第29話 スライムソードとスライムシールド



「――だ、誰だっ!?」


 突然の声にぎょっとする。

 声がしたほうを見ると、暗がりに中年の男が潜んでいた。どうやら金持ちらしく、肥えた脂肪の上から、豪華な服をぴちぴちに張りつけている。

 なにやら箱を小脇に抱えて、床板を剥がそうとしてるけど……そこに隠し通路でもあるんだろうか。


「誰だと聞いている! 答えろ!」


『わたくしはジュジュよ! よろしく!』


「いや、自己紹介しなくていいから」


「くそっ、ふざけやがって……! 貴様らは、騎士団の仲間か!?」


 男が一人でわめく。いちいち声が大きい人だ。恫喝でもしてるつもりなんだろうか。

 というか……たぶんこの人、裏装備ギルドのボスだ。

 言動からなんとなく察しがついた。護衛もつけてない辺り、一人だけ助かろうとして、慌てて隠し通路まで来たんだろう。小物臭がすごすぎる。


「どうして、わしがここにいるとわかった!?」


「いや、べつにあなたを追ってきたわけでもないですが」


「追ってもないのに、こんなに早く来れるか! くそっ、どっから情報が漏れた……」


 なんか、いろいろ誤解されてるようだ。人間不信もちょっと入ってるのかも。

 まあ、それより問題なのは、男の抱えている箱の中身だ。

 羅針眼の針の動きからすると、どうもその箱に探してる呪いの装備が入ってるらしい。

 参ったな……まさか、箱に入ってるとは。これでは、箱を開けないと〝見つけた〟ことにはならない。しかも、その箱が男の手に握られてるというのもやっかいだ。


「ただ……ここに一人で来たのは失策だったな。Sランクだからと奢ったのが、貴様の敗因だ」


 男はどこか勝ち誇ったように、脇に抱えた箱を掲げる。


「くくく……さて、貴様に質問だ」


 男が歯茎をむき出して、にたりと獰猛に笑った。


「この箱の中にあるのは……いったいなんだと思う?」


「呪いの装備」


「……せ、正解」


『よっし! この調子で連続正解狙うわよ!」


「いや、クイズじゃないんだが……というか、なんで当たり前のようにわかるんだよ。怖ぇよ、エスパーかよ……」


 男が少し後ずさる。さっきまでの威勢はだいぶ削がれてしまったらしい。


「ま、まあいい。じゃあ、次の質問だ。わしの手元に呪いの装備がある……それがどういう意味かは、わかるな?」


「……っ!」


 そう言われた瞬間、僕の背筋にぞわりと悪寒が走った。

 ま、まさか、この男の目的は……!


「呪いの装備を人質に!? なんて卑怯な!? あなたには血も涙もないのか!?」


「え、いや、そういうつもりは……ないんだが」


『どんまいどんまい! まだ一問ミスっただけよ! 切り替えていきましょ!』


「だから、クイズじゃないんだが……」


 男が空気を切り替えるように、ごほんっと咳払いする。


「さて、最後の質問だ。もし、この呪いの装備を俺が装備したら……どうなるかな?」


「僕が嫉妬で狂います」


「……そう、呪いの装備が暴走するのさ」


 スルーされた。少し悲しい。


「聞くところによれば、呪いの装備ってのは、昔は奴隷に持たせて爆弾みたいに使ったらしいな。たとえ、貴様がSランク冒険者だとしても、呪いの装備の暴走に巻き込まれて無事でいられるかな?」


「……っ」


 僕が無事でいられるかだって……!?

 どうしよう……たぶん普通に無事だとは、言いにくい。

 装備されてもジュジュで奪えばいいし、いざとなれば血舐メ丸で吹き飛ばすし。むしろ装備してもらったほうが、呪いの装備の代償もあらかじめわかるからいい。


「ふっ、理解できたって顔だな」


 男が口元を嘲笑の形につり上げるけど、この人たぶん勘違いしてる。


「いいか? わかったんなら、近づくんじゃないぞ? 俺が捕まれば、処刑は確定だ。俺にはもう失うもんはない。だから、少しでも妙な動きを見せてみろ……貴様だけでも道連れにしてやる」


 男の声には、追いつめられた人特有の真に迫った響きがあった。なにがきっかけで爆発するかわからない爆弾。僕はぴたりと動きを止める。


「くくく……それでいい。死にたくなかったら、俺が逃げるのを指を加えて眺めていることだ」


 男は用心深く箱を手元に置きつつ、床板を剥がし始める。少しずつ露わになっていく黒穴。おそらくその穴が、砦の外までつながっているのだろう。


「くくく……呪いの装備は、貴族に高く売れるからな……これさえあれば、また資金も集まる。裏装備ギルドも再興できる。わしらは不滅だ……」


 男が不敵に薄笑いを浮かべる。

 まずいな、呪いの装備を持ち逃げされるのは避けたい。このままでは羅針眼の代償で死んでしまいかねない。

 もう、なりふりかまってられないか。


「ジュジュ」


 唇をなるべく動かさずにささやき、ひそかにアイコンタクトを取る。魂でつながっている装備ならば、これだけでも僕の意図が通じるだろう。


『ん? なに、お腹でもすいたの? あんた、いっつもお腹すいてるわね……食いしん坊キャラにでも転身する気?』


 うん……ダメだ、全然通じてない。

 そういえば、ジュジュと通じ合えたことなんて一度もなかった。


「ジュジュ、針を」


『針? ああ、はいはい。わかったわ』


 そこまで言ったところで、ようやく僕の意図がわかったらしい。

 僕の手の中に、ぽっと光が点火するように針が現れる。

 清楚でありながらも、荒々しく――。

 神々しくも、禍々しい――。

 そんな相反する要素が同居しているような、不思議な針だ。

 この針をジュジュの胸に刺せば、相手の呪いの装備を奪うことができる。

 これで、もうなにも怖くない。

 僕は男に向かって、一歩踏み出した。


「お、おい……なんで近づいてるんだ? 近づくなって言っただろ……」


 男が怯えたように顔を引きつらせながら、箱の蓋に手をかけた。しかし、すぐに呪いの装備にさわる気配がない。土壇場になって、呪いの装備にさわる勇気が出てこなかったのかもしれない。


「近づくなよ? 近づくんじゃないぞ? 振りじゃないぞ?」


「ええ」


「さわるぞ? 本当にさわるぞ?」


「どうぞどうぞ」


「くそっ、馬鹿にしやがって……!」


 男は歯噛みすると、勢いよく箱を開けた。

 箱の中に入っていたのは、小ぶりな水色の剣と盾。二つセットの装備なのか、どちらも青水晶のような透明感のある水色をしている。

 ただでなくても魅力的な装備が二つだ。僕のハートもニ倍わしづかみにされそうになるけど、なんとか理性を維持する。


「ジュジュ」


『ええ!』


 ジュジュの体をつまみ、胸の前に持ってくる。

 これで男が暴走しても、すぐに呪いの装備を奪える。まずは男を使って、呪いの装備の代償を確認させてもらおう……。

 そう思っていると。


「と、油断させといて……馬鹿め、死ね!」


 呪いの装備の入っている箱を投げつけられた。この行動は予想外だった。ジュジュのほうへ意識を向けていたこともあり、一瞬だけ反応が遅れた。

 箱からこぼれ出る呪いの装備。

 それが、僕の体に触れ――。


「うっ……!」


 思わず、膝をつく。

 体中にびりびりと火花が駆け巡り、全身の血液が沸騰し、筋肉が勝手にのたうちまわり、肉体と魂が装備に合わせて再構築される……。

 これは……装備の感覚だ。


「ぶははははっ! 呪いの装備を自分でつけるわけないだろうが、馬鹿め!」


 男の勝ち誇ったような高笑いが、頭上から聞こえてきた。


「くくく……たとえ、Sランク冒険者といえど、呪いの装備をつけてはタダで済むまい! どうだ、呪いの装備をつけた感想は!」


「ご褒美です。本当にありがとうございました」


「えっ」


「えっ」


 …………。


「ま、まあいい! 強がってられるのも今のうちだ! そろそろ装備も完了したようだな?」


 男がそう言った瞬間、ちょうど装備が完了した感覚が訪れた。肉体になにかのパーツがかっちりはまるような感覚。

 そして、いつものように装備の情報が脳内に流れ込み――。


「ぶははははっ! 刮目せよ! 呪いの装備の真の恐ろしさはここから……」


「ばぁっ!」「……ばぁ」


 突然聞こえてきた幼い声に、空気が停止した。

 気づけば、僕の目の前には双子の女の子がいた。まだ幼さの残る一〇歳ぐらいの少女たちだ。その髪も瞳もワンピースも透けるような淡い水色で、その色は今しがた装備した剣と盾を思わせる。


「「…………」」


 突然の出来事に、周囲に沈黙が降りた。

 なにかを言いかけていた男も、唖然としたように固まっている。


「え、えっと……君たちは?」


 沈黙にいたたまれず、とりあえず尋ねてみる。


「ラムだよ!」「……スイです」


「二人合わせてー!」「……え?」


「スラ!」「……イム?」


「決まったぁ!」「……なんという生き恥」


 なんとも対照的な双子だった。

 元気いっぱいのラムと、内気なスイ。

 本人たち曰く、二人合わせると〝スライム〟とのことだが……。


「あ、あれ、すべった?」「……~~っ。水があったら溶けたいです」


 うん……どうしよう、この空気。

 そこそこシリアスになりかけてたのになぁ。


「な、なな……」


 男はというと、固まったまま唇をわななかせていた。男にとっても予想外の展開らしい。まあ、ドヤ顔で幼女を召喚したのは黒歴史以外のなにものでもないだろう。


「えっと、これが呪いの装備の真の恐ろしさですか……?」


『幼女が怖いの……?』


「ち、ちがっ! 違うんだっ! こ……こんなはずではぁぁぁぁっ!」


 男が慌てて床板を剥がして、隠し通路に入ろうとする。


『あ、逃げるわ』


「逃がすか!」


 僕はとっさに、先ほど現れた女の子の手を取った。

 彼女の使い方は、すでに頭の中に入っている。


「ラム、だっけ? 力を借りるよ!」


「うんっ! ラムの初舞台だね!」


 ラムはにぱぁっと笑うと、体をぐにゃりと溶かした。彼女の体も服も全てが溶けて、大きな水色の粘体になる。その粘体がうねりながら、みるみるうちに念じた通りの形になっていく。

 彼女の装備名は――スライムソード。

 形状や性質を自在に変化させることができる武器だ。

 ラムの変形は即座に終わり、気づけば僕の手の中にはギザギザのついた水色の物体があった。形としては鍛冶場にあるふいごに似てるかもしれないが、この武器にはちゃんとした名前がある。

 その名は……ハリセン。

 相手にダメージを与えず衝撃だけを与える、手加減用の武器種だ。


「ひ、ひぃぃっ! 来るなぁっ!」


 男は慌てて穴に入ろうとするが、たっぷりの脂肪がつっかかる。

 なんとか隠し通路に入ろうともがくも、もう遅い。

 僕はハリセンを男に向けてフルスイングした。

 ぱしん、と軽い音。

 そして――。


「――ごぶぉぁぁっ!?」


 男がすぽんと穴から抜け、勢いよく床を転がった。その勢いは壊れかけの壁では止められず、男は壁を突き破って、さらに外へ。土煙を上げながら転がってくる男に、外にいた騎士たちが騒然となる。


「お、おい! なんか、おっさんが飛んできたぞ!」


「というか、裏装備ギルドのボスじゃね? この顔って……」


「とりあえず、捕まえとくか……」


 どうやら無事に一件落着したようだ。

 これで裏装備ギルドも終わりだろう。まだまだ残党は残ってるだろうけど……この先は、騎士団がなんとかしてくれるはずだ。


『なんとかなったわね』


「そう、だね」


 呪いの装備も手に入り、セラさんの手助けもできた。

 僕にしてはいい仕事ができたんじゃないだろうか。


「ふぅ……」


 そう、安堵の吐息を漏らしたところで。


「……うっ!?」


 全身に激痛。肌をゆっくり溶かされているような、じわじわとした痛みだ。今までは興奮状態で痛覚が鈍っていたのかもしれないが、意識してしまうと痛みで意識が飛びそうになる。

 気づけば、全身から血がにじんでいた。


『ノ、ノロア、どうしたの……?』


「呪いの装備の代償だ……!」


 先ほど脳内に流れ込んできた情報を、改めて確認してみる。


・スライムソード【呪】

……装備者の意思に合わせて形や性質を変化させる武器。装備していると、ゆっくり体が溶かされていく。

ランク:SSS

種別:武器(特殊)

効果:攻撃力+2000

   すらいむぱわー(形や性質を自由に変えることができる)

代償:毎秒、最大HPの0.5%ダメージ(非抜刀時も含む)


・スライムシールド【呪】

……装備者の意思に合わせて形や性質を変化させる防具。装備していると、ゆっくり体が溶かされていく。

ランク:SSS

種別:防具(特殊)

効果:守備力+2000

   すらいむぱわー(形や性質を自由に変えることができる)

代償:毎秒、最大HPの0.5%ダメージ


 あいかわらず、バグったようなステータスUP量なのはさておき。

 この二つの装備の代償を合わせると、『毎秒、最大HPの一%ダメージ』。

 つまり、装備しているだけで、HPがMAXの状態でも一〇〇秒で死ぬ……。

 HPを確認してみると、すでに残りニ割を切っていた。早く回復しないと死んでしまうが、指の表面が溶けているのか、回復薬の小瓶をうまくつかめない。ぬるりと指から抜けて、床に落ちる小瓶……。


『……ノロア!?』


「あるじ!?」「……主様?」


 一難去って、また一難か。

 ああ、なんというか……最近、こんなのばっかだな。

 ジュジュたちの叫ぶ声を聞きながら、僕の意識はゆっくりと闇に沈んでいくのだった。

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