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坂木持丸

旅立ち編・1章 呪々人形&血舐メ丸

第1話 ゼロのノロア


 ――装備が人生を決める。

 ――装備選びは、人生選び。

 ――装備を制するものは、人生を制す。


 そんなありふれた格言を聞くたびに、僕はその通りだと思うのだった。


「報酬? んなもん、やるわけねぇだろ?」


 金ピカ鎧をつけた男に突き飛ばされ、僕は情けなく床に倒れる。

 冒険者ギルドの集会所の床は汚く、誰かの痰やら食べかすやらが散乱している。そんな床には1秒でも長く尻をつけていたくないけど、立ち上がろうとした僕の腹を踏みつけられてしまう。


「装備枠0の“ゼロのノロア”に、俺の荷物持ちをさせてやったんだ。それだけで充分な報酬だろ?」


 僕を足蹴にしている金ピカ男が嘲笑する。

 この男は、ここのところ仕事を一緒にしていた仲間だった。

 1週間、荷物持ちとして彼についていって、さんざんこき使われて、わざと魔物をけしかけられて、いびり倒されて……その結果が、この仕打ちだ。

 なるほど、装備のない僕――“ゼロのノロア”には、お似合いの結末じゃないか。


「ああん? なんだ、その顔? 装備枠3の俺をバカにしてんのか?」


「……ごめん、なさい」


 理不尽に怒られることは慣れている。それに反抗することもない。

 そもそも、彼の冒険者ランクはBだ。

 装備枠3の彼が身につけている装備も、ゴールドソード、ゴールドシールド、ゴールドアーマーと、一級品のBランク装備。

 僕のような装備なしのGランク冒険者にとっては雲の上の存在なのだ。

 だから、虐げられるのも仕方がない。


 ……装備が人生を決めるとは、よく言ったものだ。

 装備がなければ人間はあまりにひ弱だ。

 装備なくして、人間は魔物に勝つことはできない。

 だから、人間は武具と魂の契約を交わし――装備する。

 装備の強さは、そのまま人間の強さであり、武具と契約できる数――すなわち装備枠の数は、人間の才能そのものを表していた。

 普通の人で装備枠1。戦闘職なら2。強者なら3。英雄クラスなら7。

 一方で、僕の装備枠は0ということになっている。神から与えられる装備枠が0というのは、無才ということを超えて、汚らわしい存在として軽蔑されるのに足るのだ。


「あーあ、明日っからお前なしでせいせいするぜ。ダンジョンにお荷物を抱えていく余裕はないしな」


 笑いながら去っていく男の背を見送りながら、僕はただ溜息をつく。

 感情はとうの昔に麻痺していて、もう悔しいと思うこともない。

 これが、僕――“ゼロのノロア“の日常なのだから。



   *



 僕の日々の生活には、足蹴にされることの他にもう一つだけ日課がある。

 それは、武具屋のショーウィンドウをのぞくことだ。

 昔から装備オタクと呼ばれてきた僕は、きらびやかな装備を見ているだけでも幸せになれる。人間は怖くて、汚くて、ひどいことばかりしてくるが……装備はいつだって気高くて、美しい。どんな装備もそうだ。なかでも、商業地区の外れにひっそりとたたずむ武具屋のものは格別で、何回見にきても飽きることがなかった。


「はぁ……いいなぁ」


 ここのショーウィンドウに飾られているのは、青銀色にきらめくアダマンアーマーだ。その装備ランクは、世界最高のAランク。聖剣と同じランクで、下手すれば国宝級の価値すらあるかもしれない。

 なんでこんな町にAランクの装備があるかというと、店主が冒険者時代に見つけてきたものらしい。自分が装備することはできなかったけど、あまりの美しさに売ることもできずに、ずっと持ち続けているのだとか。たしかに僕がこの鎧を手に入れても、絶対に手放せなくなるだろう。それぐらい魅力的な鎧だった。

 しかも、このアダマンアーマーは美しいだけではない。装備すれば守備力が200も上がるのだ。守備力14の僕は、ただ装備するだけで守備力が15倍以上に跳ね上がる。さすがはAランク装備、桁が違う。

 とはいえ、僕には装備することができないだろう。

 お金がないということを置いといたとしてもだ。

 装備とは、武具との魂の契約。武具が持ち主を認めなければ、力を発揮してもらえない。鎧ならば着ることさえ叶わない。装備できなければ、アダマンアーマーもただの飾り物にしかならない。


「……いつか装備してみたいなぁ」


 そう口に出したものの、それは叶わぬ願いだと知っている。

 僕には武具を装備することができないのだから。

 どれだけ装備が好きでも、見るだけで満足するしかないのだ。今までもそうしてきた。どれだけ憧れても、どれだけ欲しいと思っても、いつも誰かに買われていくのを歯噛みしながら見送るしかないのだ。

 そんなことを考えていると、つい自分の世界に没入してしまったらしい。


「ちょっと、そこどいてくれるか?」


 話しかけてきたのは、木箱を抱えた人足らしき男だった。人が近づいてきたことも気づかず、進路を妨害していたようだ。


「え? あ、すいません」


 条件反射的にぺこぺこ謝りながら道をゆずると、人足の男はせっせと武具屋に木箱を運び込む。ダンジョン産の武具でも入荷したのだろうか。

 新しい武具。手に入らないのだとしても興味がある。

 僕は業者の人が店から出ていってから、入れ替わりで店に入った。


「……らっしゃい」


 店主のヤブキさんが、木箱の中身を検分しながら呟く。元Bランク冒険者だけあって、その筋骨隆々の巨体には威圧感があった。この店にあまり客が来ないのも、きっとヤブキさんの容姿が原因の一つだろう。


「あ、あの。これって、今日仕入れたやつですか?」


「ん? そうだが……って、“ゼロのノロア”か」


 ヤブキさんは、僕の顔を見るなり渋い顔をした。

 そりゃそうだろう。ヤブキさんは僕が金を持ってないことも、武具を装備できないことも知っている。商品を買うつもりがないのに店に居座る客。それに愛想よくできたら、もはや聖人君子だ。とはいえ、ヤブキさんはそっけないながらも邪険にはしないから助かる。


「ヤブキさん。なにか、いい装備入りましたか?」


「そうだな、まだちゃんと鑑定しちゃいないが……こいつなんかはBランクはありそうだな。攻撃力も100は超えてるだろ」


 ヤブキさんが木箱から出したのは銀色の剣だった。鋼さえも切り裂けそうな極薄の剣先、精緻な魔術模様が刻まれた刀身、シンプルながらも品のある柄の装飾……思わず目が吸いつけられる。


「うわぁ……可愛い」


「か、可愛い? つーか……おい、そんな顔近づけんな」


「え……? って、うわっ! すいません!」


 気づけば、刃と目と触れ合いそうになっていた。慌てて顔を離す。


「ったく、あいかわらずの装備オタクっぷりだな……」


「はは……すいません」


 昔っから装備を見ていると、つい我を忘れてしまうのだ。

 とくに高ランク装備とか、すごい萌える。見ているとなんだかハァハァしてくるし、将来こんな装備と結婚したいなと思ったりもする。とはいえ、今はまだアダマンアーマー以外の装備と結婚することは考えてないけど。

 なんにせよ、僕の脳にとって装備とは、魅力的な異性みたいなものなんだろう。だからこそ、他の人に装備されるのを見ると、寝取られたような気分になるわけだ。


 それからしばらく、ヤブキさんがルーペのような鑑定装備で武具を調べているのを見ていた。ヤブキさんとしてはやりにくいだろうけど、なにも言われなかった。客もほとんどいないし、話し相手でも欲しかったのかもしれない。


『ねぇ、ちょっとあんた……』


「ん?」


 何気なく木箱の中をのぞいていると、かすかな声が聞こえてきた。



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