第14話 羅針眼の代償


 Sランクダンジョンをクリアした1週間後。

 ギーツの町は、いまだに僕の話題でもちきりになっていた。まあ、ダンジョン都市でダンジョンクリアほどの大事件はないうえに、前代未聞の要素が多すぎたからね。未踏破のSランクダンジョンをソロクリアすることもそうだし、GランクからSランクへの昇格というのも史上初だ。そりゃ、しばらく話題にもなる。


「うーん……呪いの装備が欲しかっただけなんだけどなぁ」


 朝食のスープを、ぼんやりと匙でかき混ぜる。臨時収入でいつもよりリッチな食事をとっているのに、あまり味がわからない。食堂内にある視線という視線を一身に受けながらリラックスできるほど、僕の神経は図太くできてないのだ。


 なんだか大事になってしまったなと、他人事のように思う。そもそも、ついこの間までGランクだったのに、いきなりSランクなんて言われても実感がわくはずない。さすがに飛び級しすぎだと思うし。


「これからどうするかなぁ……」


『それより、フォークってなんか強そうよね!』


「あ、うん。そうだね」


『ちょっと今からフォークトルネードするわ! ちゃんと見てなさいよ!』


「うん」


『うおおおおっ! フォォォーークゥ、トルネェェェーーードッ!』


「うん、すごい」


 ジュジュはこちらの悩みなどおかまいなしに、テーブルの上でフォークを振り回している。悩みがなさそうで、うらやましいなぁ。


「はぁ……」


『どうしたの? もしかして、フォークトルネード嫌いだった?』


「いや、べつにフォークトルネードに特別な感情は持ってないけど」


『じゃあ、なんなのよ。あんたの悩みなんてフォークトルネード以外ないでしょ?』


「なんでそう思ったのかわからないけど、もっとあるからね。平和に生きたいなとか、装備との結婚が認可されないかなとか……」


『つまり、フォークトルネードがらみでしょ?』


「そろそろフォークトルネードから離れようか」


 話がまったく進まない。というか、フォークトルネードってなんだよ。


「とりあえず、ジュジュ。そろそろこの町から出ない? とくにこの町でやることもなくなったし」


 ランク昇格手続きも終わったし、この町の武具屋はもう全部チェックした。もうこの町にいなければいけない理由もない。

 なにより、早く新しい装備を手に入れたくて体がうずうずしてるのだ。そろそろ、なにかを装備しないと禁断症状も出そう。


『ま、そうね。この町のB級グルメも制覇したし、次の町に行きましょうか』


「話が早くて助かるよ」


『で、次はどの町に行くのかしら?』


「それなんだけど」


 僕は左目に埋まった羅針眼ラ・シンガンを、とんとんと指さした。


「この羅針眼を使えば、呪いの装備のある方角もわかるんじゃないかな」


『それはそうだけど……大丈夫なの?』


 たしかに、ジュジュの懸念はもっともだ。

 この羅針眼は探し物の方角を教えてくれるけど、その代わりに『7日以内にその探し物を見つけ出せないと死ぬ』という代償がある。つまり、どの辺りにあるのか知らないものを羅針眼で探すのは避けなければならない。もしも探し物が遠い場所にあるなら、その時点で死ぬことが確定してしまう。

 とはいっても、使い方を誤らなければ問題のない程度の代償だ。


「とりあえず、近場に範囲指定して使おうと思う」


『たしかに、それならリスクは少ないわね』


 と、ジュジュのお墨付きも得たところで、さっそく羅針眼を使ってみることにする。


「〝半径一〇〇メートル以内にある未装備の呪いの装備〟を示せ」


 まず〝半径一〇〇メートル〟のような小さい範囲から始めて、だんだん探索範囲を広げていく。範囲内になにもないなら羅針眼も反応しない。この方法なら安全性も高いし、呪いの装備がある方角だけでなく、だいたいの距離もわかる。


 そうして、しばらく範囲を広げていくと、「〝ギーツの町にある未装備の呪いの装備〟を示せ」と言ったところで羅針眼が反応した。ふよんふよんと頼りなく動いていた磁針が、ぴたりと〝上〟を指したのだ。


「上……?」


 この食堂の二階とか? いや、それならもっと早くに羅針眼が反応していたはずだ。


「いったい、なにが……」


 とりあえず食堂から出てみると、なにやら通りが騒がしかった。

 誰もが空を見上げ、指をさしながら叫んでいる。

 僕もつられて空を仰ぎ……。


「なっ!?」


 思わず、目を疑った。あまりにも突拍子もないものが見えたのだ。

 一瞬、僕だけが幻覚を見ているかと思ったけど、そういうわけではないらしい。他の町民もしっかり〝それ〟を見ているのだから。

 ということは、あれは本物の……。


「……ドラゴン?」


 ギーツの町の上空を飛んでいるのは、まさにドラゴンだった。大きな翼を悠々と広げ、純白の鱗をきらめかせている。

 しかし、ドラゴンがこの辺りに生息しているなんて聞いたことがない。もっと南の温かい地域に生息しているはずだ。


 そして問題なのは、羅針眼の針がそのドラゴンをぴったり指していること。

 一瞬、困惑したが、すぐに思い至る。

 ドラゴンの一部には、宝を集める習性があるものもいる。金銀財宝のような〝美しいもの〟で巣を飾り立てて、メスに求愛するのだ。

 つまり、羅針眼がドラゴンを指しているということは……。

 ドラゴンが集めてきた宝の中に、呪いの装備が含まれているということ。


『ノロア、まずいわ! あのドラゴンが呪いの装備を持ってるなら……』


「……七日以内に、ドラゴンに追いつけないと死ぬ」


 ドラゴンはそんなことを言ってる間にも、ぐんぐんと町から遠ざかっていく。この町に用があったとか、そういうわけではないようだ。

 まさか、たまたま町の上空を通ったドラゴンに反応するとは。たしかに町の上空も、町の一部といえばそうなのかもしれないけど……この絶妙なタイミングの悪さも、運=0によるものなんだろうか。

 たいしたことないと侮っていた代償に、ここまで追いつめられるとは。


「あー、もう!」


 僕は頭をかきむしると、急いでドラゴンを追いかけ始めた。



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