一種の親心

 不自然に燃え盛る炎の球体から熱線が放たれる。

 間一髪で躱して発砲するが、狙いが逸れて壁に穴をあけた。


「霞一花!! さっきみたいに落ち着いて撃て」

「分かってるけど、銃なんて使ったことないんだもん」


 二度目の熱線をチャージしていると、一気に距離を詰めた山田さんが刀を振り上げてエレメンターの体を切り裂く。

 炎の勢いが弱まり魔石が地面に落ちた。


「まだ来やがるのか……?」


 刺激を求める空噛を満足させるためかのようにモンスターは押し寄せる。


「エレメンターじゃない奴まで!!」


 少し離れた湖から体を引きずりながらやってきたスライム。

 コポコポと体を泡立たせると、酸性の液体を押し固めて射出する。水のかかった地面から煙が立ち込め、異臭が漂う。


「さぁて、死神の出番かな!!」


 首筋に注射器を突き立て体を燃やす。

 パチパチの皮膚の爆ぜる音を立てながらスライムの体に腕を突っ込むと魔石をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。


「アアアアア!!! 痛いねぇ。最高に痛いよ!!」


 痛みという分かりやすい刺激に空噛が悶えていると、山田さんが引いたような顔を浮かべた。それもそうだろう。おそらく私も同じような顔をしているはずだ。


「お姉ちゃんだから、もう少し頑張らなきゃ!!」


 快楽に震える空噛から目を離して、ハンドガンを握りなおす。

 先ほどまでの落ち着きは失っている。


 けれど、撃たなきゃ死ぬ。これは、そういうゲームだ。


 BANG!! BANG!!


 渇いた発砲音が洞窟の中で反響する。撃ち逃した敵は山田さんが斬り伏せてくれた。


「さすがに数が多いですね。普段もこんな感じなんですか?」

「まだ私も三回目ぐらいなんで、分かんないです……」


 恍惚の笑みで火だるまになっている空噛には声を掛けられない。


 しかし、だんだんと援軍の数が少なくなってきている。


 おそらく最後だと思われるエレメンターへ銃口を向けると、水滴の弾丸が山田さんの肩を撃ち抜いていた。


(一手、出遅れた!!)


 圧縮された水がエレメンターから離れようとする。

 その邪魔をしたのは、左手が氷に包まれた空噛。


「死神様が通るぞ!!」


 冷えて固まったエレメンターを殴り飛ばして砕くと、中から魔石を取り出してポーチの中にしまう。


「山田さん!! 大丈夫ですか!?」


 慌てて回復薬を彼の肩にぶっかけると、見る見るうちに傷が塞がっていく。

 まだ痺れや痛みは残っているものの、立ち上がって歩き回れるぐらいには回復したらしい。


「危なかったな。遅れて悪かった」

「ううん。私こそ庇いきれなくてごめん」

「いえいえ、老体のくせして前に出すぎたんです。気を付けますね」


 それから何事もなくドラマティック・エデンまで戻ると、すでに私たち以外にも帰ってきているチームが居た。

 それから数十分と経たぬうちにモニターが降りてきてバトラーが舞台に立つ。


「さて、皆さまお戻りでしょうか?」


 空噛がタブレットを操作して今回手に入れた魔石やアイテムの売却を進めていく。

 私たちの治療費や使用したアイテムの補充などを引いても8万4000円の儲け。


「取り分はきっちり三分割か?」

「私の取り分、端数は、借金返済に充てて」


 借金 残り225万5000円


「一花ちゃん、慧君、明日、時間あるかな?」


 帰り際引き留められて、山田さんは神妙な面持ちで呟いた。



 翌日、学校の帰り、空噛と共に家とは逆方向の電車に乗っていた。

 山田さんが待ち合わせ場所として指定したのは、Q市中央病院前の喫茶店。


 おそらくはだろう。


 店に入ると作業着姿の男が背中を丸めながらコーヒーをすすっていた。


「山田さん。遅くなってごめんなさい」

「一花ちゃん、慧君。わざわざ学校帰りにゴメンね」


 制服姿の私たちを見て、頭を下げる。

 支払いを済ませて店を出ると、迷いなき足取りで病院へと入っていく。

 受付にて看護師さんと何かを話したかと思うと、「面会者」と書かれた札を3枚持ってきた。


「これ、首から提げといてね」

「ありがとうございます」


 エレベーターに乗ってしばらく廊下を歩いていると、「山田千沙様」と書かれたプレートが目に入った。


 ノックをしてはいると、殺風景な病室にくたびれた顔の女性が座っている。傍らのベットには私たちと同じ年ほどの少女。


「はじめまして、山田 千沙ちさです。父から事情は聞きました」


 吹けば飛んでしまうような儚い声。

 血が通っていないかのように白く透き通った顔つきに、枯れ枝と見間違うほどに細い腕。全身から繋がれたチューブを見ると、まるでマリオネットだ。


霞 一花かすみ いちかです」

空噛 慧そらがみ けいだ」


「妻の山田薫かおるです。いつもお世話になっております」


 くたびれた顔の女性は、お母さまのようだ。まぁ、それもそうだろう。


「ゴホッゴホッ!! 知っての通り私は重い病を持っています。外に出ることができないので、お友達がいないんです。よろしければお二人に……」

「もちろん!! 千沙ちゃんって呼んでいい?」


 言葉を遮って彼女の背を撫でる。死人のように冷たい。


「父の手伝いはありがたいのですが、それ以上にお二人には死んでほしくありません。どうか、無理だけはしないでくださいね」

「大丈夫。絶対に私たちが秘薬を手に入れて見せるから!!」


 病室から出ていくと山田さんが見送りに来てくれた。


「娘を見てもらったのは、同情を誘うためではありません。娘の励みになればと思ってのことです」

「それと、俺に無茶をさせないつもりか?」


 髪をかき上げ片目だけで山田さんを睨む。

 千沙の物言いに引っ掛かりを覚えたのは私だけではないようだ。


「少しベラベラと喋りすぎてないか? エデンとこっちの境界が曖昧になって困るのはお前だからな。くれぐれも気を付けろよ山田たかし」

「ええ、わかってますよ。けど、慧君に無茶をしてほしくないんですよ。これも一種の親心なのかもしれませんね」


 空噛は見るからに不機嫌そうな顔を浮かべると、エレベーターの方へと向かっていく。私も山田さんに頭を下げて彼の後を追った。

 たぶん、今のは空噛なりの精一杯の気遣いだ。


 優先順位の一番目は自分がスリルを味わうことであるが、二番目三番目には私たちのことを考えてくれている。

 その理由までは図れないが。


 あの病室の匂い。なぜか父の病室と同じ匂いがした。

 父の病院はQ市の隣であるP市にだというのに……?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

山田千沙のカルテ


ヤマダチサ 17歳 女


症状:嘔吐、咳、吐血、高熱、栄養失調、骨密度低下

すべて原因不明、ただし、血液検査では未知のウイルスの存在を確認(因果関係は不明)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る