第26話 不可視の魔物と騎士団長

 横転した荷馬車と、その周囲で抜剣した騎士たち。


 ――あきらかに戦闘中だった。

 物々しい空気が、上空まで伝わってくる。

 魔物にでも襲撃されたんだろうか……なんて初めは思ったけど、どうも様子がおかしい。

 敵なんてどこにもいないのだ。しかし、ただ警戒して散開しているにしては違和感がある。騎士たちはやみくもに剣を振りまわしてるし、集団で混乱状態にでもなっているかのような様相だ。


『あれ、ここどこ? わたくしの天空の城は?』


 と、急に旋回したからか、ジュジュが目覚めたらしい。フードの中で、もぞもぞ動く気配。それから小さなあくびとともに、むにゃむにゃと寝ぼけた声が聞こえてきた。


『あれ、ノロア? たしか、わたくしのビキニ姿に興奮して死んだはずじゃ……』


「勝手に殺すにしても、殺し方ってものがあるんじゃないかな」


『ハッ……あんた、さてはノロアの偽物ね! 本物のノロアなら、ここですかさず『ジュジュ様、ペロペロォォォッ!』って、雄叫びを上げるはずだわ!』


「ねぇ、夢の中の僕になにがあったの?」


 謎は深まるばかりだが、答えを知りたくない気もした。


「それより、なんかトラブルがあったみたい」


『それって、えっちなやつ?』


「普通に全年齢対象のトラブルだ」


『……んー、よく見えないわ』


「あそこだよ」


 と、騎士たちがいるところを指さしたとき――。


「……っ!?」


 突然、虚空から〝目〟と〝口〟が現れた。

 それはあまりに唐突で……騎士たちの誰もが、反応さえできなかった。

 〝口〟が空中を飛び、リーダーらしき女騎士の右腕に牙を立てる。

 鎧がくぼみ、女騎士が武器を取り落とす。

 周囲の騎士たちが慌てて応戦しようとするも、そのときには〝目〟も〝口〟も姿を消していた。もう気配もしない……と思ったら、今度は別の場所から〝口〟が現れ、騎士を襲撃する。


「魔物の襲撃だ……!」


 今、騎士たちが相手取っているのは、おそらく姿や気配を消す魔物。

 こんな芸当ができるのは、タートルレオンという亀の魔物ぐらいだ。光魔法によって透明化する甲羅や鱗を持ち、気配なく獲物に忍びよって攻撃する。巨大な亀のわりに、その動きは身軽で素早い。唯一、姿が見えるのは鱗に覆われてない目や口だけだが、その頭が見えるのは攻撃時の一瞬のみ。

 よりにもよって、タートルレオンに襲われるとは。

 攻撃力こそ高くないものの、その守備力とやっかいさでAランク指定された魔物だ。


「それより、早く助けないと……」


 僕の見立てでは、騎士団の武器のほとんどがC~Bランク。リーダーの女騎士の武器だけはAランクに見えるけど、武器種が〝鞭〟だ。鞭は攻撃力が比較的低いため、おそらくタートルレオンの守備力をつらぬいてダメージを与えられることはできない。

 このままでは騎士たちがやられる一方だ。攻撃してもダメージを与えられないし、逃げるにしても敵は意外と素早い。騎士たちが弱いわけではなく、相手が悪すぎる。

 このまま見殺しにするわけにもいかない。騎士たちが犠牲になるというのも嫌だけど、それ以上に、可愛い装備たちが犠牲になるのを見過ごすなんて、男じゃない。


「シルル、降りて!」


『わ、わかりましたっ』


 シルルがたどたどしく羽ばたきながら、地上に突進し――。

 騎士たちの前に、どんっ、と着地する。

 着地というより、ほとんど落下だったが。地面が深くひび割れ、土埃が盛大に巻き上がる。


『~~っ! ~~っ!』


 涙目になってるシルルを見るあたり、やはり着地失敗らしい。まだ着地は苦手なようだ。


「あ、新手か……!?」


 ド派手なドラゴンの登場に、騎士たちは明らかにうろたえていた。

 そりゃ、いきなりドラゴンが降ってきたら驚くのも無理はない。

 だけど今は、事情を説明している時間が惜しい。


「加勢します!」


 それだけ告げて、僕はシルルから降りた。


「お、おい、危ないぞ!」


 リーダーらしき女騎士が声を上げるけど、返事をしている余裕はない。こちらも耐久面には難があるのだ。攻撃を一発でも食らったら、致命傷になりかねない。

 ゆえに迅速に。


「〝タートルレオンの位置〟を示せ」


 羅針眼に新たに指示を出す。

 羅針眼にはすでに、〝未装備の呪いの装備〟の方角を示させているが問題はない。

 左目の視界の中、羅針盤の模様がぱっと輝き、新たな磁針が現れる。

 針はふらりと揺れたあと、すぐに一点を指した。


「……見つけた」


 シルルが上げた土埃のおかげで、その違和感はわかりやすかった。

 風景の中に潜む、ほんのわずかな揺らぎ。教えられなければ気づけないほど巧妙に隠れている。それでも一度見つけてしまえば、タートルレオンがそこにいると確信できた。左目の針もそれが正解だとでも言うように、すぅっと消える。

 なんにせよ、居場所がわかるなら、あとは攻撃するだけだ。タートルレオンにダメージを与えられる武器は、おそらくこの場で血舐メ丸しかない。


「下がっていてください」


「な、なにをするんだ……?」


「ただ斬るだけですよ」


 僕は目を閉じて、血舐メ丸の柄に手をかけた。


「はっ!」


 腕に最大限の力を込め、一息に抜刀。

 視界は塞がれていたが、刀が発する轟音はいつものものだ。刀身が大気を震わせる手応えが柄越しに伝わってくる。暴走することなく、衝撃波だけを飛ばせたはず。

 すぐに納刀して、目を開ける。

 まず視界に入ってきたのは、深くえぐられたクレーターのようなものだった。目を閉じる前まではなかったものだ。そのクレーターの外側も土がえぐられ、木々がなぎ倒され、まるで嵐でも過ぎ去ったかのような様相になっている。


「タートルレオンは?」


『死んだっぽいわよ。甲羅散らばってるし』


「あ、本当だ」


 周囲をよく見れば、分厚いガラス片のようなものが見える。タートルレオンの甲羅はよほど硬かったのか、クイーンスパイダーの甲殻と一緒で完全消滅はしなかったようだ。といっても、大部分は消えたと思うけど。


『血舐メ丸の攻撃力はどうよ?』


「えっと、上がってるね」


 血舐メ丸で敵を倒せば、攻撃力が上がるはず。

 たしかに自分の攻撃力を確認してみると、三〇〇ほど上昇していた。

 もともと姿が見えなかったから実感がわきにくいけど、タートルレオンを倒したということでいいんだろう。

 念のため羅針眼でタートルレオンを探してみるけど、この周囲にはもういないようだ。今の一匹で全部だったということか。


「で、大丈夫ですか?」


 背後にいる女騎士に話しかける。

 女騎士はぽかんとしていて、兜の下に見える顔も、ずいぶん間抜けなものになっていた。


「え? あ、ああ……そうだな。助かった」


「怪我のほうは?」


「それは大丈夫だ。これぐらい、回復薬を飲めばすぐに治る。他の者も……深手の者もいるが死んだ者はいないようだ」


 女騎士が周囲を見回してから、ほっとしたように胸をなで下ろした。おそらく、真面目で優しい人なんだろう。リーダーというには甘すぎるかもしれないけど、嫌いではない。

 女騎士は部下たちにいくつか指示を出してから、ふたたび僕のほうへと向き直った。


「と、名乗るのが遅れたな」


 女騎士がすっと兜を外した。

 兜の中にたまっていた金色の髪が、さらりと水流みたいに肩へこぼれ落ちる。その顔は土や血で汚れ、口元は生真面目そうに固く閉じられているが、それでも彼女の完成された美しさはなんら損なわれることがなかった。

 そして彼女は、僕に向かって敬礼しながら告げる。


「私は、セラ・リッツァー。エムド伯騎士団の団長だ。このたびのご助力、改めて感謝する」


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