旅立ち編・4章 裏装備ギルドと双子の装備
第25話 竜化訓練
「ノロア様! 冒険者登録できました!」
とある冒険者ギルドの集会所にて、シルルは注目の的となっていた。
見目麗しい少女の輝かんばかりの笑顔。それに、むさい冒険者たちが見とれるのも無理はない。
しかし、拝んでいる人もいるのはなぜだろうか。サンプールからだいぶ離れたこともあって、彼女が聖女だとわかっている人は少ないだろうに。
あいかわらず、どこに行っても目立つ少女だ。
まるで陽だまりの中に立つことを宿命づけられているように。
シルルから放たれる後光は、僕みたいな日陰者には眩しすぎる。なんとなく距離を取りたい気もしたけど、〝旅仲間〟という関係上、どうしたって彼女のほうから近づいてきてしまう。
「見てください。これで、わたしも冒険者ですよ」
シルルが出来たてほやほやの冒険者カードを自慢げに見せてくる。尻尾を振っている子犬のような、きらきらとした目を向けながら。べつに冒険者登録なんて誰にでもできるし、それこそ僕みたいな孤児にもできるわけだけど……ここまで褒めて褒めてオーラを出されると言いにくい。
「す、すごいね。冒険者になれるなんて、さすがはシルルだ」
「え、えへへ……そうですか?」
頬をほんのり染めながら、うつむきがちにはにかむ。そのささいな仕草に、周囲の冒険者たちが一斉に悶絶した。なぜだか『リア充爆発しろ』と呪詛のような言葉を呟いている男も多い。
「これで、ノロア様のお手伝いができるでしょうか……」
「ん? あー、そうだね」
シルルに冒険者登録させたのは、偽名の身分証を作らせるのが目的だったんだけど。まあ、冒険者としての身分があるのなら、ダンジョンなどにもつれていける。いろいろとサポートを頼むこともあるのかもしれない。
『で、用が済んだの? なら、さっさと出発するわよ』
と、ジュジュが不機嫌そうに耳を引っ張ってくる。
シルルが仲間になってからというもの、ジュジュはかりかりしていることが多い。
「ちょっと、ジュジュさん! やめてください、ノロア様が痛がってます!」
『痛くしてるのよ。ノロアは痛いのが大好きだから』
「え……そうなんですか?」
『まさか知らなかったの? ぷー、くすくす。ノロアのこと、なーんにも知らないのね』
「し、知ってましたよ、それぐらい!」
シルルがジュジュの言葉を鵜呑みにしたらしい。
ジュジュに対抗するように、僕の耳を引っ張ってくる。
「ノロア様は、こうされるのが好きなんですよね! ええ、知ってますとも!」
「ちょっ、痛い痛い痛い……! ちぎれる……!」
『ちなみに、ノロアの〝痛い〟は、〝超気持ちいい〟って意味よ』
「……! ノロア様は、超気持ちよくなっているのですね!」
「うん。なってないから、目潰し連打するのやめようか」
「目潰しでは、まだ足りないと……!?」
「違う、そうじゃない」
さらに攻撃が苛烈になりそうだったので、慌てて止める。
なんで、意味もなくリンチされなければならないのか。
「でも、ノロア様は痛いのがお好きなんですよね?」
「いや、好きじゃないから」
「……え?」
シルルがフリーズした。
そのまま、ぎぎぎ……とジュジュのほうへ顔を向ける。
「……ジュジュさん?」
『なによ、暴力女』
「ふふ、ふふふふ……」
『あ、待って。つむじ連打するのはやめて。ハゲる』
「どうして、あなたは! いつもいつも、こんな意味のわからない嫌がらせをするのですか!」
『だって、楽しいんだもん! 悪い!?』
「……悔い改めてください」
『ち、ちょっと、やめなさいよ! つむじは反則よ! や、やめっ、ハゲる! いやあああっ、ハゲちゃうううっ!』
……と、まあ、このやり取りからもわかるように、二人はどうも馬が合わないらしい。
できれば、旅仲間同士の不和はなんとかしたいところだったけど、女の喧嘩に首を突っ込めるほど、僕に甲斐性はない。二人の件は、時間がなんとかしてくれることを祈る方向でいく。
『お……おーけー、クールになりましょ? いいこと教えてあげるから』
「いいこと、とは?」
『明日使えるノロアの豆知識とか』
「聞きましょう」
即答だった。さっきまで怒ってたとは思えないほどの。
『そうね……じゃあ、これは知ってるかしら? ノロアのほくろは――』
「ノロア様のほくろは?」
『――七兆個ある』
「……! ちょっと待ってください。今、メモります」
「いや、嘘だから」
なんで今のを信じようと思ったんだ。
あいかわらずシルルは騙されやすいというか、人を疑うことを知らないというか。それが彼女の美徳でもあるんだろうけど、完全にジュジュの玩具にされていた。
恥ずかしいから、こんな公衆の面前で喧嘩しないでほしいんだけどな……。
まあいい。二人の喧嘩も終わったようだし、この町でやるべきことは全て済ませた。
となれば、ようやく呪いの装備集めに行くことができる。
「それじゃあ、二人とも。そろそろ出発しようか」
*
「むむむ……」
シルルの冒険者登録が済んだあと。
町から離れた森の中にて、シルルが両手を合わせて祈るようなポーズを取っていた。難しそうな顔をして、頭痛でもするかのようにうなっている。なにかを必死に祈っているように見えるけど、べつにそういうわけではない。シルル的には、この祈祷のポーズが一番集中できるというだけだ。
しばらくすると、ぽんっとシルルの体が膨らみ――ドラゴンの姿になる。
『やった、変身できました!』
シルルは前足でガッツポーズを取りながら、無邪気にぶぉんぶぉん尻尾を振った。
森が震え、大地がひび割れ、動物たちが悲鳴を上げる。怖い。
『あだっ!?』
あまりの震動にジュジュが僕の肩からぽてりと落ちたけど、まあいいや。
「今回は一〇秒ぐらいで変身できたね」
『はい、新記録ですっ!」
――サンプールの一件から三日。
獣ト薔薇の実験を重ねた結果、シルルが自由にドラゴンの姿になれることがわかった。
ドラゴンになると飛躍的にステータスが増し、さらには炎を吐いたり空を飛んだりすることができるようになる。どうやら、ドラゴンにできることは、ほとんどできるようになるらしい。
といっても、やっぱり人間に戻るときは『心から愛する人とのキス』が必要らしいけど。
獣ト薔薇は強力な装備ではあるが、それと同じぐらい使い勝手の悪い装備でもあるようだ。
少なくとも、シルルにちゃんと愛せる相手が見つかるまでは、僕が側にいなければならない。僕がいないところで寝ぼけて竜化なんてしたら、またふりだしに戻ってしまうわけだし。
そんな事情もあったけど、シルルが呪いの装備と向き合うようになったのは、いい傾向だろう。悲観的になっているばかりでは、呪いの装備も装備者もいっこうに報われないままだ。
それにシルルとしても、獣ト薔薇をけっこう気に入っているようだった。間に合わせだとしても、代償を克服できる手段があるのが大きいのかもしれない。ただ、やたら竜化の実験をしたがるのは勘弁してほしいけど。さすがに爬虫類と日常的にキスをしたいとは思えないし。
『じゃあ、飛びますよー』
「わかった」
僕は地面でふてくされてるジュジュを拾ってから、シルルの背に乗り込んだ。シルルが翼を羽ばたかせると、ぐんっと体が浮上する。もはや恒例となった浮遊感だ。
最初はそのあまりの揺れとスピード感に、頭がぐるんぐるんして、内蔵がふわっとして、すぐに気持ち悪くなってしまったけど、いったんそれに慣れてしまえば、その不快感さえも爽快感へと転化されるらしい。
ドラゴンは風の上を滑べるように飛ぶからか、まるで風そのものに乗っているような感覚を味わえる。少しスピードを上げれば、自らが風になったかのような感覚さえする。
空から見える景色というのも、最初は怖いばかりだったけど、だんだんと楽しむ余裕が生まれてきた。はるか地平線まで視界をさえぎるものがない、広々とした眺め。地上を歩く人間はみんな蟻んこみたいに小さくて、世界はこんなにも広いんだと改めて実感する。
慣れさえすれば、乗竜はいいものだ。
一方で、ジュジュはまだ竜酔いがひどいらしいけど。ドラゴンに乗るときは寝ることに決めたようで、たいてい僕のフードをハンモック代わりにして、すやすやと寝息を立てている。
『……むにゃむにゃ……ノロアの、耳汁が……耳汁が……』
いったい、どんな夢を見てるんだろう。僕の耳汁がどうなってるか無性に気になるけど、起こすとマジギレするので我慢する。どちらにせよ、寝ていたほうが大人しくなっていい。
『ジュジュさんも、いつも眠っていれば可愛らしいんですけどね』
シルルがくすりと笑う。
たしかに、ジュジュは起きてると可愛くない。とはいえ、寝ていてもあまり可愛いとは言いにくいけど。寝相悪いから頭をよく蹴られるし、いつもフードをよだれでべちょべちょにするし。
『このまま、ずっと眠っていればいいのですが……わたしとノロア様の邪魔もしますし』
シルルの暗い呟き声が、風に乗って前方から聞こえてきた。とりあえず、怖かったので聞かなかったことにした。
それから、しばらく空の旅を続けたところで。
『ひぃ……ふぅ……ノ、ノロア様……』
シルルがひぃひぃ息を切らしながら声をかけてきた。ちなみに後からわかったことだけど、シルルはだいぶ運動が苦手らしく、ドラゴンになった状態でもスタミナが少ない。
「えっと、そろそろ休憩?」
『いえ、そうではなくて……そろそろ、エムド伯領に入ったんじゃないかと思いまして……』
「え、もう?」
たしかに地上に目を向けてみると、初夏だというのに牧草地が多い。噂に聞いていたエムド伯領の特徴そのものだ。エムド伯領は平地が少なく、土も重い粘土質であるため、作物を育てにくい環境にある。燕麦や豆ぐらいは育つだろうが、小麦も大麦も根菜も育たない。そのため牧畜中心の農業をおこない、穀物は大部分を輸入に頼っているという。
「もう着くとは……」
そういえば、シルルの飛行速度はかなり速いんだった。空を飛んでいると景色がゆっくり流れるから実感がわかないけど、一時間もあれば都市間を移動できるほどだ。普通、都市間の移動なんて、半日から一日はかかるものなんだけど。
「とすると、もうすぐ領都かな」
地上に見える街道を、地図と照らし合わせながら、現在地を把握する。
『でも、ノロア様……なんのためにエムド伯領などに?』
「なにを、って。エムド伯領は、装備マニアにとっては聖地みたいな場所でしょ?」
『い、いえ、寡聞にして知りませんが……』
そうだったのか。とくに反対されなかったから、シルルも装備の聖地に行きたいのかと思ってた。
「エムド伯領は農民が少ない分、商工業が発展してるんだよ。とくに装備生産が盛んで、領都ケトゥや商業都市トーチマリナみたいな世界有数の装備生産地が集まってるんだ。それもただ生産量が多いだけじゃなくて、現代でも生産可能な最高ランクの――Cランク装備を作れる職人も多いから、〝エムド製〟というのが高級装備の代名詞になってるほどでね。僕が愛読している『月刊・装備マニア』でも、エムド伯領の特集がよく組まれていて、一度は巡礼しなきゃと思ってたんだ」
『は、はぁ……早口でよく聞き取れませんでしたが、つまり行ってみたかったんで
すね』
「そうだね。この世に生を受けたからには、聖地巡礼はしないとね」
本当にシルルの飛行能力には大助かりだ。徒歩で旅をしていたら、エムド伯領に着くのが何か月後になっていたかわからないし、空には関所もないから路銀もたいして必要ない。
それに、シルルの飛行能力は、呪いの装備探しにも役に立つ。
「あ、シルル。ストップ」
左目の羅針眼を確認すると、ちょうど針がほぼ真下を指していた。
その針の指す先に、呪いの装備があるらしい。
シルルのおかげで、羅針眼の代償もずいぶん軽くなったのだ。移動速度が一気に上がったため、〝範囲制限〟も甘く設定できる。むやみやたらに探索範囲を広げたとしても、シルルと七日間の空の旅を満喫するだけで、たいていの場所にはたどり着けるだろう。
実際、今回は羅針眼のタイムリミットまで、かなり余裕があった。
「下を指したってことは、この辺りになにかあるのかな」
『森しか見えませんけど……』
「うーん、この辺りに未発見のダンジョンがあるって話も聞かないな。古代遺跡の一つや二つぐらいはあるのかもしれないけど」
どちらにせよ、羅針眼はその辺りの事情を教えてくれるほど親切設計にはなっていないので、あとは自分の足で探さなければならない。運が悪ければ、土の下に埋もれた遺跡を発掘しなければならないだろう。というか、運=0なら、それも充分に考えられる展開だから怖い。
「まあ、どっかに着陸するか」
そう考えて、開けた場所でもないかと地上に目を向けると。
「……ん?」
木立の隙間からのぞく街道――森の中にぐねぐねと引かれた人工的な線の上に、なにか不自然なものが見えた。
「シルル。ちょっと、高度下げて」
『……? はい、わかりました』
シルルが旋回しながら、地上に近づいていく。ドラゴンはその場に滞空するなんて器用なことはできないようで、そこはちょっと不便だ。シルルの運動音痴のせいかもしれないけど。
「んー」
ドラゴンの背から少しだけ身を乗り出して、さらに目を凝らす。こういうとき望遠装備でも使えたらよかったんだけど、贅沢は言えない。
しばらく降下していくと、やがて地上がはっきりと見えてきた。
それによって視認できたのは。
横転した荷馬車と、その周囲で抜剣した騎士たち。
――あきらかに、戦闘中だった。
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