第9話 冒険者ギルド
マハリジの町から一日歩き通して、日が沈む前になんとか隣町の市門をくぐることができた。
このギーツの町は、マハリジの町と同じくダンジョン資源で潤っている町だ。そのため通りには高ランク装備(可愛い)をつけた冒険者が多く見られ、市門周辺にある商業区域も、武具屋や薬屋が目立っている。
あまり旅慣れていない僕にとっては、最初にマハリジの町と似ている町に来れたのは幸運だった。文化や慣習法もだいたい同じだろうし、装備がいっぱいあって心も癒やされる。
『じゃあ、さっそくダンジョンに行きましょう!』
僕の肩に乗ったジュジュがぺちぺち頬を叩きながら言ってくるが、今からさっそくダンジョンへ、とはいかない。
「ダメだよ。ダンジョン行く前に、冒険者ギルドの集会所に寄らないと」
『なんでよ! ひどいわ! この外道!』
「いや、そこまで罵倒されるいわれはないけど。というか、ルールだから仕方ないんだよ」
余所から来た冒険者は、まず現地ギルドの集会所で手続きするのが原則だ。
魔物を狩るのだって狩猟権の問題がある。自衛のためならまだしも、現地のギルドに無断で魔物を狩ったり、ギルドを介さず素材を売ったりすれば、それは立派な密猟だ。
だから魔物の素材なんかは、必ず現地の冒険者ギルドを通して納品しないといけない。そこで報酬から権利料や税金が引かれるという仕組みなのだ。
とくにダンジョンは資源の宝庫だし、ただ入るだけでもギルドが発行する許可証がいる。そうでもしないと、他の町に自分たちの資源を奪われてしまうから。
『ふーん、面倒臭いのね』
「まあ、ちょっとした手続きさえすれば、あとはギルドでなんとかしてくれるし。そんなに大変なものでもないよ」
僕は苦笑しながら町を歩く。ちょうど今は仕事終わりの時間なのか、通りは人の往来が激しい。他の人と肩をぶつけないように、隅っこのほうをこそこそと進む。
「それはそうと……そろそろ、マントに入ってくれないかな。君って、控えめに言って、すごい目立つから」
いい年した男が、お人形さんを肩に乗せて歩いているのだ。しかも、ぶつぶつ人形と会話もしている。そうなれば奇異な目で見られないほうがおかしい。事実、現在進行系ですごいひそひそ言われてるわけだ。
つまり、なにが言いたいかというと……めちゃくちゃ恥ずかしい。
このまま冒険者ギルドの集会所に入れば、なんて言われるか。考えただけでも恐ろしい。だから、さっきからマントに入るように言ってるんだけど、ジュジュは頑なにその要求を突っぱねていた。
『いやよ! 景色見たいし!』
「……」
ジュジュが景色見たいがために、僕の精神はどんどん削られていくのだった。
仕方ないので、そのまま集会所に入ることにする。
扉を開けて、中へ。
夕方だし、人はそれほどいなかったが……僕が入った瞬間から浴びせかけられる視線の密度は、やっぱり濃い。精神がごりごり削られていく。
ジュジュを肩に乗せた僕の登場に、集会所は一瞬だけ静まり返り――やがて、堰を切ったように笑いが弾けた。
「おいおい! ここはお人形遊びするところじゃないぜ?」
こそこそ受付に向かおうとしたところ、冒険者のおじさんがからんできた。進路を妨害した彼の顔からは、『全力でからかってやるぞ!』という心の声が聞こえそうだ。
うん、さっそく面倒なことになった。
喧嘩になれば、僕が負けるに決まってる。血舐メ丸を抜くわけにもいかないし、そうなれば僕はただの雑魚Gランク冒険者だ。
一方、相手は装備的にCランクの実力はあるだろう。つまり大先輩というわけだ。冒険者は上下関係が大切であり、こちらが下手に出るしかない。
ここはなんとか土下座で乗り切るしかないか。僕は戦闘はからきしでも、土下座には一家言ある。これしきのトラブル、簡単に土下座で収めてくれる。
そう思って膝を折ろうとしたところで、おじさんがジュジュに向かって手を伸ばした。どうやら僕からジュジュを奪い取って、からかうつもりだったのだろう。
しかし、それは悪手だ。
『ちょっと。汚い手で、わたくしに触れないでくれる?』
「へ?」
ジュジュがおじさんの手をパシッと払った。
まさか人形が動きだすとは思わなかったのか、おじさんの動きがぴたりと固まる。周囲で茶化してきていた冒険者たちも、しんと静まり返った。そんな周囲の反応とは対照的に、ジュジュはいたって平然なままだ。
『うわぁ、汗がぬるっとしてたわ。きも……』
「うん、僕の顔になすりつけないでくれるかな」
『ああ、しかも臭いし! ありえない! もう我慢できないわ! ノロア、血舐メ丸を抜きなさい!』
「汗が臭いだけで大量虐殺はできないよ」
僕は溜息を一つ。それから、いまだに固まっているおじさんに一礼して、今度こそ受付へと向かった。
……うん、なにもなかったことにしよう。いいね?
「あの、町の外から来たんですが手続きいいですか?」
「は、はい」
今の一連の流れを見ていたからか、受付嬢の顔が引きつっていた。あきらかに視線がジュジュのほうへ向いている。
まあ、気にするなというほうが無理だろう。
さっそく悪目立ちしたなと疲労感を覚えながら、僕は冒険者カードを提出した。
冒険者カードとは、名刺と職業バッジが合わさったようなもので、国内なら地方をまたいで身分証明に使うことができるカードだ。冒険者ランクなどの情報はカードに全て書いてあるため、カードを見せるだけで手続きは完了する。
「あ、それと北のダンジョンに入るための許可証が欲しいんですが」
「はい、許可証ですね。どこかのパーティーに入るご予定ですか?」
受付嬢は笑顔で尋ねてくるが、そのスマイルの裏には『Gランク風情が。荷物持ちでもしてろよ、小僧』という思いが隠されてる気がする。考えすぎだろうけど。
「あー、いや。まずは一人で入ってみようかなと」
「一人で、ですか?」
受付嬢が顔をしかめた。
まあ、冒険者はEランクまで見習い扱いで、基本的に他のパーティーの補助が仕事になる。見習いが一人でダンジョンに入ることは推奨されていないのだ。死亡者がたくさん出るダンジョンには、いい印象を持たれないしね。
だから、お一人様だと許可証の発行も渋られてしまう。
「しかし、未踏破のSランクダンジョンですし……このステータスでは危険ですよ? 魔物と遭遇したら、逃げることもできませんし」
「いえ、パーティー加入の前に、ほんの少しだけ様子見しときたいんです。あんまり難易度が高すぎると、荷物持ちも難しいでしょうし」
「たしかに、それは一理ありますね……わかりました」
渋々ながらも、許可証の発行を了承してくれたらしい。
なんとかなったなと、ほっと一息ついていると。
「おいおい、こいつGランクじゃねぇか! そんなんでダンジョン入るとか言ってんのかよ!」
さっきの冒険者のおじさんが、またしてもからんでくる。
先ほどジュジュに散々言われたことへの報復だろうか。
僕じゃなくてジュジュにやってほしいものだけど。
『うわぁ、また来た……ここはわたくしから、がつんと言ってやるわ!』
「うん、しばらくしゃべらないでくれるかな」
ジュジュがしゃべれば火に油を注ぐだけだ。
僕は引きつった顔筋でなんとか愛想笑いを作りつつ、おじさんに向き直った。
「いやぁ、分不相応なことはわかってますので、本当にちょっとだけ様子見しようかなと……あ、土下座しますね」
ここは下手に出て、なんとか乗り切ろう。
今度こそ、僕の土下座が火を噴くぜ……!
と、膝をつけようとしたタイミングで。
『ジュジュパンチ!』
「おふっ!?」
いきなり、ジュジュがおじさんに腹パンを入れた。
その腹パンは人形ボディからは想像もつかないほどの威力があったらしく、おじさんが壁まできりもみ回転しながら吹っ飛ばされる。おじさんはテーブルや人を吹き飛ばし、壁に思いっきりぶつかり――。
「……きゅ~ん」
無駄に可愛らしい声を上げながら気絶した。
「「「…………は?」」」
集会所がふたたび静まり返る。そんな沈黙のなか、手をぱんぱんと払い終えたジュジュがドヤ顔でふり返ってきた。
『ふふん、どうよ?』
「いや、どうよって……なんで殴っちゃったの?」
『しゃべるなとは言われたけど、殴るなとは言われなかったわ!』
「いや、しゃべってもいたけどね。思いっきり技名叫んでたしね」
『残念でしたぁ! 技名はしゃべってるうちにギリ入りませぇん!』
「いや、そこら辺のルールはどうでもいいんだよ……」
僕はがっくりと肩を落とした。
僕の平穏な冒険者ライフは、もはや風に吹き飛ばされた塵のごとし。
まあ、今さら平穏とか気にしても仕方ないことではあるけど……。
「あ、あの……許可証、発行できましたけど」
「……ありがとうございます」
僕は許可証を受け取ると、逃げるように集会所を後にした。
うん……とっととダンジョン入って、呪いの装備ゲットしよう。
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