あなたが死ねばよかったのに!!
いつの間にかソルシェが生み出した岩壁は消えていたが、私たちは帰路に就くことができなかった。
氷のように冷たい山田さんの体を抱きおこす。どれだけ呼んでも彼が目を覚ますことはない。心臓は完全に動きを止めており、だんだんと顔色も青白く変化していく。
今、目の前で、人の死が進んでいる。
「山田たかし!! 起きろ!! 山田!!」
「山田さん。帰るんじゃないんですか!? 千沙ちゃんを置いていくんですか!?」
だが、狭い洞窟の中でこうも叫んでいると、耳のいいゴブリンあたりに見つかってしまうだろう。私たちまで死んだら、山田さんを救うことなんてできない。彼の死体を担いで、庇うように扉へと向かう。
なんとかドラマティック・エデンの会場まで向かうと、ウエイターの一人が、山田さんの死体を持っていった。配布されるタブレットの死者リストに彼の名前と顔写真が追加される。
蘇生金額は、13億2500万円
「必ず、山田たかしを取り戻す。アイツは俺たちにとって必要な人間だ」
「分かってる。このドラマティック・エデンで、全部を手に入れる!!」
私と家族の平穏な生活も。山田さんと千沙ちゃんの秘薬も。空噛が求める死神も。
「ですが、その前に聞きたいことがあるのでは?」
私たちの背後から派手な格好をしたバトラーが現れる。
張り付けたような意地の悪い笑みを浮かべており、へらへらとした調子を崩そうともしない。
「バトラー。お前、見ていたんだろう? あの2人、何者だ?」
「フフフ。彼らは、『ディストピア』と呼ばれる組織でしょう。我々のエデン探索を邪魔する連中ですよ。もともとはエデンの原住民のようでして、我らがエデン開拓をするのが気に食わないようです」
「それって、私たちが侵略者ってことじゃないの?」
考えてみれば、異形の生物にも家族がいる。
それを倒して金に換えている私たちの方がよほど悪者ではないだろうか?
空噛もそこまでは知らなかったようで驚いている。
「まぁ、ここで話すことではないので、応接室までいきましょうか」
バトラーの案内に従って、パーティ会場から外れていく。
重厚な木製の扉の先へと進むと、高級そうな革のソファが並べられた部屋へと通された。前にシスターたちの話を聞いた時と同じ部屋だ。
「ただいまお飲み物をお持ちします。しばしお待ちください」
相変わらずの過剰な接待に警戒していると、白いスーツを整え直して、ソファに座った。
ノックが鳴って、Dr.ヴォルキヒと人数分の紅茶を持ったアンバランスが現れる。どうやら、話というのは、ドクターからしてくれるらしい。
顔周りの不衛生さとは正反対に、彼が着ている服は真っ白で綺麗だった。
確かにその様は、
「エデンは、
私たちは無言でうなずいた。
「この地球という惑星に内包される資源の量は、ほぼ0に等しい。2000年という歴史の中で、我々人類は全て使い果たしていたのだ。それを救うことができたのは、エデンと、
たしかに、今あるほとんどの商品が空噛商事と関わりがある。直接的でなくとも、工場を動かす為の機械類、ビルの建造、スーツやバックの生産。
そして、食料資源を生産するために飼料や肥料。
空噛商事が関わっていない事業というのはないだろう。だが、それが成り立っているのはエデンから手に入れた資源によるものだという。
「もはや、この世界で、資源を作り出すことは出来なくなっている。だから、エデンが必要なんだ」
「そして、その邪魔をするのが、ディストピアです。残念なことに構成員の人数や規模、トップが誰であるかさえ分かっていない。その探索をするには、エデンが広すぎる」
ヴォルキヒが冷めきった紅茶に手を伸ばし、一気に飲み干したかと思うと、懐からメモ用紙を取り出した。そして、バトラーも同じように録音機の電源を入れる。
「今回遭遇した2人。その情報を2億で買い取ります。有用性が保証されれば、さらに追加で3億です。どんな細かいことでもいい。全てを教えていただきたい」
「最初からそのつもりだ。なにより、お前たちの協力が必要だからな」
空噛からの「協力」という言葉に向かい合う二人は眉をひそめた。
空気を読んだアンバランスが出て行こうとするのを止めると、空噛は小さな声で、けれどしっかりとした低い声音で言う。
「ディストピアのメンバー。トートと呼ばれていた女は、俺の
「なる……ほど……。それがどうして……」
「正確には、俺とトート、いや
彼が死の力を求めるのは、姉を取り戻すためだったのだ。
それから、トートが使う能力、ソルシェという少年の話をする。二人が見せた『ディストピア・チェンジ』という能力についても。
それらをすべて聞き終えた二人は、軽く頷いて部屋を出て行った。
「約束の報酬については、のちほど振り込んでおきますね」
アンバランスも一礼をして部屋を出て行く。応接室には、私たち二人が残されるが、どちらも出て行こうとはしない。
「なんで、隠してたの?」
「何の話だ」
「お姉さんのこと。もしかして、もともとは2人でエデンを攻略しようとしていたんじゃないの?」
暗い顔で紅茶の入ったカップを眺める空噛が深いため息をつく。右手で自分の頭を乱暴に払うと、前髪で金色の瞳を隠す。
「お前の探偵ごっこが、本当に気に食わない。
吐き捨てた侮蔑の言葉に対して、反射的に彼の頬に張り手をしていた。
「空噛、やめて。次は、
「ゴミクズが……」
再びため息をついて、応接室を後にする。空噛を殴った右手が、焼けるように熱かった。
翌日
私たちは、千沙ちゃんの入院する病院に来ていた。山田さんの奥さんと、千沙ちゃんに、残酷な真実を告げるためだ。
空噛商事から連絡が入っているとは思うが、私たちの口から直接話すべきだろう。
「山田たかしは、俺を庇って死んだ。本当に、申し訳ない!!」
病室で、空噛が頭を下げる。
奥さんの目は怒りで震えており、千沙ちゃんの前でなければ、私たちにつかみかかっていただろう。千沙ちゃんの方も、目を伏せて涙を零していた。
「千沙、ちょっと話してくるから、待ってなさい」
「……まって、私も一花ちゃんと話がしたい」
空噛と奥さんが病室を出て行く。
全身を縛り付ける生命維持のための管を少し避けながら、ゆっくりと起き上がった。微かにその目元は腫れており、シーツはぐしゃぐしゃに皺が出来ている。
「一花ちゃん、私いったよね。お父さんに無理させないでって。私のこと、あんまり気に病まないでいいから、ちゃんと三人とも帰ってきてほしいって」
「ごめん」
「どうして、お父さんが死ななきゃいけなかったの?」
「本当にごめん」
大声をだすと、彼女の体が震え、何かの機械が警告音を鳴らした。おもわず、駆け寄って彼女を落ち着かせようとするが、思いきり振り払われる。
「なんで、私たちがこんな目に遭わなきゃいけないの!? 教えてよ……」
私は、謝ることすら出来なかった。
病室の外で、空噛と
グスグスと涙を拭っているが、空噛はそれを見つめるだけで何もできない。
「どうして、旦那だったんですか。なんで死ななきゃいけなかったんですか!!」
「山田たかしは必ず復活させる。約束します」
「そんなの、あの人じゃない!! 命を何だと思ってるの!?」
彼女の激昂に、返す言葉がなかった。
「あなたが死ねばよかったのに!!」
憎悪を孕んだ視線が、重くのしかかった。
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「ごきげんよう、バトラーでございます。こうも、ドラマティックに彩ってくれるとは思いませんでしたよ。案外、ディストピアの連中も役に立つものですね」
「……軽口が過ぎるぞ。我が社の邪魔になる以上、必ず見つけ出して、潰せ」
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