第4話 呪いの装備

 スケルトンの弱点は、頭。

 頭を攻撃すれば、バランスを保てなくなって転ぶはず。

 その情報に従い、僕はスケルトンを切りつけた。

 狙い通り、スケルトンの頭に剣が思いっきりぶち当たり――。


「え?」


 ――微動だにしなかった。


 スケルトンの頭を攻撃すれば、バランスを崩す。それは冒険者にとって常識だった。冒険者に成り立ての素人でも、そうやってスケルトンに対応している。

 それなのに、僕にはできない。

 装備がなければ、人間は魔物を倒すことができない。

 その言葉の意味を、初めて理解した気がする。


「あ……ああ……」


 スケルトンが真っ黒な眼窩で、僕の顔を見てくる。

 気圧されて、後ずさる。

 そのタイミングで、スケルトンが剣で切りつけてくる。

 その動きは鈍く、こちらのガードは間に合ったが――。


「――あぐっ!?」


 防御した剣ごと、体が吹っ飛ばされた。

 地面を何度もバウンドして転がり、壁に背中を打ちつけたところでようやく止まる。衝撃でむせ返りながら、ちかちか明滅する視界を上げると、こちらにカタカタと迫ってくる骨の色が見えた。

 なんとか、こちらも剣をかまえようとして――気づく。

 僕のブロンズソードが、半ばからぽっきりと折れていた。

 2シルの日給を何年も貯めて買い、毎日手入れしてきた愛用の剣。

 それが……まさか初戦で折れるとは。

 装備を破壊するには、その装備よりもランクが上の装備が必要だ。

 ということは、僕はスケルトンに装備のランクすらも負けているといこと。

 僕は……この最弱の魔物とすら、圧倒的な力の差がある。


「はは……」


 もう笑うしかなかった。

 なにもかもが馬鹿らしくなった。おそらくブロンズソードとともに、僕の心もぽっきりと折れてしまったのだろう。


「はは、は……は……」


 このまま逃げたら、金ピカ男に追いつけない?

 人生を変えることができない?

 ……だからどうした。


「うわああああああああっ!」


 僕は愛用してきたブロンズソードの柄をスケルトンに投げつけて、惨めったらしく逃げたのだった。



   *



 最弱の魔物から必死に逃げて、泣きながらダンジョンから出て、冒険者たちにゲラゲラ笑われて――。

 夢遊病患者のように町をふらついていたら、気づけば夕方になっていた。町に響きわたる夕方の鐘を聞いて、ようやく我に返ることができた。どうやらスケルトンに負けたショックが大きすぎて、正気を失いかけていたらしい。


 そろそろ、金ピカ男はダンジョンボスを倒しただろうか。

 ふと、そんな疑問が脳裏によぎる。

 でも、誰がダンジョンを攻略したかなんて……もう、僕には関係のないことだ。まともに寄生すらできない僕が、ダンジョンの事情なんて気にしてどうしろというのか。


「はぁ……」


 あてもなく、とぼとぼと歩く。無意識にただ歩いていただけなのに、体に染みついた日課のためか、いつの間にかヤブキさんの武具屋の前に来ていた。

 店先のショーウィンドウには、いつものようにアダマンアーマーが飾られている。そのアダマンタイトの青銀色の輝きも、いつも通りだ。それなのに、いつものように僕の心を慰めてはくれない。

 このアダマンアーマーも、そのうち英雄のような人が現れて、あっさりと装備してしまうのだろう。きっとその人は、僕のように弱くなくて、格好悪くもないはずだ。


「ああ……いいなぁ」


 頬を熱いものがつたった。止めようがなかった。


「僕も、こんな装備が欲しかったなぁ……」


 冒険者ならば、誰もが一度は夢を見るのだ。

 きらびやかな装備で全身をかためて、颯爽と世界を救うという夢を。

 僕だって今日まで夢見てきた。

 だから、つらくても鍛錬して、虐げられながらも冒険者という職にしがみついてきた。呪いの装備しか装備できないといっても、装備枠が9999もあるなら、きっと英雄にだってなれるんじゃないかと。いつかの誰かの言葉のように、世界一強くなることもできるんじゃないかと……。

 でも、そんな分不相応な夢を見るのも、もう終わりにしよう。

 そもそも呪いの装備を身に着けるだけで英雄になれるのなら、他の誰かがすでにやっている。呪いの装備をさわった人間だって今までに何人もいた。それでも、今では呪いの装備を誰もさわろうとしない。

 なぜか? 答えは簡単だ。呪いの装備に価値なんてないからだ。


 そんな呪いの装備しか装備できない僕にも、同じく価値はない。

 それは冒険者に限った話ではなく、どの職業でもそうだ。

 装備が与えるのはなにも戦闘力だけではない。書記官の羽ペンも、司祭の福音書も、荷物持ちの鞄でさえも……全ては装備だ。この世界では万物に魂が宿っていて、非力な人間はそれらの魂と契約して装備することで、ようやく一人前になれる。装備をしないで他人と同じように働けるほど、この装備社会は甘くない。

 装備ができなければ、英雄どころか何者にもなれない。


「……僕は、ずっと“ゼロ”のままなの?」


 ガラスに手をかけ、アダマンアーマーに問いかけた。

 そのときだった。



 ――店が、消し飛んだ。



「え?」


 爆音が一瞬遅れてやってくる。

 あまりに突然ことで、状況把握もままならない。

 どこからか飛んできた衝撃波に、僕は石ころみたいに地面を転がった。


「ぐっ……! な、なにが……!」


 なんとか体を起こし、顔を上げる。

 ここまでは冷静だった。しかし、そこで僕の思考が止まった。


 ……なかった、のだ。


 つい数秒前まで、夕焼け空の下にあったはずの町が――ない。

 にぎやかだった町並みが、ごっそりなくなっている。周囲の商店街は、まばたきする間に瓦礫の山になっていた。街路にひしめいていた武具屋たちは、腸をぶちまけるように壊れた武具を吐き出している。先ほどの衝撃波で飛ばされてきたのかわからないけど……人体の破片らしきものも、道端の馬糞みたいに無造作に転がされていた。

 赤々とした夕空も相まって、まるで世界の終わりのような光景だった。


「なんだよ、これ……」


 意味がわからない。尻もちをついたまま、後ずさる。

 そこで、手になにか硬いものが触れた。

 見ると、それは青銀色の欠片だった。ちょうど僕のいる辺りに、同じ色の欠片がたくさん散らばっていた。

 毎日、ずっと見てきたから、それがのかすぐにわかった。


「……アダマン、アーマー?」


 世界最高のAランクの装備だった。

 装備は原則として、ランクが上の装備でなければ破壊できない。

 そのはずなのに、ただの衝撃波で粉々になってしまった。粉々になり惨めな残骸をさらしていた。


 なにが起こってるのかわからない。ただ一つだけわかることは……今まで信じてきた世界が、アダマンアーマーとともに砕け散ってしまったということ。


「げほっ、ごほっ……ノロア、か?」


 背後の物音に振り返ると、ヤブキさんが瓦礫の下から這い出てきたところだった。


「ヤブキさん! よかった、無事で!」


「店は無事じゃないけどな、って……おいおい、なんだよそれ」


 壊れたアダマンアーマーを見て、ヤブキさんは顔を固くした。


「おい、ノロア……いったいなにが起こった」


「わ、わかりません。気づいたら、いきなり衝撃波が来て……」


「衝撃波? なんだそれ?」


 ヤブキさんは眉をひそめながら、鋭い目つきで周囲を見まわした。元Bランク冒険者だけあり、その目は周囲の状況を余さずつかみとっているように見える。今のヤブキさんは、いつものしがない武具屋の店主ではなく、頼りがいのあるベテラン冒険者となっていた。こんな極限状態の中でも、ヤブキさんの側にいればなんとかなるんじゃないかと思えてきた。


「……嘘だろ」


 やがて、ヤブキさんはぽつりと呟いた。


「……呪いの装備だ」


 怯えたように震えた声だった。

 ヤブキさんの視線を追うと、そこには血塗れの男がいた。

 瞳を赤くし、全身の肌から赤い血管の筋を浮き上がらせ、カクカクとまるでスケルトンのように歩いている。


 彼が手にした赤黒い刀を振るたびに、衝撃波が発生して町が吹き飛ぶ。最初は高ランクの魔物かと思ったけど……血濡れの鎧からわずかにのぞく“金色”には、見覚えがあった。


 しかし、こんなにも見覚えがあるのに、それでも彼だと断定することはできなかった。

 それほどまでに、姿が変わっていたのだ。今朝までの鼻につくようなイケメン顔も、ごっそりと感情の抜け落ちた幽鬼のようなものと成り果てている。Bランク冒険者である彼をこんな姿に追いやれるものがあるとすれば、それはきっと――。


「くそ、馬鹿が……馬鹿が……!」


 ヤブキさんが歯をかちかち鳴らしながら、その巨体を小刻みに震わせた。



「――馬鹿が、呪いの装備にさわりやがった!」


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