第10話  Sランクダンジョン

 ギーツの町から北に歩いていくと、すぐにダンジョンの前に到着した。土塁に囲まれた広場の中心には、地下へと続く洞穴がぽっかりと口を開けている。そこがダンジョンの入り口で間違いない。

 すでに日が暮れているため、辺りに冒険者の姿はなかった。魔物のいるダンジョンで寝泊まりするわけにもいかないだろうし、市門が閉まる前には帰るのだろう。周囲に人がいると血舐メ丸を使えないし、人がいないに越したことはない。


『じゃ、さっさとダンジョン攻略しましょ。夜ふかしはお肌の天敵だし』


「う、うん……」


 前回のダンジョン探索がトラウマになっているせいで、やっぱりまだ不安はある。たしかに攻撃力は格段に上がったけど、耐久面はそのままだし。魔物の攻撃を食らえば簡単に死んでしまう。

 でも、前回と違うのは一人じゃないということだ。こんなジュジュでも誰もいないよりは頼もしかった。


「お、おじゃましまーす……」


『なに、ダンジョンに挨拶してるの? 寝起きドッキリでもしたいの?』


「そういうわけじゃないけど……」


 気を取り直して、ダンジョン入り口の階段を降りていく。

 ダンジョンの通路は薄暗かったが、前が見えないというほどではない。壁には点々と魔素ランプが灯されている。ダンジョンの管理者が、ここで資源を採りやすくするために設置したものだろう。灯りを持つのに片手を使えばまともに戦闘ができないし、途中で灯りが消えればそれだけで罠も魔物も見えなくなってしまう。


「……そういえば、ダンジョンの中で血舐メ丸振っても大丈夫かな?」


 ダンジョンの壁は古代の特殊素材で作られているらしく、壊れたところを見たことがない。しかし、血舐メ丸ほどの攻撃力がある武器を使えば、崩落する危険性もありそうだ。


『それは大丈夫だわ』


「え、なんで?」


『このダンジョンの壁はSSSランク装備でできてるもの』


「壁がSSSランク装備?」


 ちょっとピンと来ない。


『ま、正確には石がだけどね。石からSSSランク装備を作って、それを組み合わせて積めば、永遠に壊れない壁ができるの。古代では重要な施設にその装備石が使われてたわ』


「いや、SSSランク装備を作るって、いったいどうすれば……?」


 簡単に言うけど、そもそも通常装備の最高ランクはAだ。呪いの装備でもなければ、SSSランクなんていかないはず。


『それは……まあ、いいでしょ。あんまテンション上がる話でもないわ』


 ジュジュが露骨に話をはぐらかす。


『それより、ノロア! さっそく魔物のお出ましよ!』


「う……」


 通路の先から無数の大蜘蛛が、ぞぞぞぞぞ……と這い出てきた。

 数暗闇の中で、赤々と光っている複眼。毛むくじゃらの八本足。鋭利な爪や牙……。

 キラースパイダーの大群だ。

 キラースパイダーは一匹一匹がCランクであり、スケルトンなど目じゃないぐらい強い。さらには、粘糸による拘束や毒攻撃といったやっかいな攻撃をしてくる。そのうえ、キラースパイダーの群れはかなり統率されており、高度な戦術でBランク冒険者ですら追いつめるといわれ……つまり、めっちゃ怖い。

 少なくとも、見ていて心が和むような光景ではない。まずはもうちょっとハートフルな魔物とほんわか戦闘をしたかったけど、キラースパイダーはもう目の前だ。


『さあ、ノロア! やっておしまい!』


「う、うん……!」


 肩から指示してくるジュジュ。

 僕はそれに従い、血舐メ丸をすらりと抜いた。幸い、周囲に人がいる気配はない。一本道だから魔物を見失う恐れもないだろう。ジュジュの言うことが正しければ、ダンジョンの壁も血舐メ丸の衝撃波に耐えられるはず。

 視界が赤く染まりゆくなか、僕は思いっきり刀を振り抜く。


「はぁっ!」


 装備によって攻撃力が1万以上もプラスされた肉体は、自分でも視認できない速さで刀を振った。その速度は音さえも置き去りにし、空気の塊を切り裂く。刀身から発生した強烈な衝撃波が、通路のはるか先まで駆け抜け――。


 ――ぱんっ!


 と、破裂音が一つ。

 その音とともに、飛びかけていた意識が強引に引き戻された。


「え……」


 気づけば、キラースパイダーの大群が一瞬で消滅していた。粉々にしたとかいうレベルではなく、消滅だ。もはやキラースパイダーがここにいた痕跡は見当たらない。魔導ランプも消え去り、暗がりに沈んだ通路だけが残されている。

 あまりのことに、思わず呆けてしまう。


『なに、ぼけっとしてるの? さっさと先に進みましょ』


「あ、ああ。うん」


 ジュジュにうながされ、僕は慌てて刀を鞘に収めた。

 ……やっぱり、この力には慣れない。

 スケルトンにすら圧倒されっぱなしだったGランク冒険者が、武器を一振りさせただけで何十というCランクモンスターを消し去ったのだ。

 興奮とかよりも、まだ戸惑いのほうが強かった。


 魔物や罠を警戒しながら、僕らはさらに先に進んでいく。

 未踏破のSランクダンジョンというだけあり、出てくる魔物はかなり強かった。先行する冒険者もいないため魔物の数も多い。複数のAランク冒険者でもいなければ、相当な苦戦を強いられただろう。僕のようなGランク冒険者には、ただ荷物持ちをすることすら厳しい難易度だった。

 しかし、僕のダンジョン探索はさくさく進んだ。

 なぜかって、血舐メ丸が強すぎるのだ。


 通路を進む → 曲がる → 刀を抜く → 進む……(以下ループ)


 これだけで、どんどん先に進める。もはやダンジョン探索のイメージが根底から揺さぶられる体験だった。ちょっとしたピクニック感覚だ。強い冒険者はこんな気持ちでダンジョン攻略をしていたんだろうか。

 魔物を倒しまくったおかげで、レベルも一気に30まで上がった。HPや守備力も増えて、精神的にも多少は余裕が出てきた。唯一の心配事は、魔導ランプ壊しまくってることぐらいだけど……うん、これは後で弁償しないとやばい。


 そうこうしているうちに、通路の先に巨大な扉が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る