君が犠牲になる必要なんて

「お前が、空噛 慧そらがみ けいか……?」


 ナイフを指一本で受け止めた怪しい女が言う。空噛は必死に力を込めているようだが、カタカタと震えるばかりでピクリとも動かない。たいして、女の方はまだ余裕がありそうだ。


「なんだお前……。どこから現れた!?」

「答えないか、ならいい。どうせ、ドラマティック・エデンに関わりのある者は全員殺すんだから」


 ナイフから手を離すと鋭い腹蹴りを空噛に喰らわせる。フードの中から女の背丈と同じくらい長い大鎌を取り出したかと思うと、容赦なく彼の体を切り裂いた。

 アーマーが割れて、空噛の口から血が零れる。


「弱い。なぜ王様はコイツの始末を私に命じたのだ……?」

「空噛……!?」


 突然現れた黒フードの女にあっけに取られていたシャドウゴーレムは、私達との戦いを邪魔されたと思ったのか、苛立った様子でとびかかった。が、ローブの下から伸びた白い腕をかざすと、シャドウゴーレムの動きが止まる。


「野良風情が。私に楯突くというのか? 死ね、塵芥ちりあくた

「あーあー。メンバーじゃないからと言って殺すのは良くないよ?」


 洞窟の影から、また一人少年が現れる。

 白いシャツに紺色の短パン。サスペンダーを付けており、栗毛の髪色が松明に照らされていた。そして、顔には、面をかぶっている。女が付けている髑髏どくろの面ではなく、いわゆるアノニマスマスクというやつだ。


 背丈や格好を見れば、確かに少年らしいのだが、黒いひげまで描かれた怪しいマスクを着けていて、どこか奇術ペテン師のような風貌だ。


「ソルシェ、お前も来ていたのか」


 ソルシェと呼ばれた少年は楽しそうにケラケラと笑うと、うずくまる空噛を睨んだ。


「あれ、もう終わってるの? 案外呆気ないね」

「まだ殺してはない。王様は何か言ってたかな? ド忘れしたようだ」

「あー。どうだったかな。まぁ、結局殺すだろうし、いいんじゃない?」


 殺す。その言葉が女の口から出て、思わずシャドウゴーレムに目を向ける。その場に崩れ落ちて、寸前まで私たちを苦しめていたとは思えぬほどに生気を感じない。

 それはまるで、シスターが見せた龍殺しと同じだった。


「死神……!? お前、もしかして……」


 掠れた声で空噛が手を伸ばす。あの能力は紛れもなく、彼が追い求めているものだった。


「お前、私の事を知っているのか?」

「その能力、死の力だよな……? その金瞳、もしかして」

「うるさい奴だなぁ。フレイム」


 少年が指さすと、空噛の体が発火する。いつもの自傷とは比べ物にならないほどの業火に焼かれ、苦しそうな悲鳴が漏れた。


「ソルシェ!! こいつは私の事を知っている風なんだぞ? 聞きだしてから殺しても構わないだろう?」

「えー。トートが自分の過去を探っているのなんて、僕には関係ない話じゃん」

「それにこいつがトートの求める過去を知っているという確証もないよ?」


 彼女の名前を聞いた途端、空噛の目の色が変わる。比喩ではなく、確かに一瞬だけ黒瞳に戻っていた。死神と空噛の関係はわからないが、彼がシスターの暗殺を企ててまで求めていたのは、トートと呼ばれる少女であったことは明らかだ。


「記憶がないのか……。俺はお前の全てを知っている。俺と共に来い!!」


 血まみれで倒れながら、焼けこげた腕を差し向ける。

 仮面の奥で迷うように瞳が揺れたかと思うと、その手を掴むように手を伸ばした。しかし、それを阻んだのは栗毛の少年だった。


「トート? 仕事を忘れていないよね? 王様の命令に背くの?」

「わ、私は……」


 トートが伸ばした腕を掴んで、強引に目を合わせる。

 小声で何かを囁いたかと思うと、ゆっくりとトートの力が抜けて崩れ落ちそうになる。ソルシェに抱き留められるとすぐに意識を取り戻して辺りを見渡した。


「トートおはよう。?」

「あ、ああ。空噛 慧そらかみ けいんだったな」


「何をしたんだ……?」


 問い詰める暇もなく、大鎌を構えて振りかぶる。すでに彼女は敵。

 これ以上悩んでいる暇はない。


「慧くん、掴まって!!」

火炎弾フレイムバレット


 炎の壁が一瞬トートと空噛の距離を作る。

 山田さんが傷だらけの空噛に肩を貸して弱々しく逃げようとするが、その背後では、大鎌を立ったひと振りで炎を散らし接近するトートがいた。


「ソルシェ、退路を塞いで」

「りょーかーい」


 へらへらとした笑みを崩さず、洞窟の壁に手を着いたかと思うと、私たちの唯一の逃げ道を土が覆い隠した。


「キャノンは……!?」


 歪んだ砲身を見て絶望する。この壁を破壊できるようなものはなかった。


「そ、それ以上近づくなら、撃つ!!」


 苦し紛れにハンドガンを構えるが、気にも留めた様子がない。

 震える手を押さえつけて、銃口を向け続けるが、近づくことを辞めないトートの胸にぴったりとくっついた。背丈はほとんど変わらず、仮面越しの金色の瞳が冷たく輝く。


「撃つんじゃないの?」

「お、お姉ちゃん舐めんじゃないわよ!!」


 その冷酷な瞳に見つめられたまま、引き金を引いた。……と思っていたが、いつのまにか私の体は握っていたはずのハンドガンと共に空中を待っており、真下で大鎌を構えていた。

 何をされたかもわからずに茫然としていると、わき腹に刃が差し込まれ地面へと叩きつけられる。


「どうせ、ドラマティック・エデンの人間なら、今殺しても変わらないか」

「一花ちゃんに手を出すな!!」


 刀を振り上げ、トートの背中から斬りかかる。

 しかし、呆気なく躱され、刀を大鎌の柄で押さえつけられた。山田さんが2本目の小刀を抜くよりも早く、トートのデスサイズが襲い掛かった。


 自分のももに鎮痛剤とドーピングを注射するが、それを見咎めたソルシェから氷の槍が放たれた。


「うごくなよ。空噛 慧そらかみ けい

「ああ、なんだ。まだソイツを取り戻す余地はありそうだな」


 不敵な笑みを浮かべると、空噛の傷がだんだんとふさがっていく。


「回復薬か。その一本のために、どれだけの住民が犠牲になったことやら」

「トート、これ以上は使われる前に殺そう」


 二人が自身の面に手を掛けると、ゆっくりと外してく。


「「ディストピア・チェンジ」」


 トートが面を少しずらして、自分の鎌を引っ掛ける。そのまま時計回りに回転させると、大鎌の先端に髑髏の面がぶら下がっていた。仮面を外した顔は骸骨が浮かんでいる。

 ボロボロと体が崩れ落ちたかと思うと、腕の骨と頭蓋骨を残して消えていく。


 ローブの下はがらんどう。


 栗毛の少年の方はと言えば、ありとあらゆる魔法が彼の体を取り込んでいった。それが消えたかと思うと、その中心にはシルクハットに赤いマントを羽織ったブリキの奇術師が立っていた。背丈も、2m近くまで伸びており、面影の一つもない。


 外された仮面から、声が鳴り響く。


デス

魔術師マジシャン


「さぁ、皆殺しだ」


「へ、変身した!?」

 

 二人の姿は、人型から異形さの目立つ格好へと変わっていた。


 大鎌の刃先が燃え盛り、狭い空間で振り回される。

 刃を避けても、纏った炎が襲う。


 空噛はナイフで応戦しているが、トートだけでなくソルシェからも挟まれる魔法のせいで、押されていた。私たちが攻撃を刺し込む隙間はないというにもかかわらず……。


「ハンドキャノン!!」

「遅すぎる」


 刃の先で弾丸を逸らすと、天上に穴が開く。


 防ぐわけでもなく避けるわけでもなく、逸らすという予想外の行動に驚いていると、死神の鎌はすぐ近くまで来ていた。


「ぐッ……!!」

「お前は……、まぁ誰だか知らないが、エデンに加担するなら殺していいか」

「やめろ!! その女に手を出すな。殺すなら、俺だけにしてくれ」


 ソルシェの岩槍に圧し潰された空噛がナイフを手放した。


「お前たちの目的は俺を殺すことだろう? だから、2人を見逃してくれ」

「ちょっと待って。慧くん!!」


 ゆっくりと空噛に近づくトート。

 金色の瞳が重なり合って、手を向けられる。


「俺は、もう誰も死んでほしくない。それに、お前に殺されるなら、諦めもつく」

「ダメだ慧くん!! 君が犠牲になる必要なんてないんだ!!」


 必死に山田さんが止めようと走るが、ソルシェに阻まれる。


 私はと言えば、泥に捕まったかのように思い足を動かせないでいた。勝機の無いこの戦いを諦めていた。


「私たちの世界のために死ね。塵芥ちりあくたが……」

「ダメだ、慧くん!!」


 妨害を押しのけて、空噛の前に山田さんが立つ。


 トートが放った死の力が山田さんを包み込んだ。そして、床へと倒れる。


「……余計なことを。ソルシェ、どうする?」

「あー。えーと、どうしようかな」

「あまり派手に動くとドラマティック・エデンに嗅ぎつけられる。いったん退くのは?」


 そういうと、洞窟の暗闇へと歩いていき、姿を消した。


 ただ、無残に死んだ山田さんを置いて。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ト「しかし、なぜ王様は私たちを向かわせたんだ?」

ソ「まぁまぁ、そんな細かいこと気にしなければいいじゃん」


ソ(失敗したか。無意識で避けていたようにも見えるが……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る