第37話  暴食鞄《グラトニー・ミミック》


 この怪物に対処するには、やっぱり装備しなければならない。


『……ノロア、とっとと奪うわよ』


「わかってる」


 この怪物は装備済みだ。ジュジュの能力で奪うしかない。

 しかし、問題は相手の素早さだ。ジュジュの能力を使うと、五感がめちゃくちゃになって、しばらく行動不能になってしまう。そのタイミングで攻撃されたらおしまいだ。

 まずは、なんとか動きを封じる必要があった。


「とすると、罠か……」


 幸い、罠の知識はそれなりにあった。

 冒険者として雑用をこなすなかで、罠を張ることも多かったからだ。そのため、多種多様な罠の仕組みが、僕の頭の中に入っている。

 この怪物の能力的に……落とし穴はあっさり抜けられそうだし、毒も効きそうにない。

 ただ、あの罠を使えば動きを封じられるだろう。


「スイ! ラム!」


 二人の手を取ると、それだけで僕の考えが通じたらしい。


「わかったよ!」「……り、了解です」


 そう答えて、ぐにゃりと変形する双子。

 そして、装備者の念じた形になる。


「スイ、いけそう?」「……だ、大丈夫ですっ」


 壁の形になったスイが、声が震えている。

 防具なのに臆病らしい。しかし、ぴんとまっすぐにそそり立つ。

 このスイの壁に怪物を噛みつかせることで、口を閉じさせる。

 それが、作戦の第一段階。

 この怪物の攻撃で威力があるのは噛みつきだけだ。スイの壁を破るには、先ほどのように口を閉じなければならない。口さえ閉じさせれば、しばらく攻撃することができなくなるはず。

 そして、お次は……。


「ラム!」「うん!」


 言葉がなくても、手を握るだけで意図が伝わったようだ。

 牙だらけの口のような罠――巨大なトラバサミとなったラムが、口をかちかち動かしてしゃべる。

 トラバサミは本来、踏んだら発動するタイプの罠だけど、今回は横向きに設置して、突進に対して発動するようにする。スライム装備だからこそできる荒業だ。

 そして、準備ができたところで怪物がふたたび飛びかかってくる。

 怪物はスイの壁を食い破ったあと、そのままの勢いでトラバサミに向かって突進してきた。やはり直線的に飛びかかるしか能がないらしい。空中でとっさに急停止できるはずもなく――。


「よしっ!」


 ――トラバサミ、発動。

 スライム製の牙が噛み合わされ、怪物の閉じられた口を捕らえる。

 怪物は激しくもがくが、トラバサミの拘束から脱することはできない。噛みつく力は強くても、口を開く方向への力は弱いようだ。

 これで動きは封じた。あとは装備するだけだ。


「怖がらせて、ごめんね」


 僕は怪物の頭をなでてから、ジュジュと顔を見合わせる。


『じゃ、さっさとやりましょ』


「そうだね」


 一つ頷くと、僕の手のひらに光の針が現れた。


『さぁ、ばっちこいだわ!』


 ジュジュが浮かび上がり、腕を広げる。

 無防備にさらけ出される胸部。僕は勢いよく針を突き立てた。


『よっしゃ、来たぁっ! この週一で味わいたい感覚ぅ!』


 ジュジュがケタケタケタ……と高笑いするとともに全身に電流が走った。びりびりと体が内側から破裂しそうな感覚。筋肉も五感も暴れまわり、思考はぐちゃぐちゃになる。

 そんな毎回恒例の感覚のなか、怪物の情報が脳内に流れ込んできた。


暴食鞄グラトニー・ミミック【呪】

……食べたものを体内に収納することができる鞄型のミミック。大量の物を収納することができるが、餌をやらないと消化されてしまう。お腹が空くと暴走する。

ランク:SSS

種別:アクセサリー

効果:暴食(口に入れたものを収納することができる。収納枠=100万)

代償:毎日、大量の餌をやる必要がある。餌をやらないと収納したものが消化される。収納物を全て消化すると、装備者を含む周囲のものを見境なしに食らい始める。暴食鞄の世話を怠っても暴れだす。


 ――装備奪取、完了だ。



「ふぅ……なんとかなったな」


 装備奪取の余韻が抜けてから、僕は肩の力を抜いた。

 見れば、トラバサミにかかっている怪物――暴食鞄も抵抗をやめている。

 とりあえず、もう僕を食べようとする気はないらしい。


「スイ、ラム、お疲れ様。もう戻っていいよ」


 僕が声をかけると、壁とトラバサミがぴょこんと跳ねて、たちまち人間の姿に戻る。


「あるじ、めっちゃ怖かった!」「……怖かったです」


「よしよし、頑張ったね」


 よほど怖かったのか、ぎゅっと僕にしがみついてくるスイとラム。二人とも涙目になっている。武器と防具として作られたが、本人たちは戦うことが苦手なんだろう。

 とりあえず頭をなでてねぎらうと、ふにゃりととろけそうな笑みを浮かべる。


「なにか欲しいものない? あれば、ご褒美にあげるけど」


「頭なでなで!」「……スイは、なでなで一年分で」


「そ、そっか」


 そこまで僕の頭なでなでに期待されると、なんかプレッシャーがすごい。適当になでたらダメな気がする。今度、図書館で頭なでなでの専門書でも探すか……。


『で……いつまで、幼女にデレデレしてるのよ』


「いてっ」


 ジュジュが僕の耳を引っ張ってくる。べつにデレデレしてないのに理不尽だ。


『で、その怪物はどういう呪いの装備だったの?』


「暴食鞄っていう、物を収納できる鞄だって」


 具体的な効果は、『口の中に入れたものを収納する』というものだ。


『ふーん? ま、物を収納するってことは、魔法の袋みたいなものね』


『ま、魔法の袋ですか!?』


 シルルが素っ頓狂な声を上げる。


『魔法の袋って、ほとんどが国宝級ですよね? 低ランクの魔法の袋でも、ただ持っているだけで貴族や商人の方にとってはステータスになるって言いますし……』


「そうなんだ」


 たしかに希少な装備だとは知っていたけど、そこまでの扱いを受けているのか。


『ま、なんにせよ魔法の袋は便利ね』


『収納枠はいくつですか?』


「えっと、100万だって」


「は……」


 シルルが停止した。


『き、聞き間違えですかね。100ではなくて、100万と聞こえましたが……』


「いや、聞き間違えじゃないよ」


『またまた……国宝級の魔法の袋でも、100枠ないっていいますよ?』


「へぇ」


 国宝級の魔法の袋の、一万倍か。呪いの装備特有のスケールの大きさだ。


「……ん?」


 と、そこで、僕の足になにかが触れているのに気づいた。スイとラムが悪戯しているかと思ったけど、どうも感触が違う。

 足元を見てみると、そこにいたのは暴食鞄だった。餌をねだる子犬のように僕の足にすり寄ってきている。さらには牙でごきごきと甘噛みをしたり、太い舌でべちょりべちょりと足を舐めたりしてくる。


「なにこれ、可愛すぎかよ」


「ラムはー?」「……スイについても一言」


「二人とも可愛いよ」


「えへぇ」「……恐悦至極」


『うーん……ノロアって、呪いの装備に懐かれる体質でもあるのかしら』


「そうかな?」


『だって、暴食鞄も双子もいきなり懐いたし……わたくしも、あんたのことは……ブロッコリーの茎ぐらい好きだし』


「君、いつもブロッコリーの茎残してるよね」


 遠回しに嫌いだと言われた。


『わたしはノロア様のこと……ブ、ブロッコリーの茎よりも好きですよ!』


「それは、あんまりフォローになってないかな」


 ブロッコリーの茎と比較対象にされてる時点で、いろいろ終わりだと思うし。


「……ぐるるる」


「ん、なに?」


 暴食鞄がうなりだす。なにかを訴えているみたいだけど……。


「がう!」


「え、肩にかけてほしいの?」


「ごがっ、げぉ!」


「うんうん、そっか。鞄だもんね、ミミちゃんは」


 よく見ると、暴食鞄には肩紐のようなものがついている。さっきまではなんだかわからなかったけど……こうして落ち着いて見ると、たしかに鞄だ。やっぱり鞄だし、鞄扱いしてほしいのかな。


『会話、してるんですか……?』


『い、いや……言ってることわかるの?』


「うん、愛があればわかるよ。ね、ミミちゃん」


「ぐるぁあ!」


「ほら、ミミちゃんもこう言ってるし」


『……わたくしは、ノロアがなに言ってるかわからなくなってきたわ』


 なにはともあれ、暴食鞄を肩にかけることにする。暴食鞄は自分でも動けるようだけど、やっぱり鞄として扱ってあげないとね。


「どう、似合ってる?」


「微妙ー」「……スイ的にはポイント高いです……よ?」


『ノ、ノロア様はなにをつけても似合いますねっ』


『あんたの変人度がパワーアップしたわ』


 わりと微妙な評価だった。


「うーん……たしかに男じゃ、こういう可愛い系の鞄は似合わないかぁ」


『違う。わたくしが言いたいのは、そういうことじゃない』


「それはそうと、この子の名前はミミちゃんにしようと思うんだけど、どうかな?」


「よさげー!」「……ロマンが足りないです」


『愛のある名前ですね。いいと思います』


『いや、〝ミミちゃん〟って見た目じゃないわよね、それ。というか、その名前どこから来たの?』


「ほら、暴食鞄グラトニー・ミミックだからミミちゃん。可愛くて似合ってるでしょ?」


『……もう、好きにしたらいいんじゃないかしら』


 ジュジュはなぜだか疲れたように頭を抱えた。


「ん?」


 と、そこで。

 暴食鞄の情報を確認していた僕は、あることに気づいた。


「あれ、中になにか入ってる」


 ――収納枠 6370821/1000000

 この表示を見るだけでも、かなりの数の物が入っているとわかる。

 そういえば、この暴食鞄はトーチ・マリナにあるものを見境なく〝消していた〟という話だった。とすると、この鞄の中に入っているのは、〝トーチ・マリナ〟そのもの……?


「もしかしたら、トーチ・マリナ市民も収納されてるのかも……」


『生物も収納できるなら、生きてる可能性も高いわね。というか、装備者も食われてたんじゃない?』


「たぶん、そうだね」


 装備した経緯はわからないけど、食べられている辺り、誤って触れてしまったんだろう。そして装備者が装備の中にいたのなら、装備がどこへ行こうが距離はゼロのままだ。だからこそ、ミミちゃんは自由に動けていたということか。


「なんにせよ、人間は早く出さないとね」


 この鞄に入れたままでは、消化されてしまうかもしれない。

 一刻も早く外に出さないと、多くの命が犠牲になる。


「ミミちゃん、ここで食べた人を出してくれないかな」


 言葉が通じたのか、ミミちゃんはこくりと頷くと大口を開けた。

 ミミちゃんの口から、どばどばと人が吐き出されていく。

 少なくとも、数千人もの市民が飲み込まれていたんだろう。全市民を解放するには、何度も場所を移して吐き出させる必要があった。


「あれ、ここは……?」


「家にいたはずなのに……」


「たしか、怪物から逃げてて……」


 ミミちゃんの口から転がり出てきた市民たちは、なにがなんだかわからない、といった様子だった。ミミちゃんの中にいると時間が止まるのか、彼らにとっては『気づいたら目の前に景色が切り替わってた』という感覚なのかもしれない。しかも、自分たちの町があった場所には、大穴があいているのだ。呆然としないほうが無理がある。


「俺たちの町が……」


 誰かがぽつりと呟くと、それを呼び水にさざ波のようなざわめきが起こる。時間が経つにつれて、少しずつ理解してきたんだろう。故郷がなくなったという事実を。


『なんとか、できないのでしょうか』


 シルルが心配そうに呟いた。こういうとき、彼女は優しすぎる。甘すぎるほどに。


「できるなら、なんとかしてあげたいけどね……」


 トーチ・マリナの壊滅。こればっかりは仕方ない。ミミちゃんからトーチ・マリナだったものを出したところで、トーチ・マリナそのものを復元することはできないのだ。


『そう、ですか』


 僕の沈黙から状況を悟ったのか、シルルがうつむく。垂れた前髪で表情が隠れて見えないが、どんな顔をしているのか、おおよそ想像はつく。僕だって、きっと似たような表情をしているだろうから。

 だけど、仕方ないことだ。この世界にはどうにもならないことが、あまりにも多すぎる。

 装備ができないというだけで、まともな人生が送れなくなるように。

 ただ呪いの装備に触れたというだけで、大切なものを全てを失ってしまうように。

 やるせないことではあるけど、仕方ない。もう済んでしまったことだ。こういうときは感情を麻痺させて、じっと耐えるしかない。〝ゼロのノロア〟が、ずっとそうしてきたように。

 だけど……本当にそれでいいのか? 〝仕方ない〟ことを、〝仕方ない〟のまま終わらせていいのか?

 それじゃあ、装備が手に入っても……結局、〝ゼロのノロア〟のままじゃないか。

 気づけば、僕は前へと進み出ていた。



「――皆さん、聞いてください」



 何千もの視線が、一斉にこちらへと向く。

 それで、遅れて実感した。今の言葉を僕が発したのだと。


「……っ」


 思わず、唾を飲み込む。こうして人前に立つのは初めてだった。

 人間が、怖い……それは今も同じだ。その感覚は、僕の今までの人生を通じて、体の奥底まで染みついているのだから。たった数週間でぬぐえるものじゃない。

 だけど。


『ノロア、ここで一発芸よ!』


「あるじ、なにするのー?」「……主様、大胆です」


『ノロア様、頑張ってください!』


 僕は、もうゼロじゃないのだ。

 だから、ちょっとだけ頑張れる。

 たとえば、ここにいる人々の〝再スタート〟を手助けするぐらいのことは、できる。


「……僕は冒険者のノロアです。エムド伯の依頼で、トーチ・マリナを襲った怪物の討伐に来ました。しかし、もう察していると思いますが……僕が来たときには、もうトーチ・マリナは壊滅していました」


 人々のざわめきが、悲哀に満ちたものへと変わる。それも当然だろう。壊滅したことを、第三者が断言してしまったのだ。彼らは、かすかな希望さえも奪い取られてしまった。


「だけど!」


 僕はざわめきに負けないように、声を張る。


「全てが失われたわけではありません。怪物は無事に討伐できました。怪物に食われたものも、ほとんど回収できています。だから――」


 僕は大きく息を吸い込んでから、続ける。



「――僕についてきてください。皆さんを、領都まで連れていきます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る