第17話 わたし、ドラゴンになってしまったようでして


「もう大丈夫だよ」


 僕はドラゴンに声をかける。


『……?』


 ドラゴンはおそるおそる顔を上げ、不思議そうに僕を見た。


「ゴブリンは追い払ったよ」


『あ……』


 そこで初めて、ゴブリンがもういないことに気づいたらしい。

 一瞬、ぽかんとしたあと――泣き腫らしていた目から、さらに涙をぶわっとあふれさせた。


『あ、ありがとうございますっ! あなたは命の恩人です!』


「そんな大げさな」


『と、ところで、あなたは……?』


「僕? 僕はノロアだ。冒険者をやっている」


『ノロア様……』


 なぜだか、ドラゴンの顔がぽっと赤くなる。

 しかし、フードから這い出てきたジュジュを見ると、すぐに顔が青ざめた。


『そして、わたくしがジュジュよ! 好きなサンドイッチの具は、生ハムなの!』


『ひっ!? 変な魔物がしゃべりました!』


『だ、誰が、変な魔物よ! どっからどう見ても、スーパー美少女でしょ!』


『ま、またしゃべりました!?』


『むきぃぃっ! あんたをサンドイッチの具にしてやるわ!』


『お、お慈悲を……!』


 ドラゴンはすっかり怯えてしまったのか、頭を抱えて震えだす。

 可愛そうに、変な魔物にからまれて。というか、ちっこい人形に怯えている巨大なドラゴンという構図は、なんだかシュールだ。


『ふんっ、まあいいわ。あんたが溜め込んでるお宝、全部よこせば許してあげる』


『お宝……? そんなものは、ありませんが』


『はぁ?』「あれ?」


 おかしいな。このドラゴンは宝を集めるタイプだと思ってたんだけど。というより、呪いの装備を持っているとしたら、宝を集めるタイプであるはずだ。

 もしかして、ドラゴン違いか……?

 そういえば、宝を集める習性があるのはオスだけって話だった。一部のドラゴンのオスは、各地から集めてきた〝美しいもの〟――つまり、〝宝〟で巣を飾りつけて、メスに求愛する。ドラゴンが聖女や呪いの装備を持ち去ったというのも、ドラゴンがそれを美しいと思ったからにほかならない。だから、このドラゴンがメスであるなら、僕たちが追っているドラゴンとは別個体である可能性が高いというわけだ。

 とりあえず、確認してみるか。


「ちょっといいかな」


『はい?』


 僕はドラゴンの背後に回って、尻尾を少し持ち上げてみた。


「なるほど、メスか」


『……~~っ!? な、ななな、なにをするんですかっ! ハレンチですっ!』


「なんで!?」


 尻尾にフルスイングされて吹っ飛ばされる。

 ……死ぬかと思った。ドラゴンの性別をチェックしただけで、この仕打ちはないだろう。


『ふぅぅーっ!』


 ドラゴンがくわっと目を見開いて威嚇してくる。『ふぅぅーっ!』とか字面だけは可愛らしいけど、顔だけ見ると『人間め、殺してやる……ッ!』といった感じだ。めちゃくちゃ怖い。

 なにやら逆鱗に触れてしまったのかもしれない。

 それにしても、このドラゴンはメスだったか。

 とすると、やっぱりドラゴン違いなのか……?


「ん?」


 そこで、ふと気づいた。さっきまでと、羅針眼の針の向きが変わっていることに。ドラゴンの背後に回る前までは、針の向きはほとんど固定されていたはず。

 この短時間で、呪いの装備の位置が大きく移動したのか?

 そんな馬鹿な。とすると、これは……もしかして、そういうこと・・・・・なのか……?

 試しに少し移動してみると、またしても、つつつ……と向きが変わる。

 まるで、目の前にいるドラゴンに吸い寄せられるように。


「ねぇ、君」


『……なんですか?』


 ドラゴンが涙目のまま、ちょっと睨んでくる。少し警戒させてしまったか。まあいい。


「君……もしかして今、呪いの装備とか持ってない?」


 直球で確認してみると、ドラゴンがびくっとした。

 悪戯がバレてしまった子供のような反応だ。わかりやすい。


『……も、持ってないですよー?』


「本当に?」


 ジュジュをつまんで、ドラゴンの顔先に近づける。


「ほーらほーら」


『ひぃっ、そんなもの近づけないでください! なんでも話しますから!』


『ちょっと! なによ、この扱い!?』


 ジュジュが抗議するように、じたばた暴れだした。

 ドラゴンは荒ぶるジュジュにさらに怯えたようで、観念したように口を開く。


『……本当は、呪いの装備持ってます。これです』


 ドラゴンが前足の爪で、ちょんちょんと頭を指す。そこには、角に半ば隠れるようにして、ちょこんと白薔薇の髪飾りが乗っていた。

 意識して見てみると、呪いの装備であることはすぐにわかった。

 通常装備にしては、あまりにも可愛すぎる。超越可愛い。ただ見ているだけで、心が吸い寄せられそうな装備だ。清楚にして、貞淑。儚げな気品をつつましくまとっているこの装備には、男が結婚したい装備の理想がつまっているといえるだろう。男ならば誰しもが、この装備にウエディングドレス着せて、チャペルで式を挙げる妄想をしてしまうはずだ。僕が見てきた装備のなかでも、男として守ってあげたくなる装備ナンバーワンだった。


「……見つけた」


 そう呟くと、正解と言わんばかりに、左目の針がすぅっと消える。

 僕が追っていた呪いの装備で合っていたようだ。

 これで羅針眼の代償はなんとかなった。一件落着だ。

 あとは、このドラゴンと交渉して、なんとか呪いの装備を譲ってもらえればいいんだけど……。


「そういえば……どうして、ドラゴンが呪いの装備をつけてるの?」


 ふと、疑問を口にした。魔物が装備をすることは珍しいことでもないが、装備制限はもちろんある。たとえば、髪がない魔物は髪飾りをつけられない。だからもちろん、ドラゴンが人間の髪飾りなんてつけられるわけがないんだけど。


『それは……』


 ドラゴンは少し言いよどんだが、やがて意を決したように話しだす。


『実は……わたし、人間だったんです』


『……という夢を見たの?』


『違います! 本当に人間です! 本当の本当なのです!』


 ドラゴンが前足を握りしめて、ぶんぶんと振る。

 なんとも人間らしい仕草だ。騙しているような悪意は感じられない。

 とすると、もしかして……?

 そんな疑問を感じとったのか、ドラゴンはこくりと頷いた。


『はい……わたし、ドラゴンになってしまったようでして――』

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