送れている。
友達に勧められてボブカットにしたが、歩くたびに髪が口に入って邪魔くさい。階段をのぼりながら、垂れたサイドを耳にかける。
「あ、一花危ない」
友達との会話に気を取られていると、階段を下りてくる男子生徒に気が付かず、ぶつかってしまった。カシャンと乾いた音が鳴って、大きなカッターが床を滑る。
「ごめん、大丈夫!?」
ぶつかったのは同じクラスの
「気にしないで」
蚊の鳴くような小声で呟くと、落ちたカッターを拾い上げて立ち去って行った。見間違えでなければ、刃先が赤く濡れていたような……。
「リスカキノコ、相変わらずだな」
「アハ、みーちゃんひどーい」
友達の嘲笑の中に聞きなれぬ単語があった。
「なに、リスカキノコって?」
「アイツ、キノコみたいな髪型でしょ。あと、手首切ってるって噂があるから」
キノコのようと形容された髪型。確かに思い出してみれば、笠をかぶったマッシュルームのようだ。
結局、空噛が戻ってきたのは授業開始から10分も遅れてからだ。心なしか、階段でぶつかった時よりも顔色が悪く、血を抜かれたようにふらふらとした歩き方をしていた。
「今日、レイナ部活ないんだけどさ、カラオケ行かない?」
昼休み。バスケ部のマネージャーをしているレイナがカラオケに誘ってきた。しかし残念ながら、今日は先約がある。
「ごめん私バイトあるから、無理かな」
「そーなん? じゃ、また今度だな」
「えー、あいみょんの新曲歌いたかったー」
「わがままを言って、一花さんを困らせてはダメよ」
友人たちの気遣いに罪悪感を抱く。けれど、そう簡単にバイトを休めない事情があるため致し方なかった。
学校も終わって、隣町のコンビニまで自転車を走らせる。もともと知り合いからもらった古いモデルにもかかわらず、ここ数年酷使しているためさらに壊れてしまいそうだ。通学はもちろん、どこかに出かける際は必ず使っている。
「おはようございまーす」
バイト先の店長に声をかけて、バックヤードに向かう。いちおう、校則上はアルバイトが禁止されているので、軽い変装のためにと伊達眼鏡を掛けると、レジに立った。
「霞さん、今日深夜帯の子が休んじゃってさー。残れるかな?」
「はい!!全然大丈夫です」
高校生ということもあって、シフト上は9時までとなっているが、それ以降に残業すると深夜手当がついて時給が上がるのだ。訳ありの私としては、その時間に働けるのはうれしいことこの上ない。
刻一刻と時間は過ぎていき、夜中の十一時を回った頃。条例で言えば完全にアウトだ。
お菓子コーナーで期限切れの商品がないかチェックしていると、入店音が鳴り響いて一人の男が私の方にやってくる。
後ろを通ってドリンクコーナーに向かうと、300円近くするエナジードリンクを手に取った。レジに誰もいないことに気づいて私の方を一瞥する。
すでにレジまで向かっていることを確認してカウンターに商品を置いた。
「267円になります」
「……1000円で」
トレーにおつりを返すと、小銭を財布にしまったが私の前から動こうとしない。
じっと私の顔を見ているが、誰か知り合いだろうか。だが、がっちりとしたオールバックに金色のカラーコンタクトを付けた派手なクラスメイトはいないはずだ。
まさか、この格好で先生ということもないだろう。
「お客様、いかがなさいましたか?」
「……霞 一花だよな。眼鏡とマスクしてるけど。ちがう?」
私は店長に言って、特別に名札を付けていない。特に深夜の時間は店長はバックヤードから動かず、私の名前を呼ぶこともない。ましてや、下の名前まで知られているということは、間違いなく学校での知り合いということになる。
服装は黒っぽいおとなしめの格好だが、髪型といいカラコンといい派手に決めた男子生徒がいただろうか?
「すみません、どちら様でしょうか?」
「ああ、分かんねえか。同じクラスの
空噛。
今日階段でぶつかった男。私の友達のみくから『リスカキノコ』と呼ばれていた、カッターを持ち歩く変人。
だが、そんなキノコっぽい様子などみじんもない。むしろ、歪んだ笑みから覗く鋭い犬歯や、睨みつけているかのような金色の瞳を見れば、まるでチンピラだ。
「お願い、このことは学校には内緒にして!! バイトを辞めたら生活が厳しくなるの」
「へぇ、お前金に困ってるのか?」
店長に事情を説明して、コンビニの裏手まで連れていく。
頭を下げて頼んでいるが、はたから見たら恐喝の現場と見間違えてもおかしくはないだろう。
「一応、なんで金が必要か聞いても?」
「……私、ちょっと家族が多くて。自分の学費はもちろんだけど、生活費を少しでも稼ぎたいと思って。お父さんは病気で働けないし」
完全な真実というわけではないが、嘘を言ったわけではない。この話はクラスの友達にも話していないことであり、たぶん、これから先も話すことはないだろう。
「顔上げろよ。別に言いふらしたりはしねぇさ」
「ほんとに!? ありがとう……!!」
空噛の言葉に安堵の笑みを浮かべると、彼の顔はひどく意地悪く歪んでいた。
まるで、新しいおもちゃを見つけた悪ガキのように。いや、そんなものよりもよほどひどい顔をしている。これは、躊躇いなく人を殺せる者の目。
「お前みたいなやつの方が御しやすいだろうしな」
空噛の冷たい声に顔をこわばらせる。
「なぁなぁ、稼げる仕事、紹介してやろうか?」
怪しく輝く金瞳の奥で、私のおびえた顔が揺れた。
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慧「俺、リスカキノコなんて呼ばれてるのか?」
一花「あー。何のことだかわかんないなぁ……」
慧「いや別に怒ってるわけじゃねえよ。ただそこまで目立ってるのか?」
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