第2話 装備枠9999

 それからしばらく、ヤブキさんがルーペのような鑑定装備で武具を調べているのを見ていた。ヤブキさんとしてはやりにくいだろうけど、なにも言われなかった。客もほとんどいないし、話し相手でも欲しかったのかもしれない。


『ねぇ、ちょっとあんた……』


「ん?」


 何気なく木箱の中をのぞいていると、かすかな声が聞こえてきた。

 声のしたほうを見るが、誰もいない。女の子みたいな声だったし、ヤブキさんがしゃべったというわけでもなさそうだ。いや、ヤブキさんだって、たまにはキャピキャピした声を出すかもしれないけど。


『ああ……やっぱ、装備されないとダメね……声出すだけでもしんどいわ……寝よ寝よ』


「な、なんだ?」


 また声がするのに、辺りにはなにもない。

 いや、あるにはあるけど……鳥籠に入れられた手のひらサイズの人形だけだ。

 黒髪のかわいらしい少女の人形で、赤い瞳がどうしてか僕のほうを見ている気がする。他の武具に混じっているとミスマッチ感がひどいが、武具屋にあるということはアクセサリー枠の装備かなにかのはずだ。

 その人形には不思議と視線が惹きつけられたけど、それが声の主であるわけがない。もう声が聞こえてくることもなくなったし、きっと気のせいだったんだろう。

 僕はそれ以上気にすることをやめ、視線をヤブキさんのほうに戻した。

 ヤブキさんに、どうしても聞きたいことがあったのだ。


「あの……このなかに、“呪いの装備”はありませんか?」


 ヤブキさんは無言で僕を見て、またか、という顔をした。呪いの装備嫌いのヤブキさんにとって、その質問は禁句のようなものだった。それでも尋ねずにはいられなかったのだ。


「まあ、たまに混じっちゃいるがな。そうそうあるもんじゃねぇよ。冒険者だって、むやみに装備にさわるほど馬鹿じゃねぇ」


「……ですよね」


 装備で強さが決まってしまう冒険者にとって、さわっただけで強制装備される呪いの装備はまさに天敵だ。呪いの装備は、他の装備を押しのけて勝手に装備され、装備枠を一つ食いつぶす。

 そして、呪いの装備を外す方法は――存在ない。

 いったん装備したら最後、死ぬまで装備しつづけなければいけなくなる。それも、呪いの装備についた“代償”を払い続けながら……。

 だからこそ、冒険者は呪いの装備に触れないように細心の注意を払うのだ。装備らしきものを見つけても、鑑定するまでは絶対に触れようとしない。手袋や小手越しに触れてもアウトになる呪いの装備もあるから、運ぶときは布に包んだり箱に入れたりする。そうやって、絶対に呪いの装備に関わらないよう入念に対策をする。たとえ呪いの装備が市場に入ってきたとしても、見つけたら即処分が原則だし、故意に売ったり装備したりするのは違法だ。


「はぁ……」


 ヤブキさんは溜息をつくと、作業の手を止めて僕のほうを見てきた。


「お前がなんのために呪いの装備を探してるのかは知らねぇ。でもな、呪いの装備にだけは絶対に関わるんじゃねぇぞ」


 ヤブキさんの顔は真剣そのものだった。


「違法だから、ですか?」


「それもあるが、それだけじゃねぇ。俺も冒険者やってたから、呪いの装備のせいで身を滅ぼしたやつは何人も見てきた。呪いの装備ってやつはな……さわっだけで正気を失うぐらいなら、まだいいほうなんだ。さわった瞬間に死んだやつもごろごろいる」


「さわった瞬間に、死……」


 思わず、唾を飲みこんだ。


「脅してるわけじゃねぇぞ? 俺は事実を言っているだけだ。呪いの装備は、本当にそれぐらいやべぇものなんだ」


「そう、ですか」


 僕は肩を落とした。

 ……僕だって、わかっている。呪いの装備が危険なんてことは。この世界に住んでいれば、貴族だろうと賤民だろうと、誰だって赤子のときから知っている。

 それでも、僕は――。


「はぁ……あきらめねぇ、って顔だな」


 ヤブキさんは頭をかきむしった。


「そういえば、お前。東のダンジョン行ったことあるか?」


「え、まあ」


 東のダンジョンというのは、最近、東の森で見つかったばかりのダンジョンだ。今はこの町の冒険者たちがこぞって挑戦している。かくいう僕も、金ピカ男と一緒に行ってきたばかりだ。ただの荷物持ちとしてだけど。

 ただ、どうしていきなり東のダンジョンの話が出てきたのかわからない。突然のことでまともな返事もできなかった。


「こりゃ、酒場で聞いた話なんだけどな。東のダンジョンの一番奥にある宝箱の中身が、呪いの装備らしい」


「え?」


「呪いの装備はまだダンジョンにあるみたいだぞ? そんなに欲しいんなら、挑戦してみるといいさ。装備なしのお前にゃ、何百年かかっても無理だと思うがな」


「……どうして、その話を僕に?」


「装備枠0のお前なら、万が一さわっても装備できないだろうしな。それに俺が言わなくても、すぐに誰かから聞いただろうよ」


 ヤブキさんがぶっきらぼうに言う。彼にとってはほんの気まぐれにしゃべったのかもしれないけど、僕にとっては福音に等しい情報だった。


「挑戦してみます!」


「ま、危なくなったらすぐに逃げろよ」


「はい……ありがとうございます……!」


「礼を言われるようなことはしてねぇよ」


 ヤブキさんの照れたような声を背に、僕は駆けだした。

 呪いの装備が手に入るかもしれない。そのわずかな希望だけでも、僕の足取りは軽くなる。

 呪いの装備は危険だということはわかっている。

 それでも、僕は自分の装備が欲しいのだ。


 誰にも言ったことがなかったけど、僕はけっして“ゼロのノロア”なんかではない。

 装備枠はちゃんとあるのだ。

 それも、僕の装備枠の数は――。


 ――9999。


 人類最高が7枠だと言われるなか、あまりにも常識外れな数字だった。

 当然、誰かに信じてもらえるはずもなく、いつしか装備枠0ということで通すようになってしまった。

 それに、僕が普通の武具を装備できないというのは本当のことだったから。

 僕は頭の中に、自分のステータスを思い浮かべる。



ノロア・レータ 冒険者 Lv10


HP  74

MP  15

攻撃力 12

守備力 14

素早さ 17

魔力  17

運   11


装備枠=9999

・武器

なし

・防具

なし

・アクセサリー

1:■■■■【呪】(装備枠=9999)



 これが僕のステータス。

 冒険者なのに弱すぎだろという意見はさておき、問題は装備欄にある『■■■■【呪】』というアクセサリーだ。

 その詳細は、以下の通り。



・■■■■【呪】

……詳細不明。

ランク:???

種別:アクセサリー

効果:装思装愛(装備枠=9999)

代償:呪いの装備しか装備できなくなる。



 物心ついた頃にはすでに装備していた謎の呪いの装備。僕が今までなにも装備してこなかったのも、この呪いの装備が原因だ。

 この装備の代償で、僕は普通の武具を装備することができない。

 でも、その代わり……呪いの装備なら、いくらでも装備することができる。


 ――×××ちゃんは、この世界の誰よりも強くなれる。きっと、私よりも。

 ――だから、お願い……呪いの装備を探して。

 ――そして、いつかまた会うときは……きっと、私を助けてね?


 いつだかわからないほど昔、顔も声も忘れてしまった誰かから、そんなことを言われたのを覚えている。世界の誰よりも強くなれる……その言葉だけが、僕の原動力であり、唯一の希望だった。


 呪いの装備さえ手に入れば、なにかが変わるかもしれない。

 装備が人生を決めるのならば、この糞ったれな人生も少しはマシになるかもしれない。たとえ装備して身を滅ぼすとしても……どうせこれ以上は落ちようがないのだ。

 ならば、装備しない手はない。


 そんなことを考えながら、僕はダンジョン攻略のための準備を始めるのだった。

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