第20話 恋バナ
食事が終わる頃には、だいぶ夜は深まっていた。月もだいぶ西へと傾いている。魔物肉の処理に時間をかけすぎたかもしれない。
もう夜も遅いので、今日はそのまま寝ることにする。今夜中に討伐隊が襲ってくる確率は少ないだろう。高ランクの魔物の血や骨を辺りにまいたから、ここに魔物が寄りつくこともないはず。ひとまず、この辺りは安全地帯と思っていい。だからといって、警戒を怠るわけにもいかないけど。
「じゃあ、僕が火の番をするから。シルルは安心して寝てていいよ」
『で、でも……と、殿方の前で寝るなんて……』
シルルはやたらと恥じらっていたが、こちらからしたら大型の爬虫類と寝室をともにするようなものだ。僕はノーマルな装備性愛者だから、間違いが起こるはずもない。我慢してもらうとする。
『あ、あの、ノロア様。寝顔は見ないでくださいね?』
『爬虫類の寝顔に需要あるわけないでしょ』
言葉には出さなかったけど、珍しくジュジュに同意だ。
「というわけで、さっさと寝て……」
『それより、恋バナしましょ! やっぱり、野宿に恋バナはつきものよね!』
旅行気分なのか、ジュジュのテンションが高い。早く寝ろと言いたいけど、昼寝しまくってたし眠れないのかもしれない。
『ねぇ、爬虫類。あんた、恋人とかいるぅ?』
『恋人ですか? それなら、たくさんいますよ』
「……っ!?」
えっ、意外と遊んでる?
『うわぁ……清楚系ビッチってやつね』
自分から聞いときながら、ドン引きしたような顔をするジュジュ。この人形にドン引きされるのは、人として終わりかもしれない。
「ち、ちなみに、恋人の数は?」
『一万人ぐらいですね』
「い、一万人? それはちょっと多すぎなんじゃ」
『え、えへへ……そうですかねー?」
「いや、褒めてないから」
『本気を出せば、まだまだ増やせますよ』
「一万で、本気じゃない、だと……?」
『こいつ、とんだ性獣ね……』
なんだか頭が痛くなってきた。知ってはいけない裏事情を垣間見てしまった気分だ。
「でも、そうか……恋人がたくさんいるのか……」
『もしかして、こいつ狙ってた系? やめときなさいよ、こんなオタパーの姫みたいなやつ』
オタパーって、なんだ。オタクパーティーの略か?
「いや、そうじゃなくてね。恋人がたくさんいるなら、獣ト薔薇の代償はなんとかなるかもしれないと思ったんだ」
――誰かを愛さなければならない呪い。
その厳しさには個人差がある。僕と相性が悪かっただけで、人によってはかなり軽いものだろう。
問題は、『心から愛する』というのが、どの程度のものかということだけど……恋人になるぐらいなら充分に愛していると言えるはずだ。これなら、シルルをすぐに人間に戻せるかもしれない。
「シルルを恋人の誰かとキスさせよう。誰か一人でも協力してくれれば、それで……」
『こ、恋人と〝ちゅー〟ですか? そ、そんなのハレンチですっ!』
あれ、遊んでるわりに、意外とお固い?
『〝ちゅー〟は結婚してからでないと、しちゃダメですよ! 〝ちゅー〟なんてしたら、赤ちゃんができてしまいます!』
「はい?」『は?』
ジュジュがきょとんとした顔をするが、たぶん僕も同じような顔をしているはずだ。
「あの、じゃあ……恋人と結婚を前提にキスするというのは?」
『恋人と結婚なんて、できませんよ! お互いのことも、まだよく知りませんのに……』
「……えっと、恋人ってなんだっけ?」
違和感がむくむくと膨れ上がってきた。
もしかしてだけど、シルルはなにか勘違いしてるんじゃ。
『ねぇ、あんた……恋人って、なにか知ってる?』
『もちろん、知ってますよ』
シルルがむふんと鼻から息を出す。
『恋人とは、あれですよね……手をつないだりするぐらい仲がいい人、という意味ですよね』
「あ、うん。だいたいわかった」
やっぱりというかなんというか、シルルは予想以上に世間知らずだった。
というか、ピュアだった。そういう知識から意図的に遠ざけられていたんだろう。
「特定の一人がすごい好き、とかないのかな?」
『特定の一人ですか? 少し照れくさいですが……司教様は好きですよ?』
「あれ? この地域の司教っていうと、おばさんじゃなかったっけ?」
『そうですね。五〇代の女性です』
『女なのに、熟女フェチ? やばいわね、こいつ……』
『ふぇち? というのは、よくわかりませんが。司教様はいろいろなことを教えてくださるので好きです。家族のいないわたしを、子供の頃から娘のように可愛がってくれて。それに、人々のために努力を欠かさない、素晴らしいお方です。わたしの憧れです』
「なるほど、よくわかったよ」
……シルルも愛を知らないということが。
これでは、シルルも代償を支払うのが大変そうだ。彼女の抱いている感情は、きっと親愛でしかない。特定の誰かに恋愛感情を抱いている、ということはないみたいだし。
よりにもよって、やっかいな人に獣ト薔薇がついてしまったものだ。
「……ん?」
いや……そうでもないのか?
もしかして、ここに〝抜け道〟があるんじゃないのか?
『この先、どうしたらいいのでしょうか……』
僕が黙っているせいで、不安になったのだろうか。
シルルが弱々しくかすれた声を出した。尻尾もぺたんと地に伏せられる。
『わたし、全部なくなってしまいました。容姿の良さしか取り柄がなかったのに、こんな醜い姿になってしまって。愛していた人たちからも嫌われて、愛していた故郷も追い出されて……』
表情を隠すように顔を伏せる。しかし、その大きな目に溜まった涙を隠すことはできない。必死にこらえようとしているらしい嗚咽も、ドラゴンの体ではどうしても漏れ聞こえてしまう。
おそらく、ドラゴンになった直後のことを思い出したのだろう。それは彼女の心を蝕むトラウマのような記憶であるはずだ。
容姿の良さというのも、彼女にとって心の拠り所だったのかもしれない。容姿がいいから愛される、自分の価値がそこにしかない、それがなくなってしまえば自分には価値がない……そんな思考に陥っているようにも見える。
呪いの装備一つで、人生が台無しになってしまった少女。
できるだけ、手助けしてあげたいとは思う。
「ねぇ、シルルは、サンプールの人たちを今でも愛しているかな? 君を嫌って、故郷から追い出した人たちを……」
『…………』
涙声を聞かれたくなかったのか、シルルは無言でこくりと頷いた。
愛していないわけはないだろう。だからこそ、こんなにも彼女は悲しんでいるのだから。
「そうか、それじゃあ……」
話はとても簡単だ。僕はそっとシルルの涙をぬぐった。
不思議そうに見上げてくるシルルに、僕は安心させるように微笑みかける。
「――明日、サンプールに行こう。もしかしたら、人間に戻れるかもしれない」
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