第21話 討伐隊

 ――心から愛している人とキスをしなければ、人間の姿に戻れない。

 

 それが獣ト薔薇の代償だ。

 ここで肝となるのは、『心から愛している人』という部分。一見すると、恋人や片思いの相手を指しているように思えるけど……代償の説明には、『恋愛感情を持っている異性』とまでは書かれていない。〝恋愛感情〟や〝異性〟というのは、おそらく必要条件ではないのだ。

 つまり、親愛や家族愛のようなものだとしても、心から愛してさえいるのなら。

 きっとシルルは人間に戻れる。 

 これが、おそらく獣ト薔薇の代償の抜け道だ。

 

 まだ憶測の域を出ていないけど、試す価値はあるだろう。

 それに、今は絶好のチャンスなのだ。シルルを倒すための討伐隊は、すでにサンプールを発っているはず。今のサンプールに、シルルに対抗できるような戦力が残っているとは考えにくい。


 というわけで、僕たちはさっそくサンプールへと向かうことにした。

 シルルの背に乗って、空からサンプールへ。乗竜は初めてだったけど……なかなかスリリングな体験だった。今まで体感したことのないようなスピード感と揺れで、乗って早々に気分が悪くなる。内臓が上下に激しくシェイクされる感覚。しかも鞍や鐙のようなものもないから、体を安定させることもできず、気を緩めると振り落とされそうになる。


『うぷ……ぎぼぢわるい……』


 ジュジュも青ざめながら口元を押さえていた。さっきまで『わたくしは風よ!』とか言ってはしゃいでいたのが嘘のような大人しさだ。どうやら、この人形には乗り物酔いや嘔吐といった機能も搭載されているらしい。さすがに身動きできない空間で吐かれたらたまったものじゃない。


「だ、大丈夫? 袋使う?」


『び、美少女はゲロなんて吐かないわ!』


『あ、あの……背中に吐くのだけはやめてくださいね?』


『だから、吐かないって言ってるでしょ! ちゃんと飲み込むわよ!』


「ゲロを飲み込むのは、美少女的にOKなの?」


『ギリセーフよ!』


「そうなんだ……うっ」


 ジュジュとゲロトークをしていたら、こっちもさらに気分が悪くなってきた。

 とはいえ、それ以外の面では順調な旅路だった。空にはいっさいの障害がない。目的地まで最短コースで進むことができる。


『あ、サンプールが見えてきました!』


 半日ほど飛び続け、太陽がゆっくりと西へ傾き始めた頃。

 急にシルルがはしゃいだような声を出した。興奮のためか背中がゆっさゆっさ揺れて、振り落とされそうになる。ジュジュが『うっぷ』と口元を押さえる。


「え、もう見えたの?」


『はいっ』


 僕の視力ではまだサンプールを確認することはできない。おそらくシルルはドラゴンになったことで視力も強化されているんだろう。サンプールまでの距離的に、到着は明日ぐらいだと思っていたけど、シルルの飛行速度は思ったよりすごかったようだ。


「……ん?」


 と、そこで、地上にが視界に入った。

 山道を進んでいる人の群れだ。おそらくドラゴンの討伐隊だろう。森歩きのためか軽装だけど、戦闘装備で身を固めていることは遠くからでもわかる。彼らも空にいるシルルに気づいたのか、混乱しつつも、すぐに隊列を整えた。


『きゃっ!?』


 魔法装備者たちが氷弾を撃ってくる。

 さすがに、シルルに攻撃が当たることはない。少し高度が下がっていたとはいえ、上空にいるのだ。そもそも攻撃が届いていない。

 しかし、シルルはびっくりして背中を跳ねさせた。攻撃されるという経験がないからか、パニックになってしまったらしい。氷弾を避けようとしてか、じぐざぐとアクロバットな飛び方をし――。


『うぼろろろろ……』


 その揺れで、ジュジュが吐いた。


『きゃあああっ!?』「うわあああっ!?」


 平和だった空の旅路が、一瞬で地獄絵図と化す。

 討伐隊はそれからも氷弾を撃ってくるが、シルルのもとには届かない。おそらく、彼らの目的は挑発だろう。飛んでいる向きから、サンプールに向かっていることを感づかれたのかもしれない。つまり、ここで足止めしようということか。


 しかし、それにしても……氷魔法装備がやけに多いな。

 討伐隊のほとんどが手にしていると思えるほどだ。

 たしかに、ドラゴンを討伐するにあたって氷魔法装備を準備するのは理に適っている。体温調節が苦手な竜種は、氷属性が弱点といえるからだ。大型になるにつれて体温が下がりにくくはなるが、逆にいったん体温が下がってしまえば、長時間動くことができなくなってしまう。

 とはいえ、その氷魔法装備の数は、一つの都市が抱えているような数ではない。各地から集めてくるにしても、シルルがさらわれたのは一週間前という話だ。一週間でこれほどの数をそろえられるとは思えない。


 ……なんだろう。なぜだか、漠然とした不安に襲われる。

 僕はなにか重要なことを見落としているんじゃないだろうか。そんなもやもやとした重い汚泥のような感情が、胸の底で渦を巻く。しかし、そんなことで引き返すわけにもいかない。シルルがサンプールに行くことができるのは、討伐隊がいない今しかないのだ。

 結局、その不安の正体は、サンプールに着くまでわからなかった。


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