上手くいけば……の話

 ここはドラマティック・エデンの応接室。

 高級そうな調度品が並び、黒地の高級そうな革製ソファとしっかりとした造りの木製ローテーブル、重厚な扉と真っ白な扉は、外界に音が漏れないようになっている。


「今日集まってもらったのは、俺たちの装備についてだ。前々から考えていたことだが、メタルアーマーからは卒業しないとならない」

「卒業……? Mr.3にレベルアップさせるんじゃなくて?」


 私たちが身に着けているのは迷彩色のメタルアーマーMr.2。従来の特殊ワイヤだけでなく、アントルの素材を混ぜることで、より硬度を上げている。

 ただ、いささか砕けやすいなとは思っていたところだ。


「メタルアーマーは、物理攻撃に弱いんだ。スライムの酸やエレメンターの魔法は生身で耐えられるものじゃない。それに対抗して作られたアーマーだから、それ以上のモンスターには通用しない」

「じゃあ、なんでいままでそんな装備を使ってたの?」

「普通なら、修理費が必要なほどメタルアーマーを壊すことはない。俺が、わざと突っ込んでいっていたから、余計に金がかかって、ちゃんとしたアーマーを買えなかったんだ」

「空噛のせいなのかい!! マジで死ぬ前にその瀬戸際中毒治した方が良いよ」


 口を酸っぱくして言うお説教もへらへらとした様子で聞いていたが、私の目が本気マジであると悟ると、蚊の鳴くような声で「ごめん、気を付ける……」と呟いた。

 肩を落として目を伏せる彼をみて、仕方なく許してやろうという気になった。


「と、ともかく、アーマーの強化と付随して武器やアイテムは改める必要がある。で、二人は、どんなアーマーがいい?」

「どんなと言われても……急なことですからなにも思いつきませんね」


「私は、このフードをもっと強化してほしいかな。射撃精度を良くしたい!!」


 私のアーマーは空噛たちとは違ってフードが付いている。ただのおしゃれと言うわけではなく、フードを被ると、片方の目にサンバイザーのようなものが装着され、相手との距離などを自動で計測してくれるのだ。他にも、簡易的なサーモグラフィーや、スコープにもなる。


 今のも十分いい装備だと思うが、私のへっぴり腰射撃をカバーするためにも、上位の装備品は必要だろう。あと欲を言えば、安価で威力の高い弾薬も欲しい。


 ――キャノンの弾も、使い捨て威力ブースターも高いからね


「霞一花の要望はわかった。フライバットのアーマーとコールスネークの弾薬がちょうどいいと思うんだが、それでいいか?」

「そうなの? 正直よくわかんないから任せるよ」


「俺は、動きが多いから鎧は論外。軽装で防御力があるって考えたらアントルとドローマの配合がいいだろうな。時雨さゆりはどうする?」

「私は逆に鎧の方が良いですね。慧さんほど前には出ませんが、一花さんより被弾は多くなると思うので……。スケルトンなどがちょうどいいかなと考えています」

「スケルトンの軽鎧か。カタログには載ってないからオーダーメイドだな」


 ある程度自己分析をして、短所を埋めるための装備について話し合っていると、空噛がタブレットを見つめながら苦い顔を浮かべた。


「完全に予算オーバーだ。いくつかの素材は、自分たちで調達するか」

「じゃあ、今日はそれを集めるためってことで行こうか」


 今挙がった素材は☆1のミッションで十分集められる。私とさゆりは生活のためにお金が必要であるため、ミッションをこなすついでに集めればいいだろう。

 さっそくタブレットのミッション項目を眺めていると、インピュアクロウの討伐依頼があった。さゆりが使うクロスボウの弾であるボルトの飛距離を伸ばす素材としても使えるため、受けた方が良いだろう。


 シスター暗殺のためにランクアップは必要であるし、ドラマティック・エデンからのポイント稼ぎと言う意味でも都合のいいミッションだ。


「プレーヌ平野でインピュアクロウ2匹の討伐か。油断せず、1匹ずつ相手すれば楽勝だな」

「3人で囲んで陣形を崩さず、邪魔が入らないうえで、上手くいけば……の話ですがね」


 気楽な声を上げて髪をかき上げる空噛に対して、さゆりが冷静に突っ込む。

 鋭く細い目つきは睨んでいるようにも見えるが、ただ呆れてジト目になっているだけである。


 いつもより大人し目の白スーツを着たバトラーがライトを浴びて演出のための口上を叫ぶ。パーティ会場の壁に設置された無数の扉の前に、ピッタリ同じ姿勢のウエイターが立った。


「さぁ、Are you ready to bet? ドラマティックに行きましょう」


 色気を孕ませた声で囁くと、一斉に扉が開かれる。

 異世界エデン攻略ゲームが始まった。


 何もない平野の中心で扉が浮かぶ。扉の周りには壁はなく、ただ単に木枠を設置してあるだけのようにも見える。が、何かしらの技術によって、通常世界とエデンを繋ぐ架け橋となっているのだ。


 心地よく温かな風が吹く平原。

 小川のせせらぎと、草木が揺らめく音、それに混じってモンスター達がうごめきまわる音が聞こえてくる。

 こうも穏やかな土地が出来たのは魔力のおかげであり、その朗らかな土地にモンスターがはびこっているのも魔力のせいだというから、本当に不思議なものだ。


 ――まぁ、お金さえ稼げればなんだっていいんだけど


 この平原は植生も豊かであり、回復薬の原料として使える薬草なども大量に生えているらしい。というか、魔力の影響で、ただの雑草でもそれなりに良い効果をあたえてくれる。

 逆に、普通の植物より毒性が強い植物もたくさんあるが。


「これも薬草ですね。自分たちで使うのもいいし、お金にもなるし、拾っておきましょう」

「……アーマーが無ければ、草むしりをしているババアだな」


 髪を結んで肩から下げて、ピンク色の長袖の服を着ているさゆりは、主婦が庭の草むしりをしているようにも見える。軍服のような迷彩色のアーマーのおかげで台無しだが。

 もちろん、そんなことを言った空噛はギロリと睨まれていた。


 しばらく歩いていると、川のせせらぎの音は大きくなり、澄んだ川を見つける。

 さらに、川の下流の方では水を飲んでいるインピュアクロウがいた。


 大きさは2m後半程度。肥え太って丸くなったカラスのようだが、異様に喉元は腫れており、全体的に毛深く、羽は水でぬれている。

 本来カラスであれば、デリケートな羽が濡れるのは大問題。けれど、インピュアクロウは巨大化して毒を吐けるようになったことで飛行能力を失っているのだ。


「1匹だけか。よし、ちょうどいい」


 水辺でくつろいでいるインピュアクロウにハンドガンを構える。空噛は背後から忍び寄っており、後ろから掴みかかるつもりらしい。

 喉元にたまった毒液を斬り裂けば、脅威の半分は失ったと言っても過言ではないからだ。


 跳躍ドーピングを腰に注射し、ナイフを抜く。

 銀色の刀身を輝かせながらとびかかると、小川の向こう側の森から黒い塊が飛び出してきた。


「2匹目のインピュアクロウ!?」


 バシャバシャと川を渡ると、空噛に向かって突進してくる。

 とっさに躱したが、最初のインピュアクロウにも気づかれてしまい、派手に動き回るせいで、狙いが定まらない。


「カァァ!!」


 天高く咆哮を上げると、大きく羽を広げてその場で一回転。

 バサバサと黒い羽が抜け落ちるが、筋線維の塊でもある翼が、空噛の体を打ち付ける。アーマーが無ければ、たった一発で肉塊になるような威力の攻撃だが、彼は咄嗟にカウンターを喰らわせる。


 威力を殺しきれず軽く吹っ飛ぶが、インピュアクロウの翼から血が零れた。


 痛みに悶えながらも喉を鳴らし毒を吐く準備を始めた。


 ――させない!!


 毒を吐くために上下する喉目掛けて弾丸とボルトが飛んでいく。

 両方が直撃すると、喉元に穴が開いてビチャビチャと透明な液体が零れ落ちた。アレが毒の原料らしい。


 もう1匹のインピュアクロウが間髪入れずに毒を吐き出すが、空噛は軽く躱して跳躍。

 首の後ろ―人間で言えばうなじだろうか―を掴むと不敵に笑ってナイフを突き刺した。


「死神に詫びろ」


 ジタバタと暴れまわると、くちばしを地面へと叩きつけて空噛を振りほどく。

 すぐに受け身を取り河原を転がってインピュアクロウを見遣る。

 傷だらけで血まみれだが、まだ闘志は失っていないらしい。低いうなり声を上げて私たちを見ている。


「ああ、楽しいねぇ。最高だねぇ。すごくいいぞ、ゴミクズ!!」


 下半身に注射した跳躍のドーピング剤の効果が残っているにもかかわらず、左手に緑色のドーピング剤を注入する。試験管に入った回復薬を半分だけ飲むと、石を蹴って走り出した。


「本当に楽しそうですね」

「おかげでこっちは迷惑してるけどね」


 ため息をつきながら一人で突っ走る空噛を見守る。あそこまで至近距離で戦われてしまうと、私たちは撃つに撃てないのだ。

 刃渡り15cm程度のサバイバルナイフをインピュアクロウに振り下ろす。


 巨大な羽をバサバサとはためかせているが、その衝撃を理解している空噛は必死に避けている。2匹同時に相手しているため、どちらかの翼に捉えられた時点で抜け出せなくなるのだろう。


 2匹とも毒液を失っており、くちばしや翼以外の攻撃手段がない。

 あの巨体での体当たりも有効ではあるが、助走が無ければそこまでの威力は出せないだろう。空噛はそこまで理解して、あえて危険な近距離戦を仕掛けているのだ。


 空噛にとって、警戒すべきは攻撃範囲の大きく、避けにくい体当たりのみ。


 しびれを切らしたインピュアクロウがくちばしでの猛攻。

 軽く避けておりカウンターを刺し込む余裕すらある。


 だが、それは囮だった。


「カァァァ!!」


 2mにも満たないような距離。

 ほんの少しだけ離れたインピュアクロウの決死の体当たり。


「私たちを忘れるなんてなのでしょうか?」


 冷酷な笑みを浮かべるさゆりの皮肉めいた一言。

 左手のクロスボウから、ハウルドッグから作られた特殊ボルトを射出すると、突進をするインピュアクロウの眼前で割れて、咆哮が響く。


 原始的な恐怖を呼び起こされ、動きが止まったところにすかさず、三連射。

 後頭部への2発と、空噛が傷をつけた首元への1発。たまらずインピュアクロウはその場に倒れ込む。

 痙攣しながらあふれんばかりの血を流していて、起き上がれるとは思えない。


「そういうわけだ。お前も死神に連れて行ってもらえ」


 仲間がやられたことで動揺を見せるインピュアクロウに風を纏った左腕が叩き込まれる。一気に殴りぬけると、烈風が巻き起こり無数の傷が刻まれた。


旋風死神の左腕ウィンドハンド!!」


 一際大きく吹いた風がインピュアクロウの首をねじ切った。

 空中を飛んだ鳥の頭は、川の中へと落下してバシャンと音を立てて跳ねた。


 倒れるインピュアクロウの死体を前に空噛はため息をつく。

 べったりと付いた返り血を気にすることもなく、首なしの鳥をひっくり返して、心臓にナイフを通らせる。死体から魔石を取り外さないと、運悪くゾンビ化することがあるらしいのだ。

 もっとも、魔力がよどんでいたりしない限り珍しいケースなのだが。


 生臭い血の匂いを平原の柔らかな風が運んでいった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

魔石を取り出しておく理由は、ゾンビ化以外にも食べられないようにするためです。

モンスターは他のモンスターの魔石を食べることもあるので。(大抵の場合、死体よりも魔石の方が価値が高いので、あまり食べられたくない※ドロップアイテムの方が高いし加工は容易)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る