私の邪魔をするな……!!
「……ということで、ここの解は……」
クラス中が空腹に耐えている昼下がり。
私たちは普段通り授業を受けていた。もちろん、ノルマを達成しているさゆりも普段通り登校して、普通に授業を受けている。住んでいる場所は、
家族に売られた身である以上、全ての支配権が空噛商事にあるのだ。
「そろそろチャイムが鳴るな。問2が出来たものは一足先に休憩してヨシ」
数学教師が銀色の腕時計を一瞥すると、教科書を持って出て行った。先生が居なくなった教室に弛緩した空気が流れる。
私も、問題は解き終わっていないが、考えても分からないのでノートを閉じた。
あとでさゆりに聞けば教えてくれるだろう。
「いっちゃん、ご飯食べよー」
「うん。いいよ~」
机をくっつけていつものメンバーが集まる。しかし、さゆりの手には弁当がない。
「さゆり、飯は?」
「……少しダイエットをしてまして。私のことはお気になさらず」
昨日までならば、お母さんに作ってもらっているというお弁当があったはずだ。
ニュースなどである程度状況を察しているのか、みなみが気まずそうな顔をした。が、当のさゆりはニコニコと笑みを浮かべているばかり。
「あ、レイナのご飯分けてあげようか? ハイ、卵焼き~」
「フフ、大丈夫ですよ。施しは受けない主義なので」
「……お前、ただでさえ顔色悪いんだから、なんか食べとけよ」
「必要ありません。私一人でどうにかできますから」
氷のように冷たい笑顔を浮かべて突き放す。
長い黒髪に色白の肌であんな笑顔を浮かべられると、不気味な市松人形を前にしている気分になる。
全体的に細身な彼女がダイエットなんてありえない。昨日の報酬もきっちり3等分で分けているし、それが無くても空噛商事からの最低限の衣食住の保証はされているはずだ。
細くきれいだった指先の皮が擦れているのと、何か関係があるのだろうか。
「あ、そうだ。ファスタで夏物セールやってるから見に行こうよ!!」
「ああ、レイナの好きなブランドだっけ? あたしはパスかな。ああいうの似合わないし」
「うーん私も、いいかな。夏物、もう買っちゃったんだよね」
「さーちゃんは?」
「そうですね……。せっかくですから、いくつか見繕いましょうか」
和風美人のさゆりにファンシー系の服は似合わないような気もするが、家族への復讐心など忘れているかのような朗らかな笑みを見ると、些細な問題に思えた。
昨日のことは、あくまで一時の感情なんだと自身に言い聞かせて、見て見ぬふりをする。
(ただ、私が心配性なだけ。そう思いたいけど……)
私のバイトも終わった真夜中に、送迎のバスに揺られながら今回のミッション内容を眺める。
空噛が選んできたものだが、ランクアップが主な目的であり、無茶なミッションではないようだ。
「ハウルドッグの討伐……」
「そう。プレーヌ平野で少し増えすぎたみたいでな。ようは間引きだ」
ハウルドッグは、犬と言うより狼に近い見た目をしている。雪原を駆ける白狼が一番イメージしやすいだろうか。
もちろん、魔石によって強化されたモンスターであるから、一筋縄ではいかない。
巨大な牙は人間の骨を容易くかみ砕くし、自重を乗せた突進を喰らえばアーマーの耐久値は勢い良く削れるだろう。当たり所が悪ければ、メタルアーマーのワイヤーが壊れる可能性だってある。
何より危険なのは、連携力と咆哮だ。物量で押しつぶされたらひとたまりもない。
「生態系の保護という名目がある以上、ドラマティック・エデンからの報酬金も期待できる。それに、ハウルドッグは高く売れるからな」
ハウルドッグの毛皮はとても暖かいのに通気性がいいと評判で、外套としても人気が高い。さらにいえば、少しくすんで完全な真っ白ではないがゆえに、逆に好事家たちの間ではインテリアとしても重宝されているらしい。
金持ちの考えることは、さっぱりわからない。
「ハウルドッグは、そのまま殺してしまっていいのでしょうか? なるべく傷はつけない方が……?」
「まぁ、普通に考えたらそうなんじゃないか。魔石に含まれる魔力量は多くないし、なるべくなら一撃必殺を狙った方が稼げるだろうよ」
魔石は空噛商事の技術革新に必須となるもの。
全てのモンスターが有しているとはいえ、需要に対して供給が全く足りておらず、小石程度でも魔力量さえあれば高値で買い取ってもらえる。
だが、ハウルドッグに関しては魔石の価値よりも素材の方が高いらしい。
「毛皮を傷つけないようにって考えると、使える弾薬は制限されるね」
「いーや。そこまで気にしなくていいだろ。売れなかった奴は俺たちの装備に加工すればいい」
そういわれて納得する。農家が商品にできない形の悪い野菜を自分たちで食べるようなものだろう。
いや、それはちょっと違うかもしれない……。
派手な白スーツの
小川のせせらぎ、木々が風で揺れる音、少し冷たく鋭い棘のような新鮮な空気。
ここに来るのは2度目とはいえ、前は合同ミッションということでそんな余裕もなかった。
この平野は、かすかに小高い丘や今にも枯れてしまいそうな儚く美しい泉、そしてまばらに生えた背の高い木が数えるほどあるだけで、基本は凹凸の少ない広い地形だ。
けれど、よく目を凝らしてみれば若干の起伏や草の中に潜む気配がある。
穏やかな空気に流されようとも、ここは異世界であり危険な場所であることに変わりはないのだ。
「唸り声……!! 早速お出ましのようだぞ」
一気に空気が張り詰める。
フードを被ってアーマーに直接取り付けられた片方だけのゴーグルを起動する。私の
ゴーグルを操作すると、50mほど先から4匹のハウルドッグが走ってくるのが見える。
複数の群れで産卵期が重なったという情報通り、初手に現れるにしては多い。
――けれど、好都合!!
「私の邪魔をするな……!!」
地の底から声が響いているのかと錯覚するほど低い声。普段のさゆりは優しいハープのような声だと知っている分、動揺が隠せなかった。
左腕に装着している無機質なデザインのクロスボウからボルトが射出される。
普通の弓矢と違って、人間の力だけではなく機械的な力も加わるため、弾速を上げるために余計な装飾はついていない。ただ先端をとがらせた鉄の棒にしかみえない。
けれど、かなりの速度で打ち出されているため、モンスターにも通用するほどの威力は持ち合わせている。
「いいね、時雨さゆり!! 死神と舞おうぜ」
「あ、ちょっと……」
金瞳を輝かせ髪をかき上げた空噛は私たちを置いて、ハウルドッグへと突進する。
仲間の1匹がやられたことに動揺したのか、反応が遅れた。が、わずかに埋めきれなかった距離に望みを駆けて、咆哮を放つために喉を振るさせた。
「ダメ。遅すぎる」
犬歯をむき出しにして笑みを浮かべる空噛を見て、構えかけていたハンドガンを下ろす。
あの距離だったら、空噛の方が早い。
「グr……
「鈍いんだよ。ゴミクズ共」
両手に構えた2本のナイフをそれぞれ一閃。
刃が通りにくいハウルドッグの体毛の芯を捕らえた斬撃は確実に喉元を通った。潰されたカエルのように途中で声が止まる。
残りの1匹は、目の前で斬殺が起きているというのにためらった。
清流のように青い目をすぼめて、判断を迷ったのだ。そして、刹那の瞬間に間違いに気づいて、足に力を籠める。
「遅すぎる。どちらにせよ、もっと早く決めろ」
酷く残念そうに笑うと、両手のナイフを交差させて白狼の胸元を斬り付ける。
だが、相手は誇り高き狼。犬の名を冠していようとも、群れの一部であるという矜持があるのだ。
「グルゥゥオオン」
鈍く響いた遠吠え。
それは、仲間に自分のピンチを伝え、群れに危険を知らせるサインだ。
そして同時に、私たちに対する死刑宣告でもある。
「今のって……」
「なるほど増援を呼ばれましたか」
「ちょっとさゆり!? そんなに落ち着いてる場合じゃない!!」
「いいえ、私はこんなところで死んだりしません。誰にも私の復讐の邪魔はさせない」
血走った眼でクロスボウに矢をつがえると、地鳴りのような足音が平原の向こう側からとどろく。
仲間の窮地を救うために大移動を開始したハウルドッグにつられて、大量のモンスターが
「PERFETTO!! やっぱりエデンは素晴らしい。こんなにも濃密な死を運んでくれるなんて」
「空噛、あんなの戦えっこないよ!!」
「一花さん、キャノンを。アレを全て潰せば、キャノンの弾代なんて回収できます」
巨大な分、弾薬も高価でメンテナンスの費用も安くはないミニキャノンの使用をためらっていると、それを見透かしたさゆりから声がかかった。
たしかにこの状況で出し惜しみは出来ない。
「火力マックスのキャノン!!」
出力を最大まで引き上げた砲弾を打ち上げると、モンスターの中心へと着弾し大爆発を引き起こす。
一気に半数は減っただろうか。あれだけの魔石を回収できれば、相当な儲けになる。
――あれだけあれば、妹たちに新しい服を買ってあげられる!!
ここで思わず欲張ってしまったことが、あの惨劇につながったのだろう。
結論から言うと、私たちは、壊滅し、敗走を余儀なくされた。
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亜人種や混合種のモンスターは通常の生物と同じ繁殖形態をとることが多いです。いくら魔力がある異世界とはいえ生物の進化工程は変わらないようですね。
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