ハンドキャノン

 臭気漂う沼地で、私たちは氷のように透き通ったスライムと戦っていた。


 吸熱汚水フローズンスライム

 大気中から、魔力と熱を奪う汚水の塊だ。酸性は弱まっているらしいが、冷気を漂わせ私たちの体温を奪う。


「弾丸が通らない!!」


 銃弾が体を通り抜けようとする衝撃に呼応して、スライムの体が氷化する。

 直前で弾かれるばかりでダメージにはなっていないようだ。


「霞一花、そこをどけ!! 炎死神の左腕フレイムハンド


 左肩のプラグに注射器を刺したまま空噛の腕が燃え盛る。

 軽く振るうだけで炎が広がりスライムの体を溶かした。が、熱量が足りない。


「セイッ!!」


 山田さんの刀がスライムを突き飛ばし距離を離す。吐き出された氷の弾は地面へとぶつかって、辺りの草花に霜を降らせた。


火炎弾フレイムバレット


 先端が赤く染められた弾丸を装填し引き金を引く。

 わざとスライムの足元に向けて発砲すると、霜の降りた地面に火が立ち上る。


「ナイスだ霞一花!!」

「空噛!?」


 迷いなく炎の中に突っこんだかと思うと、爆ぜる熱を掬ってスライムに左手を押し付ける。煙が立ち込め、彼の手には魔石が握られている。

 なんとか溶かしきったらしい。


「ギャース!!」


 沼地から飛び出してきたのは、小玉スイカサイズの泥団子。

 泥で出来た手足が生えており牙も見える。


「ドローマか……」

「あれも、生き物なの!?」


 汚水ではなく泥水の塊。


 短い手で空噛につかみかかったかと思うと、不自然に取り付けられた口を開いて噛みついた。牙が突き刺さり血が零れたが、彼は不敵に笑うのみ。


「相手を間違えたな。俺は死神だぞ?」


 肉が抉れるのもためらわずに、力任せにドローマを引きはがす。

 火傷と噛み傷で両腕がボロボロになっているのも構わずに、ドローマを沼の中へと叩きつけた。


「いっぱい来たァ!!!!」

「ハハハ。実に面白いねぇ!!」


 飛び出してきたのは10体程度のドローマ。

 どれもこれも林檎を二回りほど大きくして、剛腕が生えたような姿だ。


 あちこちから「ギャース」という絶叫が響いて、跳躍してとびかかってきた。


「ど、どうするの!?」

「決まってるだろ、全部ぶっ殺す。死神を顕現させろ!!」


 ボロボロの手で髪をかき上げると、うなじに注射器を刺して目が光り輝く。

 ハンドガンの弾を込め直してドローマを迎え撃つ。


「ギャース!!」

「ちょっと静かにしてなさい。粘性弾丸スライムバレット


 泥の表面を液体がまとわりつく。じわりじわりと泥の塊を溶かし始めた。

 私の足元に噛みつこうとしたドローマが串刺しにされる。


「山田さん!! ありがとうございます」

「気にしないで。それより、こうも囲まれるとマズくないかい?」


 刀を振るうが、直前で泥が硬化して弾き飛ばす程度しかできない。あまり続けていると刀が折れてしまいそうだ。


 弾丸に余裕はあるが、ハンドガンにはリロードの作業が必要だ。隙間なく囲まれている以上、一瞬の弱みが命取りになる。


「俺が一瞬開くから、突っ走れ」

「わかった!!」


 両手にナイフを構えた空噛がとびかかるドローマを迎撃する。開いた隙間を埋めるように距離を詰めてきた。

 即座に右肩に注射器を刺すと、右手が光り輝き始めた。


 めくらまし。

 泥塊に目はついていないが、魔力によって私たちを感知している。だからこそ、大気中の魔力を光に変えることで私たちの姿から逸らせた。


「ハンド!!」


 銃口にアタッチメントを取り付け威力をブーストする。

 打ち出された弾丸はさらに叩かれることでより早く着弾した。


 途端に大爆発が引き起った。


爆発弾丸ボムバレット。想像以上の威力だな」


 周囲の地面が抉れて、沼地の水が流れ込んできた。そこから這い出てきたスライムたちから逃げて、扉の手前側へと引き返す。


「ああ、実に面白い。いい刺激スリルだったな」

「バカ言わないでよ!! 危うく死ぬところだったんだよ!?」

「まぁまぁ、慧君が無茶をするのは私たちのためだから。ね?」



 鬱蒼とした雰囲気のタロス沼は、フィールドのあらゆるところに底なし沼があり、禿げあがったような植生が特徴のマップ。

 難易度で言えば、前回までのケイブ洞窟と同様だが、登場するモンスターは非定形で無生物が大元になっているモンスターが多い。


 ちなみに、それらのモンスターを総じて変化種としてカテゴライズする。

 生物が由来ではなく、魔力によって変質した自然現象や無機物、無生物タイプのモンスター達のことだ。


 汚水が元のスライム、変換ミスを起こした魔力であるエレメンター、泥水や砂利の集合であるドローマ。

 それらを狙っているのは、私の心的負担を減らす為なのだろう。


 瀬戸際中毒スリルジャンキーな空噛だが、多少気を利かせたりは出来るらしい。


「さて、回復も済ませたし魔石の回収に行こう。死体にはテープを貼るのを忘れるなよ」


 使い捨ての転送装置が組み込まれた桃色のテープは、危険を冒さずに死体運搬ができる優れものだ。生物には反応しないのが唯一の欠点だが。


 破壊した現場に戻ってみると、崩れた枯れ木にスライムが群がっていた。

 彼らなりの食事らしい。


「さすがに雑食のスライムも、泥までは食わねぇか」

「山田さんが放置したエレメンターの死体は食べてたのにね」

「この前はごめんねぇ。テープの事すっかり忘れてて」


 ドローマたちの魔石と死体を回収してドラマティック・エデンに戻る。

 アイテムの消費が激しく実入りは少なかった。それに、私には妹が欲しがっていたぬいぐるみを買うために借金の返済にも回せない。


「ごめんね、空噛。家族には貧乏な思いをさせたくなくて……」

「分かってるから皆まで言うな。無理をさせてるのはお互い様だろ」


「それに、家族のためにってのは理解できる」

「え、ごめんなんて?」


 そっぽを向いて何かを言うが、聞き返すと金瞳で睨まれてしまった。まぁ、借金の返済を送らせてくれる当たり、 ちょっと頭のねじが外れているだけで、根はいいやつなのだろう。


 借金 残り225万4000円

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モンスターの種別

変化種、亜人種、混合種、龍種、神

基本形はこの5つのどれかに属します。分類を決めたのはエデンについて研究している空噛商事お抱えの博士です。

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