第33話 虐楽首輪《ドゥ・エム》
「――僕には、あなたを助けることができます」
そして、レイシャさんに向かって手を伸ばした。
物語の王子様のように、かっこよく助けることはできないだろうけど。
レイシャさんは一瞬だけ目を丸くしてから……きょとんと首をかしげた。
「……私を助けるとは、つまりケツ叩きをするということでしょうか?」
「違います」
なんでそうなるんだ。
せっかく、かっこよく決めたと思ったのに、いろいろ台無しだ。
『ノロア、淫乱ピンクのケツ叩かないの? きっといい思い出になるわよ?』
「うん、ならないと思う」
『でも、貴族のケツを叩けるチャンスなんて二度とないし……』
「二度とあってたまるか」
「しかし、ノロアさん。『貴族のケツを叩いたことがある』というのが、いつか大きな財産になるかもしれませんよ?」
「いえ、大きな負債にしかなりません」
なんでだろう。この人と話していると、すごい疲れてくる。
「おねーさん、お尻叩かれたいの?」「……痛くないですか?」
と、純粋無垢な双子たちが心配そうな顔をする。
「ふふふ、痛いけどそれがいいんですよ」
レイシャさんが淑やかに微笑んだ。
「あなたたちも楽しいことをすると笑顔になれますよね? 私にとっては、お尻を叩かれることが楽しいことなんです。私はお尻を叩かれると笑顔になれるんですよ」
「へぇ! ラムも叩かれてみたい!」「……スイも気になります」
「ふふ、元気のいい子たちですね。では、まずは初心者コースから体験してみましょう。最初は慣れなくても、すぐに笑顔に……」
「……あの、あまり子供たちを毒さないでくれませんか?」
貴族相手に突っかかりたくはなかったが、さすがに見かねて止めに入る。
「むぅ、毒すだなんて心外です」
レイシャさんが拗ねたように唇を尖らせる。
「これは教育ですよ。ほら、教育は幼いうちからと言うでしょう?」
「なんの英才教育するつもりですか」
なんだか頭が痛くなってきた。
というか、このままでは話が進まない。強引でも話を進行させてもらう。
「それより、話を戻しますが……僕がここに来たのは、レイシャさんにつけられた呪いの装備を破壊するためです」
あえて破壊と言った。奪うとは言えない。
「……っ! どうして呪いの装備のことを!?」
僕の言葉に、セラさんが反応する。あいかわらず正直だな、この人。
「それは企業秘密ですが……その反応は、間違いないということですね?」
「うっ……」
セラさんがたじろぐ。しかし、すでに言い逃れもできないと思ったのか、観念したように頷いた。
「ノロア殿だから言うが……たしかにそうだ。お嬢様は六年前から呪いの装備をつけている……エムド伯のもとに贈られてきた呪いの装備を、誤って触れてしまってな」
おそらくはエムド伯を狙ったものだったんだろう。貴族というのは敵が多いと聞く。
「その呪いの装備の、効果と代償は?」
奪う前に、念のため確認しておく。ずっと呪いの装備と付き合っていたセラさんが、それを把握してないはずがない。
「効果は、〝ダメージを受けると回復する〟というものだ。より詳細に言うと、〝ダメージを受けた直後に、そのダメージ分だけ回復する〟という感じだな」
「それは、強いですね」
「その代わりに、被ダメージ量が一〇倍になってしまう、としてもか?」
「え?」
「……それが、この首輪の代償だよ。だから、わずかな怪我ですら致命傷になりかねんのだ」
一撃で殺されないかぎりはHPがMAXのままだけど、即死してしまえば意味がない。
たしかに、やっかいな代償だ。
「この呪いの装備のせいで、お嬢様は部屋に閉じ込められることになった。怪我をすれば死にかねないうえに、呪いの装備を人に見られるわけにもいかないからな」
呪いの装備は忌み嫌われている。いつ爆発するかわからない爆弾みたいなものだからだ。とくに教会の呪いの装備嫌いは有名で、呪いの装備に誤って触れただけで破門というのもよくあるらしい。
僕が呪いの装備をつけていると言えないのも、これが理由だ。
「……呪いの装備をつけてからというもの、お嬢様は変わってしまわれた。かつては聡明で理知的なお方だったのに、今では……今では……」
セラさんが、くっ、と悔しそうに拳を震わせる。
「今では……ただのドMのメス豚に……!」
「ありがとうございます!」
……なんだこれ。
「この呪いの装備はダメージを受けるたびに回復する……つまり、痛みをすぐに快楽へと変えるのだ。いつの日か、お嬢様をお気持ちを慰めるものはケツ叩きしかなくなってしまった……」
「はぁ」
「お嬢様のケツ叩き係に任命されてから六年……来る日も来る日も、お嬢様のケツを叩く日々だった……! わかるか、仕えるお方のケツを叩く気持ちが!?」
「いえ、わかりたくもないです」
「こんなことのために、私は騎士になったんじゃない……!」
「でしょうね」
でも、そのわりにノリノリだった気がするけど。蝶マスクは明らかに必要ないし。
ただ、セラさんが呪いの装備の存在をあっさり認めた理由もわかる。呪いの装備を壊せる可能性が少しでもあるなら、すがりたい……そういうことだろう。
「では、呪いの装備を破壊することに異議はないと」
「もちろんだ」
セラさんが即答する。
「レイシャさんも?」
「……」
レイシャさんはすぐには答えず、そっと顔を伏せた。スカートのすそをぎゅっと握る。
「本当にできるのでしょうか? この首輪は、Aランク装備でも破壊できなかったものですが……」
もしかしたら、不安があるのかもしれない。
僕の言葉に期待していいのかどうか。
希望を持ってもいいのかどうか。
「大丈夫ですよ」
彼女が不安にならないよう、せめて僕は笑顔を作る。
「言ったでしょう? 君を救いに来た、と」
ここに来たのは、もちろん呪いの装備が目的だ。
でも、呪いの装備に誰かが傷ついてるのも見たくない。
できるなら、救われてほしいと思う。救いたいと思う。
「僕を信じてください。絶対にあなたを幸せにしてみせます」
「…………わ、わかりました」
やがて、レイシャさんがゆっくり頷く。なぜか少しだけ頬を染めながら。
「……よろしくお願いします」
「はい」
とりあえず、装備破壊の許可を得た。あとは奪うだけだ。
レイシャさんとセラさんには、しばらく目を閉じていてもらう。
一応、ジュジュを使っての装備奪取は企業秘密だ。
「さて、ジュジュ……針を」
『よし、来た!』
ジュジュのテンションがにわかに上がる。
装備的に、やっぱり使われることがうれしいらしい。
手のひらに光の針が現れる。僕はそれを握りしめる。
『じゃあ、来なさい! ばっちこいだわ!』
ジュジュの体がふわりと浮かび上がり、両腕を広げた。
さらけだされた無防備な胸。僕はそこに針を刺す。
抵抗もなく、すっと吸い込まれる針。
『来た来た来たぁ! この、やみつきになる感覚ぅ!』
ケタケタケタケタ……とジュジュが狂ったように笑いだし――。
彼女の体を中心に、ぐにぃぃぃ、と空間がねじ曲がった。
景色がぐちゃぐちゃに混ぜ合わされ、全身がぐるぐるまわるような感覚。脳が激しくシェイクされ、上も、下も、右も、左も、なにもわからない。
これはきっと、世界の理が冒涜される感覚だ。
「……っ!」
やがて気持ち悪さが収まるとともに、首にやわらかい革の感触が現れた。手で撫でてみると、この呪いの装備の情報が頭に流れ込んでくる。
・
……ペットにつけるような革の首輪。古代の賢者がいつまでもSMプレイに興じられるように開発した。賢者曰く、「人間扱いされていないという感覚がクセになる」。
ランク:SSS
種別:アクセサリー
効果:被虐趣味(被ダメージ後、ダメージと同じ量だけ回復)
代償:被ダメージ量が10倍になる。
――装備奪取、完了。
「もう、いいですよ」
首元を服で隠してから告げると、レイシャさんとセラさんが競うように目を開いた。
レイシャさんがおそるおそる首元をさわる。
そして、ゆっくりと目を見開く。
「……ない」
何度も何度も、確認するように首元をさわる。
それから、ばっとセラさんのほうを向いた。
「セラ……!」
「……は、はい」
なんと言えばいいのかわからない、そういう顔をする二人。あまりにも突然のことで、どんな感情になればいいのか心が混乱しているのかもしれない。
「本当になくなった、のか? いったい、なにがあったんだ? いきなり人形が爆笑したと思ったら、首輪が消えて……」
まあ、目を閉じてると、ただジュジュが爆笑しただけとしか思えないよね。
「セラ……! セラ……!」
「……レイシャお嬢様」
やがて、感極まったように抱き合う二人。
幸福を噛みしめるように、互いに抱きしめる力も増していくのがわかる。
こうして、一人の少女の物語は、無事にハッピーエンドを迎えたのだった。
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