第31話 屋敷の謎


「わ、悪かったな。変な誤解して」


 両手に幼女事件から一〇分後。

 僕の病室には、頭を下げているセラさんの姿があった。

 少し時間がかかったけど、変態疑惑がとけたようでなによりだ。


「まったく、勘弁してくださいよ。僕はいたってノーマルなのに。僕が性的な目で見るのも、ちゃんと装備だけなんですからね」


「そ、そうだな……うん。大丈夫、もう誤解してないから」


 なぜかセラさんの顔が、びくびくと引きつっていた。

 もしかしたら、まだ変態疑惑がとけてないのかも。

 たしかに、今も両手に幼女状態は継続してる。スイとラムの双子が、添い寝したままお昼寝モードに突入してしまったためだ。どかすのも可愛そうだし、そのままにしてるけど、やっぱりこの状態で変態じゃないと叫んでも信憑性はゼロだろう。

 でも、僕がどれだけ装備性愛者ノーマルなのかは、一〇分かけて丁寧に説明したのになぁ……もう一〇分追加しとくか?

 いや、いつまでも変態疑惑を蒸し返していても仕方ないか。


「そういえば、その壺はなんですか?」


 床に置いてある大きな壺に目線を移す。

 先ほどセラさんが運んできたものだ。


「ああ、これか。回復薬の壺だよ。お見舞いもかねて、補充をと思って」


 セラさんが木蓋を開けると、たしかに壺の中にはなみなみと薄緑色の液体がつまっていた。これ全部が回復薬なんだろうか。


「うわ、すごい量……」


『これは泳げそうね! わたくしの華麗なバタ足、見せてあげるわ!』


「うん、泳がないでね」


「……じ、冗談よ。それぐらいの分別はついてるわ」


「そのわりに、目が泳ぎまくってるけどね」


 ジュジュなら本当にやりかねないから注意しよう。この人形、よく見ると食べかすとかついてて汚いんだよね。食べかすで点滴の針がつまりでもしたら致命的だ。


「セラさん、ありがとうございます。こんなにたくさん……」


「いや、なに。気にするな。常備ならいくらでもあるしな。うちの錬金装備者のケツを叩けば、まだまだ補充もできる」


「それならいいですが……」


「ま、こんなものでSランク冒険者に恩を売れるなら安いものだ」


 セラさんが、にかっと爽やかな笑顔を見せる。たぶん僕に気を遣わせないようとしてるんだろう。恩を着せることだってできるのに。

 やっぱり、いい人だなと思う。


「さて、そろそろ容器の中身を補充しないとな……」


『わたくしがやるわ!』


「ん? ああ、そうだったな。頼んだぞ」


『ええ!』


 ジュジュはいそいそと壺の中身を柄杓ですくうと、ぴょんっと台にのぼって容器に回復薬を注いだ。意外と手際がいい。


「ふふ……愛されているな、ノロア殿は」


「え?」


 なぜか、セラさんが微笑ましそうにジュジュを見る。


「いや、あの人形な……ノロア殿が倒れてから、ずっとこうして介抱してたんだよ。それ以外のときも、ずっとノロア殿の名前を呼んでいてな……いじらしくて見てられなかった」


「そうなんですか」


 ジュジュに意外な一面だ。

 ただ食っちゃ寝するだけの駄人形だと思ってたけど。


『なんの話してるの?』


「いや、なんでもないよ」


『ふーん? ま、いいけど』


 ジュジュが少しすねたように口を尖らせる。仲間外れにされたとでも思ったんだろうか。


「あ、そうそう……そういえば、そこの人形から聞いたぞ。ノロア殿は子供をかばって、毒を浴びたそうだな」


「え?」


「あれ、違ったか?」


「あ、ああ。そうです。ちょっと起きたばかりで、ぼぉーっとしてまして」


 ちらりと横を見ると、意味ありげにウィンクしているジュジュがいた。どうやら、呪いの装備関連の部分については、うまく説明してくれたようだ。というより、呪いの装備が幼女になりましたとか言ったところで誰も信じないか。


「ノロア殿ほどの力があってなお、弱き者を助けるために命を張る……その高潔な精神に感動したよ。まさに〝救世の英雄〟を思わせる偉業だ」


「あ、ありがとうございます」


「エムド伯も会いたがっていたぞ。あと、ぜひとも伯爵家に仕官してほしいと」


「それは……光栄ですね」


 伯爵邸に運び込まれたのも、結局は僕に恩を売って囲い込もうという打算からなのかもしれない。それでも、こっちとしては助かったからよかったけど。

 と、そこで、部屋の扉が開いた。


「セラさん」


 若いメイドだ。足音も聞こえなかったし、たぶん部屋の前に待機してるんだろう。僕になにかあったときに対処するためか……それとも、僕を監視するためか。いや、考えすぎか。


「なんだ?」


 セラさんの緩んでいた表情が一転して、キリッとしたものになる。


「レイシャお嬢様がお呼びです」


「お嬢様が……」


 一瞬だけ、セラさんの顔が曇った気がする。なにかあるんだろうか。


「わかった、すぐに行く」


 セラさんは短く言うと、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「すまないな、慌ただしくて。本当はもう少しいたかったんだが」


「いえ、セラさんも忙しいでしょうし」


 上流階級では傷病人のお見舞いをしまくるのがマナーだと聞いたことあるけど、セラさんもその辺りを気にしてるのかもしれない。個人的には静かに過ごしたいものだけど。


「じゃあ、失礼させてもらうよ」


「はい。回復薬、ありがとうございました」


「気にするな。ノロア殿は療養することだけ考えればいい」


 セラさんがどこか急いだように部屋を出ていく。

 扉が閉まると、室内に静寂が訪れた。聞こえてくるのは、カーテンがはためく音と、スイとラムの規則正しい寝息ぐらいか。

 その静寂を破るように、シルルがおずおずと口を開いた。


「それで、これからどうしますか?」


「そうだね……どうしようか」


 回復薬の点滴のおかげで、たしかに延命することはできた。

 しかし結局のところ、なにも解決できてはいないのだ。

 スライム装備の代償によるHP減少は、今も続いている


「これからずっと回復薬漬けの生活、というわけにはいかないよね」


「そうですね。セラさんたちに頼りきりになるわけにもいきませんし……」


 呪いの装備の代償は自然治癒するものではない。一生、回復薬漬けの生活をするか、シルルの薔薇ト獣ように代償を克服するか。そのどちらかだけ。

 しかし、回復薬漬けの生活には無理がある。今はエムド伯やセラさんがこうして薬を提供してくれているが、それはあくまで治ったあとの利益を見込んでのことだろう。〝毒〟が治らないとわかれば見放されるのがオチだ。


「あとは、血舐メ丸の代償か……」


「その刀の、ですか?」


 シルルがベッドの脇に立てかけてある血舐メ丸を見る。そういえば、シルルはこの刀の代償を知らないのか。


「この刀の代償は、『抜いたときに暴走状態』になるというのと、『定期的に血を与えないと装備者を殺す』というものだ」


「それは……厳しいですね」


「その分、強いから文句はいえないけどね」


 ただ、ここで問題になるのは、ニつ目の代償だ。

 定期的に、血を与える。

 それは、戦い続けなければならない呪い。

 たとえ、まともに戦えない体になても、刀を抜いて敵を倒さなければならない。多少なら自分の血でもまかなえるけど……それで血舐メ丸が満足してくれるかは、装備者である僕でも把握できていない。

 血舐メ丸がある限り、病室でじっとしているなんて生活は送れない。血舐メ丸に血を与えるためには、魔物を狩らなければならない。いつまでも、まともに戦闘できない体でいるわけにはいかない。

 それに、いつまでも旅ができないのは耐えられそうもなかった。

 旅をしなければ、呪いの装備が手に入らないのだ。

 呪いの装備をつけてからというもの、装備への欲求はどんどん高まっている。呪いの装備が欲しい。まだ見ぬ呪いの装備がたくさんあると思うと、うずうずが止まらない。


「でも、問題は……」


「点滴ですね」


『いっそのこと点滴つけたまま旅すれば?』


「それは無理だ」


 移動途中に回復薬が切れでもしたら、それで詰み。さすがに無理がある。


「とりあえず、まずはこの代償をなんとかしないとね……」


 側で寝ているスイとラムの頭をなでる。代償に苦しみ続けていたら、この心優しい装備たちに責任を感じさせてしまうだろう。それも避けたいところだ。


『やっぱり、毒をもって毒を制すしかないのかしらね』


 ジュジュがしばらく考えたあと、ぽつりと呟く。


「毒?」


 シルルはきょとんとするが、僕にはジュジュの言いたいことがわかった。


「呪いの装備の効果で、呪いの装備の代償を打ち消すってことか」


『ええ』


 そういえば、前にジュジュが言ってたな。

 昔の人は、呪いの装備をうまく組み合わせることで、代償を打ち消し合って使っていたと。

 呪いの装備を爆弾として使っていたとも言ってたけど……おそらくスライム装備は、そういう装備ではなかったはずだ。血舐メ丸のように暴走することもないし、効果も使いこなすことを前提に作られている気がする。

 とすると、スライム装備の代償を打ち消すような呪いの装備があってもおかしくはない。


「問題はどうやって探すかだね」


『羅針眼使えばいいじゃない』


「でも、この状態だと遠くまで移動できないしね……」


「わたしに乗れば、どこでもひとっ飛びですよ」


「それはそうだけど、タイムリミットがある」


 点滴に入っている回復薬の残量=僕の行動時間みたいなものだ。

 回復薬の補充を持っていったとしても、よくて数時間延命できるぐらいだろう。


『ま、ダメ元でやってみれば? 減るもんじゃないし』


「意外と近くにあるかもしれませんしね」


「そうだね」


 まあ、物は試しか。

 とりあえず、まずはいつも通り、狭い範囲に限定して探してみる。


「〝半径一〇〇m以内にある、HP回復効果のある呪いの装備〟を示せ」


 そう言った瞬間、羅針眼の針がいきなり動いた。


「え……」『なっ……』


 僕らの驚愕を気にせず、一点を指す針。


「反応したということは……」


「すぐ近くに、呪いの装備があるってことですか?」


『いや、近すぎよ……』


「ちょっと、もう一回やってみる。手違いかもしれないし」


 そう言いつつ、今度は半径五〇m以内に範囲指定して探してみた。

 結果は……反応あり。


『これって、もしかして……』


「このエムド伯の屋敷の中にあるってこと?」


 ――呪いの装備は、貴族に高く売れるからな。

 ふと、裏装備ギルドのボスの言葉が脳裏に蘇る。

 たしかに、よく考えてみると、貴族の屋敷に呪いの装備があるというのも不自然ではない。この辺りにはダンジョンや古代遺跡はないから、呪いの装備を手に入れるなら、わざわざ別の地域から取り寄せることになる。それも、こっそりと法の網目をかいくぐって。

 となると、かなりの資金が必要だ。あるいは権力も。

 そうなると、貴族ぐらいしか呪いの装備を手に入れる機会がない。


「でも……なんで、よりにもよってエムド伯の屋敷に……」


 理由はわからない。暗殺などの目的で呪いの装備が送りつけられた可能性もあるし、なにかに悪用しようと自ら手に入れた可能性もある。

 なんにしても、この屋敷にある呪いの装備を手に入れるということは……場合によっては、エムド伯と対立することになるかもしれない。

 そうなれば、セラさんとも敵対することになるだろう。

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