第16話 さっそく、ドラゴン見つけちゃった
ドラゴンを追い始めてから、六日。
現在、僕は森の中を歩いていた。鬱蒼としたブナの夏木立をくぐり、どんどん奥地へ。しだいに地面には毒々しい紫土が増え、ブナの青葉は魔樹の紫葉へと変わっていく。それは周囲の魔素が濃くなってきた証であり、危険地帯に入ったということを意味していた。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
羅針眼はまだまだ前方に針を向けているのだから……。
「……今日中に見つかるかな」
羅針眼のタイムリミットは、明日の朝だ。
それまでに呪いの装備を見つけなければ、代償で死んでしまう。もはや一刻の猶予もない。
『ま、余裕でしょ。この森にいることはわかってるんだから』
ジュジュがフードをハンモック代わりにして寝そべりながら、あくび混じりに言う。
無責任というかなんというか……装備者の命がかかってるというのに、ずいぶんのん気なものだ。さっきから、ジュースをくーっと一気飲みしては、『このために生きてるわ!』とか叫びまくってるし。くつろぎすぎだろ、この状況で。
まあでも、余裕があるといえばその通りでもある。
この六日間、なんの収獲もなかったわけではないのだ。
ドラゴンについての有力な情報はつかんでいた。なんでも、宗教都市サンプールにドラゴンが現れたとの話だ。目撃証言によると、ギーツの町で見たのと同じく純白のドラゴンで、サンプールの聖女をさらったすえに、この森のほうへ飛んでいったらしい。
どうやら、この森の中に巣がある模様。
僕が追っているドラゴンと同じなのかは確証がないけど、十中八九、当たりだろう。本来、ドラゴンが生息していない地域で、同じような見た目のドラゴンが何匹も出てくるとは考えにくい。
だから、そのドラゴンの巣に入れば、呪いの装備も見つかるだろう。
「〝半径三〇メートル以内にいる、Cランク以上の魔物〟を示せ」
森歩きの保険として、羅針眼に追加で指示を出しておく。左目の視界に新たに針が表示され、くるくると回りだす。針が一点を指さないあたり、とりあえず近くに危険な魔物はいないらしい。
羅針眼を使うのはリスクがあるとはいえ、まだHPや守備力に不安の残る現状では、魔物からの不意打ちはなんとしてでも避けたいところだった。
とくに、この森には今、ドラゴンがいるはずだ。
ドラゴンの宝を狙ってるとはいえ、まだドラゴンと戦うのはリスクが大きすぎる。たとえ攻撃を当てればワンパンとはいっても、それは相手も同じなのだ。それに、まんべんなくステータスの高いドラゴンに必ず攻撃を当てられるとは限らない。ここは慎重になるべきだろう。
できれば、巣にこっそり侵入して、呪いの装備だけをいただきたいところ。
ドラゴンと遭遇するのだけは、なんとか避けないと……。
そう、気を引きしめて歩いていると。
「……あ」
さっそく、ドラゴン見つけちゃった。
噂をすればなんとやら、というやつだろうか。
そのドラゴンを見るなり、僕は思わず息を呑んだ。美しい純白のドラゴンだった。その白い鱗は、木漏れ日を弾き、森の暗がりの中でもきらきらと光り輝いている。人間を丸呑みできそうなほどの巨体から放たれているのは、覇者としての風格。見ているだけで畏怖を禁じえないドラゴンだった。
そして、そのドラゴンは、今……。
「ぎゃっぎゃ!」「ぎゃひー!」「ぎゃっはー!」
『ひぃんっ! 痛いです! やめてください!』
……ゴブリンたちにいじめられていた。
頭を抱えてうずくまるドラゴンを、ゴブリンたちが木の棒でぺしぺし叩いている。
『お慈悲を! なんでもしますから!』
うん……なんだこれ?
あまりにもシュールすぎる光景だ。。
なんで、ドラゴンがゴブリンにいじめられてるの? というか、なんでドラゴンがしゃべってるの? ちょっと意味がわからなすぎて、思考が働かない
ただ、罠かもしれないから警戒しないと。人の声を真似る魔物というのは、人食いであることが多い。人間をおびき寄せて食らう以外に、人の声を真似するメリットはないだろうしね。
あのドラゴンには、あまり関わらないほうがいいだろう。
どちらにせよ、今がチャンスだ。今のうちに巣へ向かって、呪いの装備をいただこう。
そう考えて、こっそりドラゴンから離れようとするが。
『うぅ……ぐす……どうして、わたしがこんな目に……』
ついに、ドラゴンがめそめそと泣きだしてしまった。
その場から離れようとしていた足を、つい止めてしまう。
「こ、これは、助けたほうがいいのかな?」
『ゴブリンを?』
「ドラゴンをだよ。なにちゃっかり、勝ち馬に乗ろうとしてるんだ』
『でも、ドラゴンって一度は食べてみたくない? 鶏肉みたいな味するっていうけど本当かしら』
「君の頭の中には、食べることしかないのか」
それより、今はドラゴンのほうをなんとかしよう。号泣しているドラゴンを放っておくのは、さすがに心苦しい。悪いドラゴンでもなさそうだし、交渉もできるかもしれない。
問題は、どうゴブリンを追い払うかだけど……。
「
僕は一つ息を吸うと、すらりと血舐メ丸を抜いた。鞘から抜けた刀身が、空気にさらされる感触。柄を通して、どくどくと伝わってくる脈動。
しかし――暴走はしない。
心の水面は、静かに凪いだままだ。
やっぱり、実験通りか。とすると、
まあ、血舐メ丸の使用に少し制限はかかるものの、ただ衝撃波を放つだけなら問題はない。
僕は刀の切っ先を下に向けて、軽く地面を突いた。
どんっ、と森が震動する。野鳥や魔物たちが、慌てて逃げていく音がする。
「……ふぅ」
一呼吸置いてから、血舐メ丸を鞘に納める。
気づけば、周囲の地面が陥没していた。
ゴブリンたちは逃げていったようで、すでに辺りにはいない。まあ、ゴブリンは悪戯好きなだけで、害があるというほどの魔物でもない。追い払うだけで充分だろう。
さて、ドラゴンはといえば……。
『ひぃぃ……いったい、なにが……』
さっきよりも怯えた様子で、体をぺたんと地面に伏せていた。ぷるぷると震えながら、『お慈悲を……お慈悲を……』とくり返している。まだ自分が助かったことに気づいていないらしい。
無言で去ろうかと思ったけど、どうも見ていられない。
「もう大丈夫だよ」
僕はドラゴンに声をかける。
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