分かりやすい刺激

「一花姉、今度部活で大会があるんだけど……」


 そう言って弟の双馬そうまがプリントを渡してくる。内容は、遠征のために諸費用の支払い願だった。


「東北のほうの、強豪校と練習試合あるみたいで……。でも別に、もし切羽詰まってるなら行かなくてもいいから」

「大丈夫。なんとかできるから。はい、お金」


 財布から遠征代8500円を取り出して双馬に渡す。本来は食費として使う予定だったお金だが、またエデンゲームで稼げばいい。

 それに、私のおやつやお弁当のおかずを減らせばいいだけの話。


「……これ、大丈夫なの? 洗剤無いって言ってなかった?」

「あ……。うん、何とかなるわよ」


 私の家は大家族なせいで生活雑貨品の消耗が激しい。水道代や電気ガスの金額も馬鹿にならないほど掛かっている。食費などは母のパートで賄えているが、父の入院費用なども考えると、家計簿は毎月赤字である。


(後で空噛に連絡してまたエデンゲームに行かなくちゃ……)


 軽くなった財布の中身を見つめながらため息をつく。けれど、すぐに気を持ち直してバイトの準備を始めた。

 弟たちに落ち込んでいるところは見せられない。


「姉ちゃん、大丈夫?」

「うん。平気よ。アンタは気にしないでサッカーやってなさい」


 すると、バタバタとした音が玄関から響く。

 この騒がしく可愛らしい声は、さらに下の弟の『陽太ようた』と双子の妹『六花りっか』『六実むつみ』が帰ってきたのだろう。


「一花姉!! 上履き壊しちゃったー!!」

「陽兄が壊した!!」

「陽兄は破壊神!!」


 踵が履き潰れ、甲の部分にあるゴム紐がちぎれていた。

 もともと双馬のおさがりだったということもあって、壊れてしまうのも仕方がないだろう。さすがに完全にちぎれている状態では修復も出来ない。


「はぁ。じゃあ、上履きも買わなきゃね」

「姉さん、大丈夫なの? 俺の遠征なしにしても……」


 これ以上弟たちに苦労を掛けるわけにはいかない。

 ただでさえ、彼らには苦悩があって、さらに貧乏生活まで強いているというのに、この子たちから普通の生活を奪うなんて権利が私にあるはずがないのだ。


「何とかするから大丈夫よ。お姉ちゃん舐めんじゃないわ」


 幸いにも靴は1000円程度で買える。洗剤やトイレットペーパー、一週間分の食費、それ以外の支払いまで考えると頭が痛くなってきた。


「じゃあ、お姉ちゃんバイト行ってくるから、戸締りはちゃんとしておくのよ」

「姉ちゃん、変なバイトとかしてないよね? 最近帰り遅いし」

「無理言って深夜のシフト入れてもらってるだけよ。じゃあ双馬、下の子の面倒、頼んだわよ。」


 未だにコンビニのバイトは続けている。エデンゲームのことを隠すのに都合がいいからだ。それに、店長がいろいろと融通してくれるというのもある。


 それからきっちり6時間働き終えると、廃棄品の唐揚げを頬張りながら、空噛の待つ公民館に向かう。まだ彼は来ていないようだ。


「よお、遅れたか?」

「大丈夫。そういえば、急にごめんね」


 本来ならば、今日はエデンゲームに参加する予定ではなかった。山田さんがどうしても仕事があるようで、こちらに来る余裕がないらしい。

 空噛も気を使って休みということにしてくれたが、そうも言ってられない。


「で、今日の目標は? 今度は何が必要なんだ」

「お母さんも私も、お給料日前で……。出費がかさんじゃったから、1万くらい」


「じゃあ、エレメンターで良さそうだな。ちょっと足りなかったら倉庫のスライム素材でも売るか」


 私たちの武器や回復アイテムをしまっておく倉庫では、売却していないモンスターの魔石や素材も保管している。特殊弾薬や空噛の注射器の材料になるからだ。

 あえて売らずに残しておくことで、普通よりも安く製造してもらえるらしい。


 送迎車に乗ってドラマティック・エデンまで向かう。


 場所は、ケイブ洞窟。

 所々に不安をあおるように設置された松明が不気味な雰囲気を底上げしていた。


「悪いな、今日はスリルはお預けなんだ」


 道を塞ぐスライムの群れに突っこんで、ナイフを振るう。

 珍しく自傷行為を伴わない戦いに驚いていると、キラキラと怪しく輝く魔石を私のバックの中に入れる。


「ほら、ぼさっとしてないで死骸の処理を手伝え」

「あ、ありがとう」


 桃色のテープを貼った試験管にスライムの体液を投入していく。

 魔石を失ったスライムは、酸性を失うということであり、ただ粘性のある液体になる。ただし、魔力で反応させれば、酸性は強まるらしい。


「今日は落ち着いてるね……?」

「俺のいつものアレが無かったらもっと稼げてるからな。ちょっとした責任感だ」


 いつものアレとは、見るも無残な自傷行為の事だろう。

 殆どのモンスターを空噛が倒しているのであまり強くは言えないが、アレが無ければもう少し取り分が増えるというのは事実だ。


 それほど、空噛の治療費は高いのだ。自覚があるためわざと自分の取り分を少なくはしているが、そもそも根本原因を何とかした方が良い。


「空噛って、マゾなの?」

「お喋りとはずいぶん余裕だな。そして、マゾじゃねぇよ」

「ただ退屈の中で痛みってのが分かりやすい刺激スリルなだけだ」


 私が家族を愛するように、空噛は刺激を愛している。

 そして同時に、退屈を嫌っている。


「ほら、エデンここなら刺激が向こうからやってくる。最高だろ」


 目のまえには3体のエレメンター。

 すでに私たちの気配を察知していたのか、殺す気満々といった様子だ。


 無形のバケモノを相手に、金色の瞳を輝かせた彼は無邪気に笑った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一花の家族構成

康太こうた

華代かよ

長女 一花

長男 双馬

次女 三久みく

次男 陽太ようた

三女&四女 六花&六実

三男 七千代ななちよ

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