第3話 ダンジョン

 ダンジョンの奥に呪いの装備があると聞いて、準備を始めた僕だったが……今の僕の実力では、ボスを倒すどころか一層突破さえ不可能だ。

 装備0の僕は、魔物を一匹倒すことさえ難しい。


 でも、けっして無策なわけでもない。

 こんな僕でもダンジョンの最奥にたどりつける方法がある。

 それは……寄生だ。

 他の強いパーティーについていって、さりげなく呪いの装備だけもらうのだ。呪いの装備を欲しがる人なんていないと思うし、おそらく呪いの装備は放置されるだろう。それをこっそりいただこうという寸法だ。


 とはいえ、僕をわざわざ荷物持ちに雇ってくれるパーティーはいないだろう。さっき金ピカ男が言ったとおり、ダンジョンでお荷物を抱えている余裕はない。ただの様子見ぐらいならまだしも、ダンジョンボスに挑むような本格的な攻略では連れていってもらえないのは目に見えている。

 だけど、勝手についていくのなら問題ないだろう。


 ――あーあ、明日っからお前なしでせいせいするぜ。ダンジョンにお荷物を抱えていく余裕はないしな。


 先ほどの金ピカ男の言葉……これから察するに、おそらく明日、金ピカ男はダンジョンに行く。今日が様子見だったことを考えると、明日は本格的にボス攻略までするだろう。そして、金ピカ男はおそらくボスに勝つ。Bランク装備を3つもつけた彼の力は、このマハリジの町では断トツでトップだ。初見だろうと、他のパーティーに倒せたボスを倒せないわけがない。

 ついていけば、必ずおこぼれに預かれるだろう。


 そんな情けない作戦を立てながら、僕はダンジョンに行くための道具を用意するのだった。

 装備できない武具を身につけて、回復薬をたくさん持って、足音を隠せるように木の靴底にボロ布を巻きつける。あとは顔バレしないように、念のため大きめのフードがついたマントを用意して……。


 そうして一晩かけてじっくり準備しただけあり、翌朝の僕はいつになく自信に満ちあふれていた。今日、僕は呪いの装備を手に入れて、人生を変えるのだ。すでにわくわく感が脳内に弾け、足元がふわふわとしていた。


 夜明けの開門の鐘とともに町を出て、東のダンジョンへ。

 入り口前に陣取り、金ピカ男が来るのを待つ。

 本格的にダンジョン攻略するのなら早めに来るだろうという僕の予想は、当然のごとく的中した。遠くからでも目立つ全身金色の彼は、パーティーメンバーを従えて悠々と登場した。周囲の冒険者たちが道を開けるのを小馬鹿にしたような目で見ながら、まっすぐダンジョンへと入っていく。

 僕の他にも寄生目当ての冒険者がいたのか、金ピカ男のパーティーの後ろでこそこそと何人か入っていくのが見えた。僕もその一団にまぎれ込む。


 第一層の攻略は、順調に進んだ。

 遠目からでも、金ピカ男が一撃で魔物を倒しているのが見える。このダンジョンの一層に出てくるのは剣を持ったスケルトンだけだが、彼らのランクはE――つまり、Eランク冒険者でも単独で倒せる魔物だ。とくに素早さがかなり低く、動きが鈍い。

 金ピカ男はメンバーと雑談しながら、まるでピクニックでもしているかのような足取りでどんどん先に進んでいく。罠を警戒していればいいだけの僕のほうが遅れているほどだ。素早さの差が、歩くペースにも現れている。

 気づけば他の寄生者たちも見えなくなり、僕はダンジョンの中に取り残された。

 とはいえ、心配はしていなかった。

 このダンジョンの途中までの地図は、昨日の荷物持ちのおかげで頭に入っている。少しペースを上げれば、すぐに追いつくはず……。


 そう思い、通路を曲がったところで――そいつはいた。


「え?」


 思わず、声を出してしまう。

 その声に反応したのかわからないけど、やつはふり返った。

 ――スケルトンだ。

 東のダンジョン最弱の敵。

 金ピカ男が雑談しながら一撃で葬り去っていた敵。

 そんな雑魚魔物のはずなのに、僕には死の恐怖すら与えてくる。装備なしの僕には、こんな雑魚魔物すら倒せない。少しでも気を緩めれば死ぬかもしれない敵なのだ。


「どう、して……?」


 金ピカ男なら、魔物を全滅させることも容易いはずなのに。

 一瞬、金ピカ男が嫌がらせのために魔物を残したのかと思った。しかし、すぐにその考えを取り消す。本気でダンジョン攻略しているときに、わざわざそんなことをするわけがない。

 だから、答えは単純だ。

 このスケルトンは、倒すまでもないと判断されたのだ。生かしても脅威にならない敵。ならば、たとえ一瞬で倒せるのだとしても、体力温存のために無視したほうがいい。

 たしかに動きが鈍いスケルトンは、わざわざ相手にしなくても逃げられる……金ピカ男たちの素早さならば。他の寄生者たちも同じようにしたのだろう。

 でも、僕にはそれさえも難しい。


「ひっ」


 スケルトンが僕に気づき、カタカタとこちらに迫ってきた。歩くたびに顎の骨がカチカチと噛み合わされるのが、獲物を前に笑っているようにも見えて、余計に恐ろしくなる。

 背中を向ければ逃げられるかもしれないけど、そうしたらもう金ピカ男たちに追いつくことはできなくなる。呪いの装備も手に入らず、人生が変わることもない……。


「くそっ!」


 僕もブロンズソードを抜いて、へっぴり腰でかまえた。

 一太刀だ……一太刀でいい。なんとか一太刀でも浴びせられれば、スケルトンを怯ませることができる。その隙に、先へ進めるはずだ。このダンジョン最弱の敵になら、装備0でも少しは相手ができるかもしれない。


「うおおおっ!」


 剣を振りかぶり、スケルトンに突進した。魔物とのバトルは初めてだったが、恐怖よりも先に進まなければという意志が勝った。

 それに、これでも一応、剣の訓練は毎日やってきたのだ。魔物との戦闘は頭の中でシミュレーションしてきたし、魔物の弱点なんかもしっかり勉強してきた。


 スケルトンの弱点は、頭。

 頭を攻撃すれば、バランスを保てなくなって転ぶはず。

 その情報に従い、僕はスケルトンを切りつけた。今まで必死に剣の訓練をしてきた成果もあり、スケルトンには反応すらできない速度の斬撃をお見舞いすることができた。

 狙い通り、スケルトンの頭に剣が思いっきりぶち当たり――。


「え?」


 ――微動だにしなかった。


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