これこそが、まさしく楽園!!
――あれだけあれば、妹たちに新しい服を買ってあげられる!!
山のように積みあがった死体を見て笑みを浮かべる。だが、生き残ったハウルドッグたちはさらに甲高く遠吠えを上げ、アントル達も牙をギチギチと鳴らした。
そして、平野に響くゴブリンの笛の音。
「ヤバいよ空噛。ゴブリンの斥候に見つかったみたい!!」
「分かってる!! クッソ楽しいなァ」
ゴブリン―神話にも登場するいたずら好きの妖精だが、この世界では亜人に分類される。
研究者のDr.ヴォルキヒ曰く、彼らは出来損ないの
個としての意識が薄く、群れのリーダーに従う習性。手先が器用で賢く、狡猾であり、他のモンスターの子供をさらって育てることすらあるそうだ。
短命であり、骨格形成が早い。が、背丈は中学生程度までしか伸びない。
緑鬼獣と呼ばれるほどに、薄い体毛が緑色で草むらに隠れるのに適している。
大きく開いた口、潰れた鼻、横に突き出す汚い耳。その醜悪な顔つきはまさしくモンスターだ。
「霞一花、キャノンのリロードは?」
「待って、戦うつもり!? あの数を相手に……?」
「ああ、まだ必要討伐数を満たしていない」
今回はドラマティック・エデンからのミッションとして大量繁殖したハウルドッグの討伐に来ている。
最低討伐数として20体。まだまだ足りない。
だが、アントルやゴブリンの加勢を受けたハウルドッグを相手取るなんて自殺行為としか言えない。
目の前のスリルに恍惚の笑みを浮かべているが、ただ命を無駄にするだけだ。さゆりからも止めてもらえないかと期待して目を向けると、彼女も押し寄せる大軍を前に笑っていた。
――この目は、狂った人間の目だ。
「私の邪魔をするのなら皆殺しです。さぁ、楽しみましょう」
「本気で言ってる!?」
左腕に装着したクロスボウに焼夷弾をセットする。
自分の腕を砲台に見立てて、空高くに開戦の合図を放った。
突如炎が降り注ぎ進路が焼き尽くされたことで、モンスターの大群の中に動揺が走るが、歩みを止めたアントルめがけて空噛は飛び出す。
アントルの心臓吹きに手のひらを付け、小さな爆発を引き起こす。
砕けた甲殻に手を突っ込むと、肩にアントルが噛みついているのも構わずに魔石に触れた。返り血を浴びるのも構わずに魔石を引っこ抜く。
槍を持ったゴブリンがとびかかるが、腕を掴んで掌底。
背中からの攻撃によろめき、そちらを睨みつける。威圧感に一瞬怯んだが、ゴブリンはすぐに粗悪な剣を構えなおした。
「ハハ、お前、死ぬのが怖くないのか? 俺はこんなにビビってるのに……?」
剣を蹴り飛ばし、首を掴んで持ち上げる。
醜悪な叫び声を上げてジタバタと暴れるが、その体格差がゆえに何の意味もない。まるで命を奪うことを楽しんでいるような笑みを浮かべて、首の骨を折る。
その鈍い音に顔を引きつらせていると、一歩前でさゆりが肩を震わせていた。
「アハ、アハハ!! これだ!! 私が欲しかったのはコレだったのですね……」
「さ、さゆり?」
「これこそが、まさしく
クロスボウに矢をつがえると、3本同時に射出する。アントルの甲殻には弾かれたが、1本はゴブリンの目へ直撃した。一気に距離を詰める。
自分の胸のあたりまでしかないゴブリンを押し倒すと、尖った金属の棒を振り下ろした。
すでに死んでいるというのに、何度も何度も、執拗に、不必要に。
獣のような様は、理性や倫理感から解放されたような清々しい顔をしている。皮肉にも、血にまみれた彼女は白い肌と相まって、雪原をキャンパスにした芸術のようで美しかった。
完全にタガが外れていた。
「ああもう!! 私の知り合いにはサイコパスしか居ないの!?」
ゴブリンの死体を貶めるのに夢中な彼女からアントルが忍び寄る。
私の弾丸はアントルの甲殻に弾かれてしまう。だからこそ、狙うべきは、枯れ枝のように細い脚。
見事に命中し、パキョンという奇妙な音が響いた。
牙を打ち鳴らすと、まっすぐに私を見つめて、足を引きずりながらこちらに近づいてくる。
「ヒィィ!! ちょっとまって、こっちに来るなんて聞いてない~!!」
「なに遊んでんだ霞一花?」
勢いよく飛び出してきた空噛が、アントルの体を踏みつける。まだ息はあるようで、牙をを震わせて、起き上がろうとしていた。
眉間に銃口を当てて引き金を引く。
この角度では、魔石ごとまっすぐ撃ち抜けただろう
「それより、ハウルドッグたち全然近づいてこないね」
「おそらく群れに何か異常があったんだろう。動きが鈍かったり俺たちの様子を窺っていたり、どこか統率が取れていないような動きだ」
それを知っているからこそ、ゴブリンやアントルまでもが攻撃を仕掛けてきたのだろう。普段ならば、餌を横取りする行為とみなされ、モンスター同士で縄張り争いがおこるはずだ。
狼たちの唸り声が平野に響いているが、近づいてくる様子はない。ある程度の距離を保ったまま私たちの周囲を取り囲んでおり、逃がしてくれるつもりはなさそうだ。
強行突破も、アントルやゴブリンの介入がある以上難しい。
「クッソ、さっきからゴブリンが
背の低い草むらや、わずかな窪地を利用して、何度も奇襲を仕掛けてくる。
やけくそ気味に突進してくるだけなので、たいしてダメージを喰らうわけでもないし、倒すのも簡単だ。ハウルドッグが襲い掛かってくるような隙も晒していない。
「何かおかしい。ゴブリンの笛を吹いた割には数が少ないような……?」
「お得意の探偵ごっこか。せいぜい、俺の分も考えてくれよ」
ゴブリンの笛は、仲間を呼ぶための笛。どうしようもない危険な相手や、なんとしても倒すべき目標を見つけた際に、自分の集落に伝えるための笛だ。
少し曲がったゴブリンの牙に穴をあけて、何かしらの儀式を行うことで作れるので、たいていのゴブリンが持っているのだ。そして、笛同士で会話を行うこともできるらしい。
「……なんで、他の笛が聞こえなかった?」
私の銃声でかき消された? あの甲高い音が?
――これは時間稼ぎだ!!
「空噛逃げよう。ホブゴブリンが来るかもしれない!!」
「急に何を……。それにどこに逃げ道がある!?」
「私がキャノンで開くから、駆け抜けてこの場を離れよう」
「……いいえ、もう遅いようですよ」
お付きのゴブリンとともに現れた緑の巨人。
3mは超えるであろう巨体に、丸太のように太い脚、虚ろな目に口の端から涎を垂らしている。小さく唸り声を上げており、カラカラと音を鳴らす首飾りは人の骨で作られているようだ。
「実にいいスリルだ。死神と遊ぼうぜ……!!」
「私は、私を取り戻す……。その糧となりなさい!!」
私たちを包囲していたハウルドッグが吠えるのも構わずに、私たちの元まで突っ走ってくると、大きく跳躍して白狼の壁を飛び越えた。
「なるほど、見かけよりも動けるようですね」
左腕のクロスボウからボルトを放ち、ホブゴブリンの肩を抉る。
微かに血は噴き出たが、まるで芯まで届いていない。
巨大な咆哮をあげて剛腕を振り回すと、加速のドーピングをしている空噛の体を捕らえて思いきり吹き飛ばした。
まばらに生えた樹木がへし折れるほどの衝撃。
無茶な連戦が祟って、空噛のアーマーが割れる音がした。
――ヤバい!!
そう思った時には遅かった。
さゆりの体は空中を待っており、控えていたゴブリンメイジたちが炎の魔法を紡ぎあげる。
「さゆり!!」
二度目の咆哮。
ビリビリと体が震えて、原始的な恐怖が呼び覚まされる。前に助けてくれた山田さんは居ない。誰も私を庇ってくれない。助けてくれない。
死ぬしかない。
――これで終わりだ。死ぬ。もうダメだ。
「閃光弾!!」
突如まばゆい光が辺りを包み込み、誰かが私を担ぎ上げていく。
そのまま草むらや雑木林を突き抜けていくと、平野には珍しい大岩の陰に隠れた。
「さゆり!! 無事だったの!?」
「無事ではないですね。アーマーも壊れていますし、クロスボウも使えません」
左腕はぐしゃぐしゃになっており、クロスボウの部品が彼女の腕を貫いてた。
私と空噛を担いでここまで走ったことで、完全にアーマーの耐久力も失ったらしい。回復薬はまだいくつか残っているが、ホブゴブリン相手に生身で敵うわけもない。
「霞一花、薬を出せ。もう一回だ!!」
「ちょっと待って。ホブゴブリンを倒すの!?」
「ああ、まだ、ハウルドッグが終わってねぇ。このままじゃペナルティを喰らうぞ」
目標の半分をクリアした段階でペナルティは免れる。初戦の4体を差し引けば、あと6体。けれど、ホブゴブリンから逃げまどいながら戦っている時点で難易度は桁違い。
そもそも、空噛とさゆりのアーマーは完全に機能停止。私もあと一発で壊れるだろう。
「空噛、さすがにこれは無理だよ。帰ろう……」
「いいやダメだ!! 俺に死の力があれば……全部殺せる!!」
「でも無いじゃん!! このままじゃ、死ぬんだよ!?」
金色の瞳を濁らせながら、ナイフから手を離そうとしない。前髪をかき上げながら、ゆっくりとアーマーを脱いだ。
「霞一花、お前のアーマーを貸せ。2人は逃げろ」
「ふざけないでよ!! 置いていけるわけないじゃん」
まるで死にたがっているかのように、ホブゴブリンの方を見つめる。すると、静観していたさゆりが、クロスボウのボルトを握った。
そのまま、一切の躊躇もなく空噛の腕に突き立てた。
「これで、右腕は使えませんね。左手だけで戦えるというのなら、そちらも潰します」
「痛ッてぇぇ!! イカレてるのか、このクソ女!!」
「私は慧さんを殺すことに躊躇いはありませんよ。邪魔になるなら、殺します」
氷のように冷たい目をしながら、真っ白な手の甲に付いた空噛の血を舐める。まるで吸血鬼が極上の血を飲んでいるかのような恍惚の表情を浮かべると、さすがに彼の顔も引きつった。
ため息をついてナイフをしまう。
「わかった。逃げよう。このミッション、失敗だ」
草むらをひそひそと移動しながら、ハウルドッグの包囲網を潜り抜ける。本当だったら奇襲でも何でもして討伐数を稼ぎたいところだったが、戦闘音をかぎつけてさらに強固に囲まれたらシャレにならない。
グッとこらえてドラマティック・エデンへと逃げ帰った。
扉を超えて安堵していると、バトラーの甲高い嘲笑が響いた。
「お待ちしておりましたよ!! ずいぶんとボロボロのご様子で……。負けて帰ってきたんですね」
2階の観客席の笑いを誘うように私たちの敗北を嘲ると、実に愉快そうに小躍りを始めた。
ひらひらと揺れる白スーツが目障りだ。
「さて、K様、ONE様、リリィ様、ミッション失敗ということですので、ドラマティック・エデンからペナルティのプレゼントです。せいぜい楽しんでくださいね~?」
意地の悪い嫌みな笑い声が会場中に響き渡った。
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リリィと言うのは、さゆりの偽名です。
本名で参加しても不都合はありませんが、基本的に別な名前を使うことが多いです。(後ろ暗い参加者もたくさんいますからね)
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