第6話 初めての装備



『――ふわぁ……なに、工事の音? うるさくて起きちゃったじゃない』



 すぐ足元から、場違いな少女の声が聞こえてきた。

 幻聴かと思った。しかし、声はふたたびやってくる。


『ていうか……ふぁっ!? なんなの、これ!? お昼寝してたら、すごいことになってたんだけど!? えっ、工事? 工事なの!?』


 たぶん工事ではない。


『しかも、もう夕方!? うそ、10時間ぐらい寝ちゃったんだけど!?』


 それは、今驚くべきことなのか。


『ていうか、あれ? これって、あんたも死ぬパターン? それは困るんだけど。やめてよね』


 やめてよと言われても、僕が困る。

 というか、すごくうるさい。人が死を覚悟してるってときに。

 いい加減、声をスルーできなくなったので目を開いてみた。

 足元を見ると、手のひらサイズの黒髪少女の人形があった。

 ヤブキさんの武具屋に飾られていたものだ。

 入れ物の鳥籠は壊れたのか、人形は地面にべたりと落ちている。人形らしく動くこともない。しかし、その表情がわずかに動いていることに気づいた。


『うわぁ……ありえない。あんたまで死んだら、このまま永遠に放置プレイじゃない』


 声は、人形から聞こえてくるようだった。


『ちょっと、あんた! なに、ぼけっとしてるのよ!』


「えっ、ごめん」


 久しぶりに出た声は、謝罪の言葉だった。これまでの人生で染みついた謝罪癖が、こんなところでも発揮されるとは。それも人形に対してだから始末が悪い。


『あんた、わたくしを装備しなさい!』


「へ?」


『装備しなさい、って言ったのよ!』


「装備って……」


 たしかに、彼女は装備かもしれない。でも、僕に普通の武具は装備できない。いや、彼女が普通の武具だとは、あまり思えないが。


『なに? 装備の仕方がわからない系? 安心しなさい! わたくしは呪いの装備よ! 初心者でも、ワンタッチでらくらく装備だわ!』


「呪いの、装備?」


『そうよ! わかったなら、早くカモン! 今なら、おさわり無料よ!』


 普段なら有料らしい。


『ほら、どうしたの? もしかして……おさわりだけじゃ満足できない?』


「いや、人形相手におさわり以上って、意味わかんないし……って、そうじゃなくてだね」


 僕はごくりと唾を飲みこんだ。

 目の前に、呪いの装備(自称)がある。あれだけ欲しがっていた呪いの装備だ。僕でも装備できる武具だ。

 それなのに、僕の手は震えるばかりで動こうとしない。

 呪いの装備が怖いのかもしれない。本物の呪いの装備を見たことで。呪いの装備で狂わされた男を見たことで。

 前を向くと、男はまだ僕をじっと見つめている。

 意味がわからないし、めっちゃ怖い。

 あまり、こういう感じにはなりたくない。


『えっ……なんで黙ってるの? そんなに、わたくしを装備したくないの? わたくしを装備するぐらいなら死んだほうがマシ的な?』


 人形の赤い瞳に、不安げな光が揺れる。


『あ、あの……ナマ言ってすいませんでした。お願いします……お金なら払うんで、おさわりしてください。なんなら、おさわり以上も……』


「いや、おさわり以上はいいから」


 この人形のせいで、完全に緊張感がなくなっていた。

 一応、命の危機が迫ってるんだけどなぁ。


『あっ! あんた、後ろ!』


「後ろ?」


 ふり返ると、男が刀を振り上げていた。

 いまいち刀を振るタイミングがわからないけど、殺す気満々なのはわかる。


「うわっ!?」『うひっ!?』


 僕はとっさに前転して、さっきと同じように刀を避けた。

 刀が振り下ろされ、地面が爆発する。

 なんとか僕は回避に成功したが、爆心地はちょうどあの人形がいたところだった。アダマンアーマーを攻撃の余波だけで破壊できる威力があるのだ。あの人形も破壊されてしまっただろう……そう思ったけど。


『あだっ!?』


 あの人形が、ぽてりと落ちてきた。


『ちょっ、痛いんですけど!? もう、ありえない!』


 ありえない、で済むのか。意外とタフだ、この人形。


『ちょっと、あんた!』


「僕?」


『あんたに決まってるでしょ!』


「ご、ごめん」


 顔が動かないから誰に話しかけてるのか微妙に判断がつきにくい。もしかしたら男のほうに話しかけてて、返事したら気まずいことになったりするかもだし。


『あんた、避けたってことは生きたいんでしょ!』


「え……」


 そういえば、僕はまた避けたのか。

 死ぬ覚悟もしていたというのに。


『生きたいなら、わたくしを装備しなさい!』


「……生きたい、なら?」


 まるで、この人形を装備すれば、あのとてつもない威力の刀に勝てるとでもいうような言い方だ。

 僕は、男のほうを見た。このままでは、いずれこの男の刀に殺されるだろう。今まで攻撃を避けられたのは、ある種の奇跡だし。

 でも、本当にこのまま殺されていいのか? 人生を最悪のまま終わらせていいのか? 英雄になりたいんじゃなかったのか?


 ――いつかまた会うときは……きっと、私を助けてね?


 この声の主に会わないまま、終わってもいいのか?


「……うん、そうだね」


 もしも、生きられるのなら……生きたい。

 だから、僕は人形に向かって手を伸ばす。

 その人形の先にある希望を求めるように。

 そして――。


『あ、やっぱ……シャワー浴びてからでも、いい?』


 ――人形をさわった。


 その瞬間、ぐわんっと世界が歪んだ。


「……ぎっ!?」


 全身の血管の中を電流が走り、暴れまわる。

 体が内側から破裂しそうなほどの激痛。

 そして、最後に――頭の中で、情報が爆発した。



呪々人形ジュジュ・ワラドール【呪】

……持ち主に呪いを与える人形。捨てても捨てても、気づけば側にいる。“七人形”の一つ。

ランク:???

種別:アクセサリー

効果:略奪愛(他人の呪いの装備を奪う)

代償:運=0



「こ、これは……?」


 わからないこと続きで、頭がついていけない。

 とりあえず、今のが武具を装備をする感覚なのだろうか。武具を装備すると、その武具に合わせて魂や肉体が再構築されるという。今の激痛はそれが理由なのだろう。


「そうか、これが装備……」


 ついに、僕の装備が手に入ったん……。


『よっしゃあ、これで動けるわ! いぇ~い! 喜びの正拳突きぃ! デュクシ! デュクシ!』


 ……うん、感慨に浸れない。

 装備した影響なのかわからないけど、先ほどまで微動だにしなかった人形がぴょんぴょん跳ねまわっていた。だいぶ動きが鬱陶しい。すでに装備外したくなってきたけど、呪いの装備は外せない。


「えっと、ジュジュ?」


 今しがた頭に流れてきた情報によると、それがこの人形の名前らしい。

 名前を呼んでみると、ジュジュはぴたりと動きを止めて、眉根を寄せた。


『いきなり呼び捨て? 装備しただけで、もう彼氏気取り?』


「そんなつもりは、毛頭ないけど……ジュジュさんって呼んだほうがいい?」


『なんで呼び捨てじゃないのよ!』


「ごめん」


 なにこの人形、面倒くさい。


『それより、わたくしの力はわかったわね?』


「えっと、“略奪愛”ってやつ?」


『そうよ。その取説見ればわかると思うけど……わたくしの能力は、この世の理を――装備システムをねじ曲げる』


 たしかに、『装備を奪う』ということも『呪いの装備を外す』ということも、全てが装備システム的にありえないことだ。


『あんたに呪いの装備を使う覚悟があるのなら、わたくしはどんな装備よりも強くなれる』


 気づけば、僕の手の中に針があった。

 光を一ヶ所に寄せ集めて作ったような針だ。

 清楚でありながらも、荒々しく――。

 神々しくも、禍々しい――。

 そんな相反する要素たちが一つの針の中に同居しているような、不思議な見た目をしている。


『さあ、生きたいのなら、その針でわたくしの心臓を刺しなさい!』


 ジュジュが宙に浮き上がり、両腕を広げた。まるで愛する人との抱擁を待かのように、胸が無防備にさらけ出される。そこに針を刺すというのは、相手が人形だとしても抵抗感のあることだったが……。


「……っ!」


 ふたたび男が動きだしたことで、そうも言ってられなくなった。

 刀を振り上げる男。もう、次は避けられそうもない。


「あー、もう! どうとでもなれ!」


『よし、ばっちこいだわ!』


 やけくそ気味に、ジュジュに針を突き刺した。

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