第19話 さあ、おあがりよ
わずかに気が緩んだ、その瞬間――。
――ごごごごごごっ!
「……っ!?」
突然、すさまじい地鳴りが響いてきた。すぐ目と鼻の先で、雪崩でも起こったかのような轟音。地面が大きく縦に揺れ、大気さえもびりびりと震動する。
「……! 伏せて!」
僕はとっさに腰を落として、血舐メ丸の柄に手をかける。
なにが起こっているかわからないが、あまりいい予感はしない。巨大な魔物でも近づいてきてるのか、それとも討伐隊がなにかをしたのか……。
僕は耳を澄ませて、辺りを警戒する。危険察知は、弱者であった僕の数少ない特技だ。じっと息を潜めて、次になにが起こってもいいように身構える。
しかし……いつまで経っても、なにも起こらない。
「あれ?」
気づけば、音もやんでいた。
『あ、あのー』
シルルがおずおずと声を上げた。なにやら顔を前足で覆いながら、恥じ入るように尻尾をぱたんぱたん振っている。
『こ、これ……わたしのお腹の音です』
――ごごごごごごっ!
ふたたび地鳴りが響いてくる。そこで、ようやく気づいた。
その轟音が、シルルのお腹から鳴っていることに……。
*
「まさか、お腹がすいて動けなくなってたとはね……」
どうやらシルルは、数日間、なにも食べてなかったようだ。水や果物は口にしていたらしいけど、それだけでは巨体を維持するためのエネルギーが足りなくなるだろう。ゴブリンにいじめられていたのも、お腹がすいて動けなくなっていたのをからかわれていたらしい。こんな情けないドラゴン、見たくなかった。
仕方ないので、周囲にある食料(魔物)を集めてきた。羅針眼で〝食用の魔物〟を探して狩るだけの簡単なお仕事だ。狩ることよりも、むしろ運ぶことのほうが何倍も大変だった。
思ったよりも時間がかかってしまったため、すでに日が沈みかけていた。
本格的に暗くなる前に、急いで焚き火を作る。裸火を隠すために焚き火の上方には天幕を吊り、煙の出にくいトネリコの薪を燃やす。
それから、川で冷やしておいた獲物の肉を解体していく。近くに水場があったのはだいぶ助かった。普段は内臓出しや血抜きだけで済ますケースも多いけど、やっぱり狩った肉はすぐに冷やさないと臭みが出てしまう。逆に内臓出しと冷却さえ速やかにおこなえば、肉の臭みはだいぶ取れる。
できれば半日ぐらいは冷やしておきたかったけど、シルルのお腹の音がやばくなってきたので、さっさと解体を済ませることにする。お湯をかけて皮を剥ぎ、骨を取り外し、骨や筋膜に沿って肉を切っていく……。
そんな作業を怯えたような顔で見ていたシルルが、おずおずと尋ねてきた。
「あ、あのー、そのお肉って……
「あー、うん。たまたま見つけてね。食べられそうだから狩ってきた」
「そんな、あっさりと……?」
というより、血舐メ丸の最小出力に耐えてくれる魔物じゃないと狩れなかったのだ。
まあ、高ランクの魔物を狩れて悪いことはない。普通の獣と違って死後硬直もしないから、狩ってすぐに美味しい肉が食べられるし、その血や糞を辺りにまいておけば魔物避けにもなる。
「ほ、本当にもらちゃっていいんですか……? 売ったら、一財産築けると思いますが……」
『そうよ、考え直すなら今のうちよ! 早まるのはよしなさい! この爬虫類とお金、どっちが大切なの!』
「あー、うん。気にしないでいいよ」
換金するにしても、どこかの町に入る頃には肉も傷んでるだろうし。
そんな話をしながら、岩塩とハーブをすり込んだ肉の塊を、焚き火の側に並べていった。だいぶ大雑把な料理になってしまったけど、今は質より量が大事だ。熟成や水分抜きもしてないから旨味は薄いかもしれないけど、その分、癖はなくて食べやすいだろう。
あとは火入れをいかにうまくやるかが勝負だ。それ次第で、味や食感がまったく変わってくる。
『う、ぅぅ……じゅる……』
肉が焼けてくると、香ばしい匂いが辺りに漂い始めた。
食欲を刺激されたのか、シルルの口からよだれがどばどばとあふれ出す。なんとかよだれを隠そうと奮闘しているらしいけど、頬がないドラゴンは口の中によだれを溜めておくことができない。恥じらいながらも、よだれを垂らすしかないようだ。
「さて、そろそろいいかな」
火から少し離して休ませていた肉にバターを塗り、仕上げにふたたび直火で焼く。全体にほどよい焼き色がついてから少し切ってみると、肉の切り口は綺麗な薔薇色になっていた。魔物肉は焼きすぎると固さと臭みが出るし、これぐらいの色がちょうどいい。
――完成だ。
「さあ、おあがりよ」
『……! はぐはぐはぐ……!』
シルルは食前の祈りもなしに、肉にがっつき始める。よっぽど、お腹がすいてたんだろう。飢えた痩せ犬を思わせる食べっぷりだ。
『こ、これが、魔物肉……!? なんという濃厚なお肉でしょうか! たっぷりの脂がとろりと口の中で溶けるのに、くどくなくくて、むしろさっぱりしてます……! さらにしっとりと焼き上げられた赤身肉は、噛むたびにじゅわっじゅわっと甘い肉汁をあふれさせて……ああ、ダメ……ッ! 一つのお肉の中で、二種類の味と食感がハーモニーを奏でちゃうぅぅぅぅ!』
「…………」
突然、食リポを始めたかと思うと、発情したようにくねくねしだすドラゴン。
さすがに、ちょっと気持ち悪い。
「あ、ソース作ってみたけどかける?」
『いただきます!』
肉汁や内臓にワインやハーブを加えて作った即席のソースだ。あえて肉の野性味を強調するソースにしてみたけど、シルルには好評だった。
ちなみに野外調理は、Gランク時代に身に着けた雑用スキルの一つだ。当時はなんでもできないと生き残れなかったから必死だったけど、こうして役に立つのはうれしいものだね。
『うぅ……久々の食事……ノロア様は、命の恩人ですぅ……』
「おかわりもいいよ」
『……うめ……うめ……うめ』
こんなに喜んでくれるなら、こちらも作ったかいがあった。
『あ、マンティコアの尻尾イケるわね! ザリガニみたいな味する!』
ジュジュも負けじと、もきゅもきゅと肉を食べまくる。こちらはわんぱく小僧みたいな食べっぷりだ。意地汚いというか、育ちが悪いというか。まあ、肉はたくさんあるからいいけどさ。
『あの、ノロア様……? 人形がお肉を食べても大丈夫なんでしょうか?』
「ん? ああ、この人形、雑食だから」
『人形が、雑食……?』
シルルが信じられないという顔をするが、そういうものだと割り切るしかない。
そんなこんなで、食事は続き――。
『ふぅ~う、なかなか満足だわ』
『……神よ、この食事の恵み、感謝します』
気づけば、大量に用意してあった食料は、すっかりなくなっていた。
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