第36話 vs呪いの装備
地図を何度も確認するが、やっぱりここにトーチ・マリナがあったはずだ。
しかし、実際にあるのは――ただの巨大な穴のみ。
道は途中で食いちぎられたように途切れ、その先には町一つ飲み込めそうなほどの広大なクレーターだけがある。草原も、道も、建物も、人も……なにもかもがない。ただ無機質な土の色だけがあるのみ。
草原の中にぽっかりとあいた、〝無〟。
「なんだ、これは……」
この光景を目の当たりにして、絶句しないほうがおかしい。
それほどまでに、異様な光景だった。
「これは、すごい穴ですね。ここが目的地だった、ということでいいでしょうか?」
「どうだろ……あっ、そうだ。〝トーチ・マリナの位置〟を示せ」
試しに羅針眼に指示を出してみた。しかし、反応はなし。左目の針はくるくる回るだけだ。それが意味するのは、『探し物が存在していない』ということ。
「トーチ・マリナは、すでにこの世界に存在しない……」
――壊滅。
なるほど。たしかに、これは壊滅だ。そうとしか言いようがない。言葉はこれ以上なく正しく使われている。それなのに、〝壊滅〟という言葉からこの光景を想定するのは、いささか無理があった。
血舐メ丸が滅ぼしたマハリジの町でさえも、瓦礫ぐらいは残っていたのだ。しかし、ここにはなにもない。ここになにかがあったという痕跡すら存在しない。まるで、巨大な怪物が都市全体を丸呑みにでもしたかのように。
「どうすれば……こんな……」
『でも、なかなか壮観ね! これは来たかいあったわ! じゃあ、この穴を見ながらお弁当食べましょ!』
「わーい、お外でお食事!」「……たまにはオツです」
『ちょっと、ノロア! シート広げるの手伝いなさいよ!』
「うん、ピクニックに来たんじゃないからね」
こんなときでも、ジュジュたちはのん気というかたくましいというか……しかし、その空気の読めなさのおかげで、少しだけ緊張はとけた気がする。少なくとも、全身の震えは収まった。
「ジュジュ、食事よりも先に呪いの装備を見つけよう」
『はぁ? なにそれ、ありえなくない? せっかく山登りしたのに麓で弁当食べろって言ってるようなものよ?』
「ぶーぶー」「……主様、無粋です」
「い、いや、でもさ。呪いの装備放置したままだと、安心して食事もできないじゃん。いつ襲われるかわからないし」
『むぅ。でもたしかに、弁当のおかず取られるかもしれないわね』
「おかずで済めばいいけどね」
この景観を作った主が呪いの装備だとしたら、どんな理不尽な攻撃をしてくるかわかったもんじゃない。気を引きしめたほうがいいだろう。
「じゃあ、まずはクレーター周辺を回ってみようか」
そうして、僕たちは呪いの装備の捜索を始めた。
*
トーチ・マリナ跡地に到着した僕たちは、さっそく呪いの装備を探し始めた。
シルルに低空を飛んでもらい、穴の周囲を調べる。空からの捜索ならば効率もいいし、不意打ちで襲われる心配もない。都市一つを消滅させた呪いの装備相手だ。どれだけ警戒しても足りないだろう。
そして探し物といったら、やっぱり羅針眼だ。
「〝半径一km以内にある未装備の呪いの装備〟を示せ」
いつものように羅針眼に指示を出す。
左目の視界のなか、羅針盤の模様が輝き、針が現れ――。
「あれ?」
針がまったく動かない。反応なし。
ということは、指示したものは存在していないということ。
探索範囲を少しずつ広げていっても、結果は同じだった。
「もう、この辺りにはいないのかな?」
『でも、そこまで遠くにいけるかしら? 充分、探索範囲も広げたでしょ』
『んー、〝未装備〟という部分に問題があるんじゃないでしょうか? わたしみたいに、誰かが間違って装備したか……もしくは、最初から装備されていたとか』
最初から装備されていた。それなら、いろいろ納得できる。装備されていない武具が、単体で暴れだすとは思えない。ジュジュや双子だって、装備される前はまともに動けなかったみたいだし。
「ただ、最初から装備されていたとしたら……装備者から離れて行動できないんじゃない?」
『いえ、装備の距離制限が甘いなら大丈夫よ』
「そんなことあるの?」
通常、装備には距離制限がある。たいていの場合、一〇~二〇mも離れれば、自動的に装備が解除されてしまうのだ。原理的なことはわからないけど、たしか装備との魂の接続が途切れるという話だった。逆に呪いの装備の場合は、一定以上離れようとすると壁にぶつかったように動けなくなるはず。
『装備制限がゆるゆるの装備は、激レアだけどあるわ。ブーメランみたいな回収前提の飛び道具なんかは、距離制限が長いこともあるし。あとは、わたくしや双子みたいな〝自動人形〟も、だいぶ制限が甘いわね。装備者から離れて動けるように作られてるから』
〝自動人形〟なんて種別があるのか。『月刊・装備マニア』の愛読者である僕でも知らなかった。
「どちらにしても、装備されてること前提で探したほうがいいか」
というわけで、羅針眼への指示を変えることにした。〝未装備の呪いの装備〟ではなく、〝僕が装備していない呪いの装備〟を示せ、というように。
結果はビンゴだった。
「あ、反応ある」
今度は左目の針がしっかり動いてくれた。ということは、やっぱり装備済みだということか。
針の指す方向は、トーチ・マリナ跡地にあるクレーターの中。
まだ、ここから離れていないらしい。
シルルにクレーターの上を旋回させて、針が指す辺りを探すこと五分ほど。
突然、ジュジュが地上を指さす。
『ノロア、あそこになにかいるわ!』
「え、どこ?」
「あっ、いたー!」「……スイも見つけました」
『たしかに、なにかいますね』
『それじゃあ、ビリのノロアは罰ゲームね!』
「いや、競ってたわけでもないけど」
とりあえずジュジュの指さすほうを見ていると、なにかが岩陰で動いていることに気づいた。土と似たような色だったせいで見つけるのに手間取ったけど、一度それを見てしまえば目が離せなくなる。
「……なんだ、あれ」
呪いの装備であることはすぐにわかった。魔物というには、あまりにも人工的な見た目をしていたからだ。
ぱんぱんに膨れた皮袋、というのが第一印象だった。
しかし、ただの皮袋に〝牙がびっしり生えた口〟が縫いつけられているはずもない。ただの皮袋なら、ごりごりごりごり……と地面を貪り食うこともないはずだ。
「……な、なんだ、これは」
その姿を見たとき、僕の全身に衝撃が走った。
こんな装備、今までに見たことがない。なんだこれは、こんな装備があっていいのか……?
「……か……か……」
『か?』
「……可愛いすぎかよ」
『は?』
無意識のうちに、僕は呟いていた。
『えっと、なにが可愛いすぎるって? わたくし?』
『いえ、わたしのことじゃないでしょうか?』
『はぁ、爬虫類が可愛いとかマジありえないんですけど』
『それを言うなら、人形だって……』
「いや、なに言ってるの、二人とも。あの呪いの装備に決まってるじゃん」
『え?』『はい?』
「ほら、小さくて丸くて、牙がびっしりで、舌がでろんでろんしてて……ね、可愛いでしょ?」
『……ちょっと、同意求められても困る』
「ラムも可愛いと思うよ!」「……キモ可愛いというやつです」
『わ……わたしも、可愛いと思います』
「やっぱり、普通は可愛いと思うよね」
シルルだけは、なぜか声が苦しげだったが。
『あれ、わたくしがおかしいの? 今回ばかりは、わたくしのが正しくない?』
「まあ、ジュジュの感性はだいぶ特殊だしね……仕方ないよ」
『それ、あんたにだけは言われたくなかったわ……』
ジュジュがなぜか落ち込む。
と、それより今は、目の前にある呪いの装備だ。
あの怪物がどんな呪いの装備であるにしても、野放しにはできない。破壊することができないのなら、誰かが装備して制御する必要がある。今の装備者にそれができないのなら……。
「……僕が装備するしかないか」
怪物が食事をやめてこちらを向いた。僕たちの足音や話し声に反応したんだろうか。目や耳は見当たらないけど、感覚器官はあるのかもしれない。
怪物が僕たちを見ながら、じゅるりと舌なめずりする。
僕たちを餌だと認識したようだ。
怪物は、ぐぐぐ……とその丸い体を縮ませて――。
――跳んだ。
「……っ!?」
気づけば、シルルのすぐ目の前で大口を開けていた。
数十メートルの高さを、距離を……怪物は一瞬にして潰したのだ。
怪物は口の中身をひっくり返したように、口からさらに巨大な口を吐き出す。竜化状態のシルルでさえ、丸呑みにできそうなほど巨大な口。
このままだと食われる……!
「くっ……!」
空を飛んでいれば安心という考えが甘かった。むしろ、空中では自由に動くことができない。
僕はとっさにスイの手を握った。
「スイ!」「はいっ!」
スイの体がぽんっと風船みたいに膨れ、シルルの前に水色の壁を形成する。守備力二〇〇〇の壁だ。Sランクの魔物でも傷一つつけられないであろう壁。
そのはずだったが。
「……え?」
がちっ、と牙が噛み合わされる音。
その音とともに、壁の大部分が消し飛んだ。
水色の壁を食い破って、怪物が飛び出してくる。大半を食われたスイの壁は、硬さを保てなくなったのか、べちょべちょと地上へと落ちていく。
『きゃっ!?』
怪物の突進をまともに受け、シルルの体が大きく揺れる。
しかし、幸い揺れただけで済んだ。突進のほうはたいした威力がないのかダメージはない。
それより、今はスイだ。
「シルル、地上へ!」
『はい!』
慌てて地上へ降りると、地面の染みとなったスライムの残骸があった。
「スイ……!」
ラムが泣きそうな顔で駆け寄る。
まさか、スイは破壊されたのか? 装備にとって破壊とは、死に等しい。だとしたら、スイはもう……。
そう絶望しそうになったとき。
「……う」
地面に落ちたスライムがむくむくと膨れ上がり、スイの形に戻る。
「スイ!? 大丈夫!?」
「……だ、大丈夫です。食べられたわけじゃなくて……ちょっとびっくりして、腰が抜けちゃっただけです」
「そっか、よかった……」
しかし、ほっとしたのも束の間。
『ノロア、来るわよ!』
怪物が飛びかかってくる。
やっぱり、速い。跳んだと思ったときにはもう、すぐ目前に巨大な口がある。
都市を丸ごと食らった口だ。まともに食らえば、即死は免れない。
「くっ、ラム!」
反射的にラムを剣へと変形させて、怪物を迎え撃つ。
スライムソードと牙がぶつかり合い――あっさり、スライムソードが競り勝つ。。
大きく吹き飛ばされる怪物。さすがに、攻撃力二〇〇〇の武器には勝てないようだ。
だけど、迎え撃てるだけではダメなのだ。問題は……。
『ノロア様、また来ます!』
シルルの声とともに、怪物がふたたび身を縮ませるのが見えた。飛びかかるための予備動作。その動作を見た瞬間、僕はスライムソードを振った。
僕の素早さで確実に回避できるほど、相手の素早さと攻撃範囲は甘くないだろう。さらに僕の後ろには、シルルもいる。彼女ではこの怪物の攻撃を避けることはできない。
だから、迎え撃つ。
相手の攻撃は、常に直線的だ。予備動作を見極めれば、対処は容易い。
そして、力なら僕のほうが上だ。
飛びかかってきた怪物を、スライムソードで弾き飛ばす。
なんとか、攻撃への対処はできそうだ。
装備に攻撃するたびに、心がすり減っていくのを感じるけどそれも我慢できる。
しかし、対処するだけじゃダメなのだ。
『このままじゃ、ジリ貧になるだけね』
「そうだね……」
迎え撃つことはできる。しかし、百発百中で迎え撃てるとも限らない。
そして、なにより問題なのは……敵が装備だということだ。相手にはHPやスタミナといえるものがない。長期戦になれば、こちらが圧倒的に不利になってしまう
この怪物に対処するには、やっぱり装備しなければならない。
『……ノロア、とっとと奪うわよ』
「わかってる」
この怪物は装備済みだ。ジュジュの能力で奪うしかない。
しかし、問題は相手の素早さだ。ジュジュの能力を使うと、五感がめちゃくちゃになって、しばらく行動不能になってしまう。そのタイミングで攻撃されたらおしまいだ。
まずは……なんとか、怪物の動きを封じなければならない。
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