旅立ち編・2章 Sランクダンジョンと羅針眼
第8話 旅立ちとAランクモンスター
「よし、旅の支度はこんなものでいいかな」
呪いの装備騒ぎから一夜明け。僕は布袋に荷物をまとめてから、最後にもう一度、生まれ故郷であるマハリジの町を眺めた。
マハリジの町は、昨日の呪いの装備騒ぎで壊滅してしまった。
呪いの装備・血舐メ丸を暴走させた金ピカ男は、ダンジョンに集まっていた町の冒険者たちを皆殺しにしたうえで、町の9割を破壊したようだ。かろうじて生き残った人もいたが、もうこの町で暮らすことはできないだろう。冒険者がほぼ全滅したうえに市壁も破壊されたのだ。魔物から身を守る術もない。復興するにしても、かなりの年月がかかる。
マハリジの町にはあまりいい思い出がなかったが、こうしてなくなってしまうと寂しさもある。生まれたときには家族もいなかったし、幼い頃から“ゼロのノロア”として虐げられてきたけど……こんな町でも故郷だと感じていたらしい。
すっかり瓦礫の山と化してしまった町だが、最後に目に焼きつけておこうと思った。もう、この町には戻らない。こうして見る機会も二度とないだろう。
さようなら、僕の故郷……。
『ノロア~! この商人の死体から金品略奪しましょ! すっごい溜めこんでるわよ! うっは、こいつのパンツ純金製! ウケる!』
「ねぇ……お願いだから、僕の感傷を汚さないでくれるかな」
これでは感傷もへったくれもなかった。
でも、呪いの人形・ジュジュの空気の読めなさは、今に始まったことでもない。それに呪いの装備は外せないし、死ぬまでこの人形とは付き合っていくことになる。これぐらいのことは慣れていかないと精神がもたないだろう。
「とりあえず、ジュジュ。その人のお尻に、『ケツ毛ビーム!』とか落書きするのはやめようか」
『なんでよ! こっちのほうが絶対に面白いわ!』
「誰も死体に面白さを求めてないんだよ」
僕がやってるわけでもないのに、なぜか罪悪感がすごい。これで当の本人は平気だから世の中は不条理だと思う。
それからしばらくジュジュの暴走を食い止めてから、やっとのことで僕はマハリジの町を離れた。徐々に遠くなっていく町を見て、少しだけ後ろ髪を引かれる思いがある。
今さら町に未練があるわけではないが、心残りはあった。
ヤブキさんをしっかり埋葬できなかったことだ。それほど仲がよかったわけでもないし、ヤブキさんからは煙たがられていたが、最後には僕のことを助けようとしてくれた。差別を受けている僕に対しても話し相手になってくれたし、いい人だったと思う。
「……はぁ」
『どしたの、暗い顔して? お腹すいたの? あんたの悩みなんて、どうせ“お腹すいた”ぐらいだろうし……』
僕の肩に腰かけてるジュジュが尋ねてくる。というか、すごい失礼なこと言われた気がする。
「いや、ちょっと心残りがあってね。知り合いを……」
『あ、待って。言わないで。当ててみせるわ』
「人の悩みを勝手にクイズ形式にしないでくれるかな」
なんかジュジュといると、真剣に悩むのがアホらしく思えてきた。この人形のように頭をからっぽにして生きられたら、きっと幸せだろう。
そんなこんなで、森の中の街道を歩いていく。僕以外の生存者たちは固まって隣町に行く予定らしく、街道はまだ空いていた。田舎だけあって人や馬車の往来もなく、道はそれほど広くないものの悠々と歩くことができる。
こうしてみると、町が滅んだのが初夏だったのは不幸中の幸いだったかもしれない。夜は少し肌寒いけど凍えることもないし、日中の気温もちょうどいい。これが冬だったら最悪だった。とくにこの辺りでは冬に雨季がぶつかるから、道がどろどろになったり凍ったりでまともに旅なんてできはしないのだ。
ただ、夏場は魔物が出やすいという問題もあるけど……。
ちょうどそう考えたところで、がさっと前方にある茂みが揺れた。嫌な予感がして立ち止まると、木立の上から巨大な熊がぬっと顔を出した。
見上げんばかりの黒い熊。その不自然なまでに肥大化した巨体は、この熊が単なる獣ではないことを意味している。
……こいつは、魔物だ。
「ひっ」
熊の魔物を見上げて、思わず悲鳴が出る。
こんなに大きな魔物を見るのは初めてだった。
パニックになりかけた頭の中で、わずかに残った冷静な理性が、魔物についての情報を脳内検索する。魔物についての勉強はしてきたから、初見の魔物でも名前がわかった。
この魔物の名は、イービルベア。
全長20メートルほどもある熊の魔物だ。HPと攻撃力が高く、巨体のわりに素早さもある。金ピカ男レベルのBランク冒険者が束になって、ようやく勝てると言われるAランクモンスターだった。
「うそ……こんなところでAランクモンスターが」
イービルベアは、後ずさる僕をはるか高みから見下してくる。その底のない黒穴のような目と視線が合った瞬間、全身が凍りつくような悪寒が走った。
真っ白になりかけた頭の中、否応なしに思い出されるのは、昨日のスケルトン戦だ。Eランクモンスターであるスケルトン相手でも、その攻撃力に吹っ飛ばされて剣をへし折られた。Aランクモンスターに攻撃されれば、かすっただけでも即死だろう。
「どうしよう……」
『いや、血舐メ丸抜けばいいじゃない』
「え? あ、そっか」
そういえば、僕はこの呪々人形の他に、血舐メ丸という武器を装備したんだった。
ただ、血舐メ丸は攻撃力1万6300とかなり強力な刀だが、鞘から抜くと正気を失って暴走してしまうという代償がある。そして、『暴走状態になってから視界に入れた生物を殺し尽くすまで』正気に戻ることができない。つまり、暴走状態のときに見た生物は、全て追いかけて殺さなければならない。いったん見失ったら、この先ずっと暴走状態のままということだ。
とはいえ、金ピカ男があそこまで暴走したのは、周囲に人間や魔物が多かったせいもあるだろう。幸い、今は周囲に人がいないため、金ピカ男ほど暴走する危険はかなり少ない。
それでも、昨日の惨劇を思い出したせいで刀を抜くのに抵抗があった。しかし、イービルベアはこちらの事情などおかまいなしに突進してくる。
「ひぃっ!」
もう無我夢中で刀を抜くしかなかった。
赤黒い刀身が空気にさらされた途端、全身の血が沸騰するような感覚に襲われる。それ同時に、視界が真っ赤に染まった。
遠のく意識のなか、刀がイービルベアごと木立を吹き飛ばしたのを見て――。
「――はっ」
我に返ると、クレーターの真ん中でたたずんでいた。
周囲を見回すが、もうイービルベアの『イ』の字もない。
イービルベアを倒したのだろうか……?
万年Gランク冒険者だった、この僕が……?
にわかには信じられないけど、おそらくそうなんだろう。
なんとも達成感のない初勝利だった。
『うーん……何回見ても、とんでもない威力ね、その刀……』
ジュジュが呆れたように言う。
『これは、ちょっと出来すぎよね』
「出来すぎって?』
『全部よ、全部。そもそも、呪いの装備を9999個装備できるあんたの前に、呪いの装備を奪えるわたくしが颯爽と現れた時点でおかしいわ』
「まあ、颯爽としてたかはともかく、おかしいかもね」
「それだけじゃないわ。ちょうど最近見つかったばかりのダンジョンから、こーんな強力な呪いの装備が出てきて。呪いの装備を警戒しているはずのBランク冒険者が、たまたま呪いの刀を抜いて。暴走して人殺しまくってるのに、なぜかあんたへの攻撃だけ中途半端で……」
「……言われてみれば不自然だね」
ここまで偶然が重なると、何者かの作為を感じる。とくに最後の件に関しては、偶然では片づけられないし。
『まあ、なんでもいいわ。誰がなにを企んでようが、あんたの敵じゃないでしょ』
「そうなのかな?」
手にした血舐メ丸を見る。今、僕が握っているものは一つの町を壊滅させるほど強力な装備だ。しかし、そんな装備を手に入れても、いまだに自分が強くなったという実感が持てない。
『ま、これからよ。たしかに、あんたは攻撃力は高くなったけど、他はまだ雑魚いしね。このままだと近いうちに死んで、お尻に『ケツ毛ビーム!』って書かれるのがオチだわ』
「まあ、『ケツ毛ビーム!』以外は同意かな」
HPと守備力は雑魚のままだし。不意打ちで襲われたら、余裕で死ねる。この状況をなんとかするには、HPや守備力を上げる呪いの装備が必要だ。
『だから、さくさく強くなりなさい。あんたが死んだら、わたくしも困るの。動けなくなるし、B級グルメの食べ歩きもできなくなるし』
「え、困るのそれだけ?」
『まあ、なんにせよ、強くなるために呪いの装備を大量ゲッツすること。それが当面の目標よ』
「でも、呪いの装備なんてどこに」
『決まってるじゃない。呪いの装備といえば、ダンジョンでしょ』
「ダンジョンか……」
思えば、今までダンジョンにもぐって呪いの装備を手に入れようって発想があまりなかった。自分一人でダンジョンに入ることはできないし、荷物持ちの状態では勝手な行動なんてできなかったし。武具屋に手違いで呪いの装備が送られてくるのを待つばかりだった。
「でも、ダンジョンって危なくない?」
昨日、ダンジョンに入ったときのことを思い出す。
僕はあのとき、最弱魔物のスケルトン一体に完敗したのだ。
攻撃力が上がったとはいえ、HPも守備力も低い状態でダンジョンなんて挑めるだろうか。スケルトンは動きが遅かったから攻撃を防げたけど……もう少し動きが早かったら、一撃で殺されていてもおかしくなかった。
『あんたねぇ。そんな激強武器ゲットしながらチキるとか、マジありえないわ。もしわたくしがその刀手に入れてたら、今頃はもう銀河統一してるわよ?』
「いやだって、この刀は簡単に抜けないし……」
それが問題なのだ。血舐メ丸は強力だけど使い勝手が悪すぎる。
血舐メ丸の代償は、『刀を抜くと
だから、ほとんど使える機会もない……。
『いえ、問題ないわ。視界に生物を入れなきゃいいんだから、目をつぶればいいだけじゃない』
「えっ、そんな簡単なことでいいの?」
『案外、呪いの装備の代償には抜け道があるものよ。それ作ったのも人間だもの。呪いの装備本人が言うんだから間違いないわ』
「そういうものなんだ」
なんだか、呪いの装備への認識が変わった気がする。思えば、呪いの装備というだけで意味もなく畏怖のようなものを抱いていたのかもしれない。
『不安はなくなった?』
「うーん。まあ、少し気は楽になったかな」
『ならいいわ。じゃあ、さっそくダンジョンにレッツゴーよ!』
僕の肩で、『おー』と拳を振り上げているジュジュ。
とりあえず、ダンジョンへ行くことは確定してしまったらしい。『装備が人生を決める』とはいうけど、本当になにもかも決められてる気がしてならなかった。
~おまけ・装備のランク~
・Gランク……日用品や自然物など。
一応、装備できるけど、装備するメリットがほとんどない装備。服や文房具といった日用品の他、自然物(木の枝や石ころ)などもこのランクになる場合がある。未装備でも身につけられるため、通常は装備扱いされない。
・E~Fランク……見習いの装備。
動物素材や自然物を加工して作られる。基本的に一般人でも装備可能。
・Dランク……一人前の装備。
このランクから魔物素材(厳密には強力な魂を含んだ素材。魂を流し込みやすい希少な鉱石なども含む)が使われるようになる。
・Cランク……ベテランの装備。
現代でも作ることができるため、このランクまでは武具屋でよく見かける。このランクからは素のステータスのまま装備条件を満たすのが難しくなってくるため、他の装備と組み合わせて装備する必要がある。常人(装備枠1)では頑張ってもCランクが限界。
・Bランク……一流の装備。
一握りの天才職人しか作ることができないため、ダンジョンや古代遺跡から出土したものがほとんどになる。
・Aランク……天才の装備。
現代では作ることが不可能なため、ダンジョンや古代遺跡から出土したものしかない。伝説級の魔物素材から作られていることが多く、それぞれ逸話や伝説がある。装備条件を満たすには、複数の高ランク装備でステータスを上げる必要がある。装備枠が大量になければ装備することがほぼ不可能。
・Sランク……惨劇レベル。
都市一つに大きな影響を与えかねない呪いの装備。
・SSランク……災害レベル。
国一つに大きな影響を与えかねない呪いの装備。
・SSSランク……厄災レベル。
人類全体に大きな影響を与えかねない呪いの装備。破壊不可。世界の法則を無視するほどの力を持ち、古文書に残る大災害もこのランクの呪いの装備が原因であることが多い。ただし代償が厳しいため、完全に使いこなせる者はほとんどいない。
・???ランク……天変地異レベル。
世界を変えかねない呪いの装備。世界の理から逸脱しているため、ランクの算定が不可能。ただし例外的な装備というだけで、強力であるとは限らない。
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