第12話 3番目の呪いの装備

 3秒間にもわたるクイーンスパイダーとの死闘のすえ、僕は見事に勝利をつかみ取った。クイーンスパイダーさんは一撃で体がばらばらになり、壁画みたいに壁の染みとなっている。しばらく待っても、動きだす気配はない。


「え、うそ。これで終わり?」


 正直、まだボス部屋に入ってもいなかったんだけど。小手調べ感覚で、部屋の外から衝撃波飛ばしてみただけなのに、なんか倒しちゃった。

 でも、ボスを倒したということは、“ダンジョンクリア”ということなんだろう。


「えぇ……クリアしちゃった」


『よっしゃあ、ダンジョンクリアよ! いぇ~い! 喜びの三連続宙返りぃ! ふぅ~う! ほら、あんたも宙返り宙返り!』


「ごめん。ちょっと、テンションについていけない」


 喜ぶとかそれ以前に、達成感が皆無すぎる。ダンジョンを攻略したというか、ひたすら通路を歩いただけって印象しかないからね。これならまだ近所の食堂のメニューを制覇したときのほうが達成感があった。

 一応、人生初のダンジョンクリアなんだけどなぁ。


『ま、ともあれ、宝箱をチェックしましょ』


「あ、そうだね」


 そのために、このダンジョンに来たんだし。いつまでも壁画となったクイーンスパイダーのことなんて考えてるべきじゃない。

 僕はボス部屋の奥へと進んでいった。ボス部屋の奥にある扉からは宝物庫に行くことができ、そこでお宝をゲットすることができる。

 それにしても、未踏破のSランクダンジョンの宝物庫か……どれだけのお宝が眠ってるんだろう。きっと宝物庫中が金銀財宝で埋め尽くされてるんだろうな。

 そんな期待に胸を膨らませながら、僕は宝物庫の扉を開けてみた。


 宝物庫の中には……宝箱が一つ、ぽつんと置かれていた。


「え、なにこれ」


 何度目をこすってみても、宝箱は一つしかない。

 部屋を間違えたのだろうか。いったんボス部屋に戻ってみるが、他に扉らしきものはない。ここがこのダンジョンの宝物庫で合ってるはずだ。


「えっと、これはダンジョンを丸々一つ使った嫌がらせなのかな。それとも、この宝物庫作った人がミニマリストの上級者だったとか?」


 ダンジョンの奥に宝箱が一つというのは仕打ちがひどすぎる。ここまで命がけで来た冒険者を全力でおちょくっているようにしか思えない。


「この件については、どこにクレームを入れればいいのかな? ダンジョンの管理人? それともクイーンスパイダー?」


『いや、落ち着きなさい。宝箱が一つなのは、あんたの運が0だからよ』


「え、そうだっけ?」


『ほら、わたくしを装備する代償が『運=0』じゃない? 運が少ないと、なにかとお金やアイテムが手に入りにくくなるでしょ?』


 たしかに、運が少ないとお金やアイテムの入手率が下がる。あとは状態異常にかかりやすくなったり、なぜか敵の攻撃がクリティカルヒットしやすくなるという。


「つまり、君が元凶ということか」


『え、いや……でも、あれよ? 運が低いほうが、呪いの装備を引きつけやすくなるってメリットもあるし……あ、あと、運が悪いほうが、きっと人生の素晴らしさに気づけると思うわ!』


 ジュジュがぶつぶつ言い訳するが、べつに僕も怒っているわけじゃない。宝箱が一つしかない理由が知りたかっただけだ。


『そ、それより、宝箱開けましょ? 中身がよければ万事OKでしょ?』


「まあ、そうだね」


 たしかに今求めているのは量よりも質だ。

 この中身がいいものであればいいけど。

 そう願いながら宝箱の蓋を開けてみた。ぱかっと持ち上がった蓋の下は、からっぽ……と一瞬思ったけど、よく見たら、隅のほうに水晶玉がころんと転がっていた。

 大きな箱の中に、小さな玉。

 なんともアンバランスで、すごい損した気分になる。


「えっと、これは宝石かな? せめて高く売れればいいんだけど……」


『いえ、これは呪いの装備よ』


「え、黒いもや出てないけど」


 呪いの装備には、黒いもやが出ていることが多い。その黒いもやがなければ、一目見ただけで呪いの装備だと判断するのは不可能なはず。少なくとも鑑定用の装備を使わなければならない。


『ま、黒いもやは隠蔽されてるみたいね』


「どうして、そんなことわかるの?」


『わたくしの目には“呪い”が見えるの。同じ呪いの装備のよしみ、みたいなものでね。まあ、見えるというより、なんとなく違和感を覚えるという感じだけど……言ってみれば、『あ、こいつヅラだな』って思うときみたいな感覚よ』


「へぇ、ヅラはともかく便利そうだね」


『ついでに、呪いの性質もなんとなくわかるわ。これも言ってみれば、『この人のヅラは今春モデルだけど、あの人のヅラは旧型だな』と思うときみたいな感覚ね』


「やけにヅラにこだわるね」


『ともかく、わたくしの呪いを見る目は激ヤバなのよ』


 ジュジュは、むふんと胸を張る。そういう態度をされると、なんだか素直に褒める気が失せる。まあでも、これからも呪いの装備と付き合っていくなら、ジュジュのその特技は役立つだろう。


「で、この呪いの装備は大丈夫そう?」


『そうね……』


 ジュジュが僕の肩からぴょこんと飛び降り、宝箱の中に入った。それから箱の隅に転がっていた水晶玉を持ち上げて、しげしげと眺める。


『うーん、呪いの装備としてのランクは高そうだけど、それほど危険ではなさそうね。『蒸れやすいけどズレにくい最新型のヅラ』みたいな印象だわ』


「意地でもヅラで説明するんだね」


 僕も今一度、ジュジュの手にした水晶玉を眺めてみた。

 よく見るとその水晶玉には、瞳のような丸い金色のパーツが埋まっていた。そのパーツは極小の羅針盤のようで、方位盤みたいな模様の上では磁針がくるくると回っている。その瞳の裏側には、植物の根っこのような糸の束がでろりと垂れ下がっており……なんとなく抜きたてほやほやの目玉に見えた。

 なぜだか、その水晶玉から目を離せなくなる。


「……可愛い」


『は?』


 思わずこぼれ出た言葉に、ジュジュが眉を寄せる。


『可愛いってなにが? わたくしが?』


「いや、その玉が」


『えっと、このキモい目玉みたいなやつのどこが可愛いの?』


「強いて言えば、全部かな。色も形も可愛いし、でろっとした根っこみたいな部分とかすごく萌えるよね。しゃぶったらどんな味するんだろう。というか、もう結婚したい」


『……し、正気? 血舐メ丸抜いてない? 暴走バーサクってない?』


「うん」


『じゃあ、念のためもう一度聞くわね? なにが可愛いの?』


「その目玉っぽいの」


『おーけー、わかったわ。あんたのセンスが致命的だってことが』


「そうかな。まあ、たしかに僕って装備ならたいてい可愛いと思うけど」


『そういえば、装備オタクとか言われてたわね、あんた』


「そんなオタクってほどじゃ。これぐらい普通だよ」


『あんたが普通だったら人類滅ぶわ』


「それは言いすぎじゃない?」


『というか……わたくしでも、まだ可愛いなんて言われてないのに』


 ジュジュが拗ねたように唇を尖らせる。売れない芸人みたいなことばかりしてるわりに、可愛いとは思われたいらしい。あいかわらず、人形心はよくわからない。でも、とりあえず褒めてあげるか。褒めるだけならタダだしね。


「いや、可愛いとは思ってるよ……血舐メ丸の次ぐらいに」


『え? わたくし、刀に可愛さで負けてるの?』


「……仕方ないよ。装備の見た目は、持って生まれたものだから」


『あれ、わたくし慰められてる? というか、納得できないんだけど。ちょっと道行く人100人からアンケート取ってきてもいい?』


「じゃあ、そろそろこの目玉を装備しようかな」


『え、スルー? ねぇ、なんかわたくしの扱いだけひどくない?』


 ジュジュが往生際が悪くぶつぶつ言っていたが、スルーして目玉に触れてみる。

 呪いの装備ということもあり、触れただけで強制装備が始まった。全身に電撃を浴びるような独特な感覚がやってきたあと、目玉についた根っこみたいな部分が、僕の左目に覆いかぶさり――。


「ぐぁっ!?」


 左目になにかが刺さり、潰され、シェイクされ、抜き取られ、咀嚼され……。

 それから先は、激痛でわけがわからなかった。

 嵐が収まった頃には装備は完了していて、目玉は僕の左目があった場所にすっぽりはまっていた。

 そして、いつものごとく装備の情報が流れ込んでくる。



羅針眼ラ・シンガン【呪】

……羅針盤を内蔵した金色の義眼。探し物がある方角を教えてくれるが、7日以内に見つけることができないと義眼に脳を食べられる。

ランク:SSS

種別:アクセサリー

効果:針眼(探し物がある方角を知ることができる)

代償:片目を失う。探し物がある方角を知った場合、それから7日以内に探し物を見つけられなければ死ぬ。



『ノロア、大丈夫?』


 ジュジュに頭をぽかぽか叩かれて、正気に戻った。気づけばジュジュが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。


「あ、うん、大丈夫だよ。ちょっと痛かったけど、これで装備と一つになれたって思うとうれしさが勝るしね。まだドキドキが止まらないよ」


『……大丈夫、ではなさそうね』


 ジュジュが顔を引きつらせながら、すすす……と僕から離れる。


『まあ、いいわ。で、どんな装備よ、それ?』


「えっと、羅針眼ラ・シンガンっていう、探し物がある方角を教えてくれる装備だって。その探し物を7日以内に見つけないと死ぬみたいだけど」


『ふーん、鑑定系の装備ね。使うときに代償を払うタイプなら、使い方さえミスらなければ安全だわ』


「たしかに」


 つまり、すぐに見つけられる物だけを探すのに使えばいいのだ。なんでも探し物のありかがわかるとなると、つい“どこにあるかわからない一番欲しい物”の場所を知りたくなるけど、その誘惑にさえ負けなければいい。


 ――いつかまた会うときは……きっと、私を助けてね?


 ふと、その声が脳裏に蘇ってきたが、僕は慌てて思考を振り払う。たしかに羅針眼を使えば、声の主がどの方向にいるかはわかるだろう。だけど、方向を知るためだけに命をかけるわけにもいかない。ここは、ぐっと我慢しなければならない。

 羅針眼は使用時しか代償がない分、下手な使い方をすれば一発で死ぬことになるのだから。


『防具じゃなかったのは残念だけど、悪くない装備ね。試しに使ってみましょ』


「そうだね。まずは……“呪々人形の居場所”を示せ」


 口頭で指示を出すと、左目の中で針がぐるんぐるんと四方八方に回転した。その回転に合わせて、目の奥がかき混ぜられてるような鋭い痛みが走るが、耐えられないほどではない。

 やがて、針はジュジュのほうを指して、ぴたりと止まる。


「うん、ちゃんと合ってるね」


『調べる場所の範囲指定とかできないかしら』


「ああ、たしかに。そうすれば見つからないリスクを減らせるね」


 試しに「半径3メートル以内の宝箱のありかを示せ」と言ってみたら、ちゃんと側にある宝箱だけを指した。


『近くに魔物や罠が隠れてないか調べたりもできそうね。相手の攻撃がどっちから来るか、なんてのもわかるかも』


「こうしてみると、使い道はけっこう多そうだね」


 それからしばらく羅針眼の実験をしたあと、お腹もすいたので町に帰ることにした。

 行きとは違い、帰りは一瞬だった。宝物庫にある転移魔法陣から、一気にダンジョンの入り口に飛べるのだ。これはダンジョンをクリアした人の特権だ。


「よし……転移」


 そう唱えて、ダンジョンの入り口へ。

 そのとき、羅針眼のことで頭がいっぱいになっていた僕は、すっかり忘れていた……ここが未踏破のSランクダンジョンであり、そして今が何時ぐらいなのかということを。


「「「……なっ!?」」」


「へ?」


 ダンジョンの入口に転移してきた僕を、大量の視線が出迎える。その視線の主は、これからダンジョンに入ろうとしていた冒険者たちだった。



 ……気づけば、なんだかすごい目立ってしまっていた。




ノロア・レータ 冒険者 Lv39


HP  114

MP  43

攻撃力 37(抜刀時、4万3137)

守備力 40

素早さ 52

魔力  52

運   0


装備枠=9999

・武器

右手:血舐メ丸【呪】(攻撃力+4万3100)

・防具

なし

・アクセサリー

1:■■■■【呪】(装備枠=9999)

2:呪々人形【呪】(運=0)

3:羅針眼【呪】



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