第38話  新たな旅立ち


 結論から言うと、難民たちは無事に領都で受け入れられた。

 もともとエムド伯が難民受け入れの用意をしていたこともあってか、とくに大きな混乱もなかったようだ。事前にシルルを使って通達したとはいえ、ここまでスムーズに対応されたのは予想外だった。まあ、そこはエムド伯がいろいろ頑張ってくれたのだろう。

 それから、二週間。

 現在、難民たちは領都の周縁部で、新しい生活を初めているらしい。

 暴食鞄が収納したものは、できるかぎり彼らに返した。それらの物資は、難民たちに役立っているようだ。伯爵邸にいる僕のもとへ、何度も難民たちがお礼に来ていた。

 トーチ・マリナの復興も始まったという。いつか、難民たちが故郷に帰れたらいい。

 結局のところ、僕にはそれほど大きなことはできなかった。難民がこうして無事でいられるのは、ほとんどエムド伯の手柄みたいなところもある。僕の成果といえば、犠牲者を少し減らせたぐらいのものだろう。

 だけど、けっしてゼロではない。

 0から1へ……ほんの少しだけ、成長できたのかもしれない。

 それはさておき。

 僕たちは、ふたたび旅に出ることにした。

 難民受け入れの関係で、伯爵邸は慌ただしくなっている。

 いつまでも、やっかいになるわけにはいかないだろう。

 そして、なにより……新しい呪いの装備も欲しい。こちらは切実な理由だ。


「本当に行ってしまうのだな。この屋敷も寂しくなりそうだ」


 旅立ちの日、屋敷の前までセラさんたちが見送りに来る。


「短い間だったが、ノロア殿と会えてよかったよ」


「セラさん……」


 別れを惜しまれるというのは、初めての経験だった。

 なんとなく、しみじみとした気分になる。


『なんだか、名残惜しいわね……』


「もっと、いたかったー」「……残念です」


「うん、そうだね……」


 門の前から伯爵邸を見てみると、この屋敷で過ごした日々が、次々と脳裏に蘇ってくる。


 ――このメス豚が! メス豚が!

 ――ありがとうございます!

 ――私は美少女戦士セーラー仮面。愛と正義とケツ叩きの妖精さ。

 ――『貴族のケツを叩いたことがある』というのが、いつか大きな財産になるかもしれませんよ?

 ――ずっと、夢だったんです。憧れの人から、熱々スープの具材を顔に押しつけらるのが……。

 ――きゃあ、王子様がシカトしてくれてる! レイシャうれしい! きゃあ! きゃあ!


 あ、うん……あんまいい思い出ないな。


「王子様……行ってしまうのですか?」


 と、レイシャさんが僕の服をちょこんとつまんできた。


「まだ、あんなケツ叩きも、こんなケツ叩きもしてませんのに……」


「それは、セーラー仮面にしてもらってください」


「セラはもう飽きました。なんか蝶マスクとかつけてて意味がわかりませんし」


「……えっ!?」


 セラさんがショックを受けたような顔をする。

 でも、たしかにあの蝶マスクは意味がわからない。


「王子様、最後に一つ……わがままを聞いてもらってもいいですか?」


「僕にできることなら」


「では……『お前とは遊びだったんだよ、この豚ぁ』と言ってくださいませんか? できれば、私の顔に唾を吐きかけながら……」


「……なんのために?」


「私の長年の夢のために」


「夢がたくさんあっていいですね」


 なんだかんだで、レイシャさんはたくましく生きていけそうだ。


「エムド伯も、いろいろとありがとうございました。この恩はいつか必ず……」


「いや、恩ならもう返してもらったさ。裏装備ギルドの件も、レイシャの件も、トーチ・マリナの件も……君からはたくさんのものをもらってばかりだ」


 エムド伯が苦笑する。


「君ならば、きっと次代の英雄になれるだろうな」


「……なれたら、いいですね」


 胸がちくりと痛む。


「そうだ。今朝、君宛てに手紙が届いたよ」


「僕に?」


「ああ、不思議なんだがな……ここにノロア殿がいると公表していたわけでもないし」


 とりあえず、手紙を受け取ってみる。

 送り元は『ソノン神聖国』。そんな国に知り合いなんていないんだけどな……。


「本当になんだろう、この手紙?」


『普通にわたくしへのファンレターじゃないの?』


「あはは、世迷い言を」


 考えていてもわからないし、とりあえず手紙は懐にしまう。


「それじゃあ、そろそろ行きます」


「そうか……」


「達者でな」


「はい」


 あまり長居していると、未練ばかりが大きくなりそうだ。

 名残惜しさを断ち切るためにも、僕は思いきって屋敷に背を向ける。

 しかし……ふいに、手をつかまれた。


「あ、あの……!」


 レイシャさんだった。なにかを察したのか、その桃色の瞳を不安そうにふるふると揺らしている。


「また、会えますか?」


「……」


 少しだけ、言葉につまる。

 正直なところ、もう会うつもりはなかった。彼女と僕とでは身分も違う。呪いの装備持ちの身では、誰かに迷惑をかけてしまうかもしれない。だから、関わらないのがお互いのためだと。

 だけど、こんな僕でも待っていてくれるなら……うれしい。

 また会えたらいいな、と思う。

 だから。


「はい、きっと」


「……本当ですか? もう会えないなんて、嫌ですからね?」


「はい」


「待ってますから……」


 レイシャさんの手がゆっくりと離れる。


「行ってらっしゃい、王子様」


「行ってきます」


 ありきたりな言葉。だけど、初めて口にする言葉だった。僕以外の人は毎日、さも当たり前のように口にしているのかもしれないけど、僕にとっては少しだけこそばゆい。

 ああ、と実感する。僕はもうゼロではないのだ。この短期間で、たくさんのものが手に入った。愛する装備も、愛する人々も、そして自分を愛してくれる人々も……。

 なんとなく照れくさくなって、僕はフードを目深にかぶった。

 そして、今度こそ屋敷から立ち去った。



   *



 領都を出たあと、僕たちは竜化したシルルに乗り込んだ。

 シルルが飛び始めると、領都が一気に遠くなっていき、すぐに見えなくなってしまう。しかし、後ろ髪を引かれるような思いは、いつまでも消えない。ジュジュたちも同じ思いなのか、心なしか口数が少ない。


『激ウマだったわね、屋敷の料理……あと三世紀ぐらいは居候したかったわ』


『いい人たちでしたね』


「また行きたいねー」「……楽しかったです」


「そうだね」


 いつか、またここに来よう。


『それより、ノロア。さっきの、わたくしのファンレターだけど』


「ああ、あの手紙のこと?」


『さっさと読みなさいよ。このままじゃ気になりすぎて、夜しか寝れないじゃない』


「……」


 そういえば、ジュジュって一日何時間寝てるんだろう。

 食べるとき以外はだいたい寝てるよね、この人形。


『送り元は、神聖国でしたっけ? わたしも気になりますね』


 そういえば、シルルは聖女だったか。神聖国ともいろいろと縁があるのかもしれない。

 どちらにせよ、いろいろと謎多き手紙だ。気になるのは僕も同じだった。


「まあ、今のうちに読んでおくか」


 どうせ、ドラゴンの上にいてもやることはないのだ。

 懐から手紙を取り出した。ナイフで封を切って、中身を見る。

 封筒の中には、小さな紙切れが一枚。

 わざわざ他国から送られてきたというわりには、手紙の量が少ない。『手紙の内容は厚さに比例して濃くなる』なんて法則性はないだろうけど、さすがにこの量だと内容はたいしたことがなさそうだ。

 そんなことを考えながら、手紙の文面に目を通し――。



 ――〝彼女〟ノコト、知ッテルヨ?



「……え?」


 どくっ、と心臓が跳ね上がる。頭が真っ白になる。呼吸が止まる。

 これは、ただの文章でしかない。そのはずなのに、まるで差出人がすぐ目の前から語りかけてきたかのような錯覚。ねっとりと心臓をなでられるような、本能的恐怖。


『ちょっと、なにが書かれてるのよ? よく見えないんですけど』


 ジュジュが頬をぺちぺち叩いてくるが、返事をする余裕はなかった。


「……っ」


 急いで、手紙の残りの部分にも目を通す。


 ――〝彼女〟ノコト、知ッテルヨ?

 ――大罪人サン、教エテホシイ?

 ――ダッタラ、ワタシノトコロヘオイデ?

 ――アナタノ全テヲ、教エテアゲルヨ?

 ――来タクナイッテ、言ワナイヨネ?

 ――ダッテ、ソシタラ死ンジャウモンネ?

 ――楽シイ楽シイ■■ゴッコ、終ワッチャウモンネ?



「……」


 ただの怪文書、というわけではなさそうだ。

 僕のことを知っている誰かが書いたもの。

 なぜだか、わからないけど……心臓がうるさく鼓動しだす。

 頭が、きぃんと鋭く痛む。無数の針でかき回されているように。

 ……〝彼女〟? 僕の全て? 僕が死ぬ?

 いったい、なんなんだ。この手紙の送り主は、なにを知っている?


『ノロア……これ……っ!』


 ジュジュが、なにかに気づいたように声を上げる。


『この手紙を縦読みすると、『彼大ダア来ダ楽』になるわ……!』


「あ、うん。よかったね」


 だからどうした。

 とりあえず、ジュジュはスルーしよう。


「それにしても……私のところへおいで、か」


 送り主を見ると、〝ドールマスター〟とだけ書かれていた。二つ名の類いだとしても、聞いたことがない。送り元がソノン神聖国になってる辺り、その国の人なんだろうけど……。


「シルル、ドールマスターって知ってる?」


『ドールマスター? 人形師ですか?』


 この反応だと、シルルも知らないということか。元教会関係者が知らないということは、有名人というわけでもないのかもしれない。ここでだけ適当な偽名を書いた、という可能性も捨てきれないけど。


「それにしても、神聖国か……」


 神聖国はその名から察することができるように、教会の本拠地だ。

 つまり、呪いの装備排斥がもっとも激しい地であるということ。

 神聖国では、呪いの装備を持っているだけで死刑となるという。なんとか教会の手から逃げたとしても、呪いの装備持ちというだけで全世界に指名手配されかねない。

 よりにもよって、やっかいな地にいてくれたものだ。


『……罠かしら?』


「たしかに、その可能性が高いね」


 僕のことを知っているということは、呪いの装備についても知っているということ。そのうえで会いに来るのではなく、神聖国に呼び出したのだ。殺すのが目的とまでは言えないけど、どちらにせよ僕をどうにかしようと思っている線が濃厚だ。


「ただ、このドールマスターって……僕とジュジュを引き合わせた黒幕なんじゃないかな?」


 そうでもなければ、僕のことを知ったうえで居候先に手紙を送るなんてできないだろう。僕に呪いの装備を与えた張本人であるならば……わざわざ殺すというのもおかしな話だ。

 いったい、なにが目的なのだろうか。


「どっちにしても、行くしかないか」


『……そうね』


 僕はまだ、なにも知らない。

 自分のことも、いつも夢に出てくる〝彼女〟のことも。

 知らなければいけないと思うし、知っておきたいとも思う。

 だから。


「――行こう、神聖国に」


 そうして、僕たちの次の目的地が決まったのだった。





―――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

なろうからの移行作業が思ったよりキツかったので、これにて完結とさせていただきます……!

(アクセスほぼないわりに何時間もかかる作業なので……)


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装備枠ゼロの最強剣士 でも、呪いの装備(可愛い)なら9999個つけ放題(Web版) 坂木持丸 @ki-ti

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