どうやったら攻撃が通じるんだ……!?
私たちは、洞窟の奥地で胸をなでおろした。
辺りに散らばった結晶を集めて桃色のテープを貼り付けながら、空噛はポーチにしまった回復薬を左腕にぶっかける。私がけしかけたとはいえ、自傷癖は相変わらずのようだ。
ある程度、結晶も集め終えて、キャノンの弾を込めていると、不意に空気が揺れる。
閉鎖された空間で松明の火が左右に動くというとこは、誰かが近づいてきているということに他ならない。
だが、洞窟の奥底はホブゴブリンやパナセーアエレメンタルの縄張り。普通のモンスターはめったに近づかないだろう。
「空噛……」
「分かってる。何かが来るな……」
「慧くんは下がってて、私が前に出る」
エレメンタルの攻撃によって見た目よりもダメージの大きい空噛を後ろに下げて、山田さんが私たちの目に立って刀を構えた。
足音はない。けれど、気配だけは感じられる。
2m半はあるかという巨体でありながら、全身が針金のように細く薄っぺらい。ただの落書きのような棒人間がそのまま歩いているかのようだった。
だが、顔すらも一本の棒。
「イレギュラー……!! なんで急に!?」
その正体は、ケイブ洞窟に生息する
シャドウゴーレムと呼ばれ、この薄暗い洞窟を徘徊しているらしい。細い体を活かして、洞窟の亀裂や他のモンスターの陰に潜んでいることが多く、観測例すら稀である。
「慧くん、逃げる?」
「強さも未知数。逃げたいのはやまやまだが、このままじゃ追い付かれるぞ」
洞窟の深部は、断層の影響なのか亀裂が多い。
私たちは迷路のように入り組んだ薄暗い悪路を、ミスなく走って逃げなくてはならないのに対して、シャドウゴーレムは、亀裂の間を通り抜けて追いかけることができる。
あまりにも負け戦の鬼ごっこ。
なによりもリスクや危険を愛する空噛にとっては、最高に迷う2択のようだ。
「大丈夫。目的を見誤ったわけじゃねぇ……。おちつけ」
私たちに語り掛けているというより、独り言のようなことを呟いたあと、ナイフを構えた。
「山田たかし、霞一花。倒そうと考えなくていい、足止めが目標だ。逃げる時間を稼ぐぞ」
「りょーかい。山田さん、私が援護します!!」
「頼んだよ一花ちゃん。ハァッッ!!」
気合のこもった一撃と共に、シャドウゴーレムの胴体を横薙ぎに斬り付けた。
だが、軽い感触で刀が通り抜けるだけでダメージを負った様子はない。イレギュラーな存在であるため、普通のモンスターとは一線を画すようだ。
「氷冷の刀油。凍えて怯えなさい!!」
白く吹雪を纏った刀による突き技。が、嘲笑うばかりで避けようともしない。
魔石さえ狙えれば致命傷となり得るだろうが、そこを含めて普通ではないのだ。あの細い体で魔石を内包する場所を見つけられないでいた。
「いったん退くぞ!! 霞一花、キャノンで崩せ」
「わかった。山田さん、下がれますか?」
一瞬目線を向けると、軽く頷いた。
刀を鞘に納めると、炎の刀油を塗りなおした刀身を抜いて、地面めがけて振るう。
火の粉が辺りの地面へと燃え広がり、シャドウゴーレムとの間に壁が生まれる。
けれど、閉塞した空間では燃える時間もごくわずか。
「キャノン!!」
即座に天井めがけて砲弾をぶっ放すと衝撃によって天井が崩落する。
ただ瓦礫を積み上げただけの壁は、隙間だらけだ。
すぐに突破されるだろう。
僅かに稼いだ時間を無駄にしないようにと、一目散にその場から逃げ出した。しかし、先頭を走る私の視界が闇に覆われる。
(追いつかれた!!)
何ら障害なんていないかのように、壁の僅かな隙間から黒い針金が伸ばされる。
咄嗟にガードしたものの、アーマーでも防ぎきれずに私の腕には深い切り傷。
「
隙間からゴーレムがはい出したかと思うと、人型へと変形する。針金のような体は徐々に太くなっていき、ゴーレムの名に恥じぬほどの剛腕へと変化したかと思うと、傷にあえぐ私の体を吹き飛ばした。
ガードも崩され、体が浮かび上がると、背中への鋭い踵落とし。
「げほッ……!!」
「一花ちゃん!!」
「
ナイフを構えた空噛がシャドウゴーレムへと突進するが、霧の中を走ったように通り抜けてしまう。
一切の攻撃が通じていないのだ。
キャノンの砲身も歪んでおり、使い物にならない。
逃げの手は封じられていた。
「山田たかし、背後を取れ!!」
「わかった。一花ちゃん、立てる?」
「ぐッ……、難しいです……」
全身の神経を焼き焦がされるような強烈な痛みに支配されて、体が言うことを聞いてくれない。
そのうえ、体重をかけるように片足で押さえつけられていた。
(抜け出せない……!!)
「明光の刀油。全員目を閉じて!!」
腰に差した刀を抜くと、まばゆい光が洞窟を照らす。
目を閉じていてもわかる閃光に驚いて、一瞬シャドウゴーレムが怯んだ。
「影なら大人しく
空噛の右手には、ナイフではなく光のエレメンターの魔石が握られており、かすかに魔力が残されているようだった。グッと力を籠めると簡単に砕けて、空噛の腕が輝く。
そのまま胸の辺りを殴りぬけるが、虚しく通りぬけるばかりだ。
「こいつ、どうやったら攻撃が通じるんだ……!?」
「視界外からの攻撃なら?」
空噛に気を取られている間に、シャドウゴーレムの背後に回った山田さんが燃え盛る刀身を突き立てる。
刀が沈み込むような音が聞こえたが、ダメージにはなっていない。
鉄パイプのような長い脚がしなって、山田さんの横腹に叩きつけられる。
反射的につかんだようだが、すぐに振りほどかれて刃へと変化した腕が、足元を裂いた。
咄嗟に思いついて、寝転がったままハンドガンを上に向ける。
連続で放った弾丸はシャドウゴーレムを通り抜けて天井へ穴をあけるばかり。意図が読めていないであろう影が、私の顔を踏み潰そうと足を上げた。
「
一発だけ残していた弾丸は酸性の液体を零す。
シャドウゴーレムの足から煙が吹き上がって、影を溶かした。
「攻撃が通じた!? 酸が効くのか……?」
「違う。アイツが攻撃する一瞬だけ、その時だけは私たちの攻撃も通るんだよ!!」
「なるほど、そういうことか……。山田たかしのリカバリーを頼む。今度は二人で叩くぞ」
シャドウゴーレムの拘束から抜け出して山田さんの下へと急ぐ。
空噛の攻撃で致命傷を与えれば、山田さんがトドメを刺す隙が生まれる。そのために、血を流す山田さんの応急手当は優先事項だ。
「ゴクリ。ひとまずはこれで動けるだろう。引きつけられるのは少しの間だけだ」
「分かってる。アイツの爪、見た目より鋭いから気を付けてね」
回復薬を飲んだ空噛がナイフを構えなおして、シャドウゴーレムへと発走した。
だが、その行く先を阻んだのは、黒いフードを被った女。
顔には
「お前が、
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イレギュラーモンスターはレアすぎて、詳しい生態が分かっていません。
とくにシャドウゴーレムは、イレギュラーの中でも異質なモンスターとして有名です。なんせ、現れることが少なすぎて、討伐例がなかったので。
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