いいや、ぶっ倒す!!
炎と岩壁の狭間から、突如として影が立ち上がった。
「シャドウゴーレム!? ……違う、
私の影に潜んでいたのは、マルシェオンブルと言うモンスター。
ケイブ洞窟で登場したシャドウゴーレムと同じ影のモンスターだが、その成り立ちは根本から違う。
シャドウゴーレムは人型を崩さず、亜人種に分類されるのに対し、マルシェオンブルは、影から影へと移り歩き、背後からの奇襲を得意とし、変化種に分類されている。
イレギュラーモンスターであるシャドウゴーレムと違って、細部まで調査されており、奇襲に失敗すると肉弾戦を仕掛けるふりをして隙を伺う狡猾な相手だ。
正直、私一人がさゆりを庇いつつ戦うには難しい。
「ちょっと、いや、だいぶ不味い状況だね」
「私はここでは死ねません。何とかしましょう!!」
その復讐に駆られた目は、周りで燃え盛っている炎よりも熱い。
私だって、家族のためにもこんなところで死ぬわけにはいかないのだ。必死に食らいついてやる。
「
「バックアタックは避けたいですからね。一時的に無力化しましょう」
「いいや、ぶっ倒す!!」
無力化なんて温いことではエデンで生き残れない。
ハンドキャノンのアタッチメントに
「一花さん、来ます!!」
腕に装着したクロスボウを構えながら、さゆりは叫んだ。
岩によって影になっている部分へと潜むと、黒い塊が高速で動く。
影から影を移動して機を狙っているようだ。
「コイツ、相当早い!!」
移動の瞬間を狙おうにも気づいた時には次の影に潜んでいるのだ。運悪く、辺りで燃えるコールスネークから発生する炎からの光のせいで、そこら中に影が生まれている。
移動先には困らないだろう。
「さゆり、後ろ!!」
「違います。一花さんです!!」
さゆりの影から腕だけを出したかと思ったが、即座に移動して私の背後に回っていたようだ。
この距離ではよけることも出来ず、私の背中に弾丸が打ち込まれ、鈍い痛みが走る。
私の形をした影の手には、真っ黒なハンドガン。
「持っている武器までコピーされるの……」
マルシェオンブルは影そのものであり、影の主の持ち物が反映される。
「ですが、影が生まれている持ち物だけのはずです。特殊弾丸のコピーまでは出来ないはず」
あくまで銃の機構と通常の弾薬のコピー程度しかできないようで、威力もオリジナルよりは格段と落ちる。ただ、距離が近すぎて避ける隙が無いだけだ。
私の影から移動したマルシェオンブルは、壁際に張り付き大岩へと変形する。
「まさか、そんなもの打ち出すなんて言わないよね!?」
「そのまさかのようですよ……」
自身の体を岩石の影にすると、壁から飛び出すように突進してくる。
「痛った!! 躱しきれなかった……」
肩に直撃した岩石は、衝撃によって跳ねてそのまま影に潜む。
次はどこからくる……?
焼けるように熱い感覚と、鋭い痛み。
私の肩にクロスボウのボルトが突き刺さっていた。
「さゆりの影……」
「してやられました!!」
目まぐるしく潜伏先を変える影について行けない。あまりにも早すぎる。
飛び道具をメインとする私達では、相性が悪いのだ。
「ッ!! 見つけました!!」
レールの影に隠れてハンドガンを撃とうとする真っ黒の腕にボルトが刺さる。アーマーのおかげで動体視力も上がっているため捕捉できるのだろう。
いや、だとしたら、なぜ私は追いつけないんだ?
「ヤバい。意識が
「閉鎖空間で、一酸化炭素が充満しているのでしょうね。急がなくては……」
魔力によって燃えているコールスネークの死骸は、酸素が尽きても燃え続けるが一酸化炭素は無限に吐き出し続ける。むろん、魔力が尽きない限りの話であるが。
「一酸化炭素……? 炭……。コールスネーク。毒!!」
「ど、どうしました!?」
「私、さっきコールスネークに噛まれたんだ!!」
つい先ほど、首筋を噛まれたばかりだ。傷こそ回復しているが、煤が血管の中をめぐっており、毒へと変質していたのだ。
てっきり回復薬を飲んだから治ったものだと思い込んでいた。
「解毒剤があったはず!!」
「これですね!!」
カプセル式の解毒剤。
血の巡りを正常化し、低ランクのモンスターの毒であれば無力化できる便利な薬だ。
薬を飲み込むと、途端に血の巡りが加速して全身が熱くなる。
だんだんと脳がさえわたっていき、靄がかかった視界がクリアになった。
肩に刺さったままのボルトを引き抜いて、回復薬をぶっ掛け、弾倉を入れ替える。
これで準備は出来た。
「改めて、第2ラウンドと行こうか!!」
先ほどよりも動きが見える。
影の速さに翻弄されていない。明らかに、動きの質が違う。
これなら追いつける‼︎
「
さゆりの背後から伸びた黒い腕に弾丸を放つ。貫通することなく腕の中に沈んだ弾丸めがけてさらに追加で4発撃ち込む。当然影に沈んで回避しようとするが、緑鬼弾丸は追尾性能を持っている。
ランタンの影に変化したが、即座にランタンごと破壊した。
「キャァァ」
潜むべき影を失ったマルシェオンブルが光の元に晒される。
輪郭のない黒い塊は、必死に移動先を探すが、すでに大岩のほとんどを壊している。来るとしたら、私かさゆりの影だけ。
「キィィ‼︎」
「そんなことさせるわけないでしょ。表に出てなさい」
さゆりの影に向かって走るマルシェオンブルを押さえつけた。
黒い塊に銃口を突きつけ、射撃。
「たまには、じっくり光に炙られなさい」
バシュンと弾ける音がして魔石が転がる。
「倒せた……? 早く空噛と合流しなきゃ」
「違います。魔石の下に……‼︎」
魔石の下からさゆりの影が現れ、クロスボウをかまえた。殺されたふりをするなんて、どこまでもだまし討ちが得意なようだ。
私の背中にクロスボウの矢が深く突き刺さった。アーマーも壊れて血がにじむと、思い切り蹴り飛ばされる。
壁際に叩きつけられると、私が作った影から腕が伸びる。
まるで私の終わりを喜ぶような叫び声。
頭を打ったようで、視界がチカチカと煌き、指先の感覚が無くなっていく。
ああ、クソ。こんなところで死にたくなかった。
どうしようもない無力感と死への恐怖。後悔。
まだ、死ねないんだよ‼︎
「一花さん、目を閉じて‼︎」
さゆりの声。
言われるがままに目を閉じると、まぶたの向こう側で大閃光が生まれた。
眼球が熱した鉄を突っ込まれたように焼ける。
一切の影を吹き飛ばすような光が辺りを包み込み、莫大な魔力によって炎すらも上書きされた。
「おいおい、なんだ今のは?」
ズタズタの傷跡にまみれた空噛が驚いたような声を上げる。
「ちょっとした閃光弾です。クロスボウの出力を弄って威力を上げてますけど」
「どこがちょっとしてるんだよ。とんでもない威力じゃないか」
「私、案外器用なんですよ」
空噛は苦笑いを浮かべながら、私の体に回復薬を浴びせる。
傷が再生していき、ジクジクとした痛みが走るが、だんだんと収まった。
「なんとか生きてるな。なんだかんだ言いつつ、お前の怪我も増えてるじゃねえか」
「私はわざとじゃないからいいの。それより、アンタだったら火を突っ切ってでも助けに来ると思ったのに」
「あ? こっちはこっちでモンスターが突っ込んできてたんだよ」
なるほど。私たちを助けることで得られるリスクよりも、あの場で戦うリスクの方が楽しいと判断したのだろう。まぁ、多少は、純粋に助けに行けなかったという引け目もあるはずだ。
「いやぁ、コールスネークの群れに一斉に突っ込まれるのは楽しかったな」
訂正。コイツはどこまでも自分勝手で引け目なんて感じていない。
「とりあえず、採掘マシンを回収して戻るか」
「ええ、100kgというノルマもクリアしていますしね」
「あ、そうなんだ。じゃあ早く帰ろう」
元来た道を引き返して、ドラマティック・エデンまで戻る。
普段よりも少し早めに帰って来たからか、私たち以外は誰も帰って来ていないようだ。ウエイターに頼んで換金をすませると、報酬金とモンスターの素材を合わせて、230万円。
使った弾薬や回復、治療費を引いて230万円だ。
「なるほど、まさしくハイリスクハイリターンなゲームというわけですね」
「そういうことだな。次はランクアップに繋がりそうな依頼を見繕って来るから、そのつもりで」
「了解。でも、あんまり危険なことはやめてね」
「その保証は難しいな」
さゆりはノルマさえクリアできれば通常の生活を送れる。学校も普通に行けるし、エデンゲームへの参加を強制されるわけでもない。ただ、衣食住は全てドラマティック・エデンが管理するし、ゲームのことを外部に漏らすのもご法度だ。
ノルマがクリアできなければ、借金が増えるだけであり、自由までの道が遠くなる。
日に日に環境は劣悪になっていって、少しずつ自由を奪われ否が応でも空噛商事の奴隷へと成り下がってしまうというわけだ。
けれど、復讐に燃えているさゆりは、そんな目には合わないだろう。
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マルシェオンブルは、特定の形を持っていません。もし、何かの形をとっているとしたら、だまし討ちの可能性が高いです。
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