宮永・ルールー・清美――脱落。

 翌日。


 まだ……雨は止まないようで。


「ダウト!」

「うぁ~! またやられたのですぅ~!」


 僕たちは、トランプゲームを楽しんでいた。

 いた。

 過去形だ。

 僕はもう、飽きてしまったので……課題を進めている。


「お兄ちゃん……。難しそうなの解いてるね……。……かっこいい」

「これは基礎問題だから、そんなにだぞ……。……弓音のやってる英語も、結構難しそうだな」

「眺めてるだけで解いてないから、全然難しくないよ」

「ダメじゃないか……」


 こんな調子である。

 稲葉家は全員……低気圧に弱い。

 せっかくの旅行で、まだ二日目なのに、こんな雨では、テンションを上げようにも上げられないのだ。


 それに比べて……。


「ダウト!」

「だっは~! 何よこの手札の数! ……でも負けないわ。絶対勝ってやるんだから!」

「ふふんっ。ルールーのような大嘘つきに、ダウトで勝てると思わない方が良いのですよ!」


 自慢気に言うことじゃないだろ。


 ……皆さん、お気づきかと思われるが。

 ダウトは――二人きりでやったら、基本的には終わらない。

 相手の持ってないカードが、完璧にわかるからだ。


「ダウトぉ!」

「くっそぉ~なのですぅ!」


 なのに……信じられないくらい盛り上がっている。


「弓音……。社会を生き抜くためには、アレくらいなんでも楽しめる気持ちが大事なのかもしれないな」

「う~ん。……私は、お兄ちゃんさえいれば、それで生きていけるけど」

「……ありがとう」


 本当に……素直になりましたねぇ。

 お兄ちゃん、感動で涙が出そうです。


「……飽きたわ」

「と、唐突なのです」

「稲葉くん。何か面白い遊びを考えなさい」

「ムチャぶりすぎるだろ」

「そうね。私も、ナデナデ我慢勝負リベンジマッチが良いと思うわ」

「何も言ってないけど」

「だって――。私とルールーじゃ、いつまで経っても決着がつかないもの。ここはやはり……稲葉くんの方から、仕掛けてくれないと」


 何が言いたいんだ……?


「ナデナデ我慢対決なら、今もうやってるんでしょ?」

「ちっちっち。リベンジマッチは別よ……。もっともっと高負荷で、苦しいタイマンを張るんだから……!」

「受けて立つのです……!」

「ルールー。内容を聞いてからの方が良いぞ」

「ぬんっ。どうせ負けないし、大丈夫なのです」


 すごい自信だな……。

 ……個人的には、勝負を付けないでもらって、この旅館で一日でも長く過ごしたいところなんですけどね。


「稲葉くん……。あと、弓音ちゃんにも協力してもらうわ」

「え? 私?」

「そうよ。……今から稲葉くんに、弓音ちゃんの頭を、たっぷりと撫でてもらうの……! それを私たちは、ただひたすら眺め続けるという、精神的ダメージのデカい我慢対決よ! どうかしら!」

「負けるはずがないのです。ルールーは、あの性欲お化けと違って、忍耐力には自信があるのですよ……!」


 性欲お化けって……。可哀想に。


「私は、お兄ちゃんにたくさん撫でてもらえるなら、嬉しいかも……♡」

「僕もまぁ……。弓音の頭なら、いくらでも撫でていたいから、良いよ」

「決まりね! じゃあ――早速どうぞ?」

「……えへへ♡」


 弓音が、僕の膝の上に頭を乗せてきた。

 最近……撫でるとなると、だいたいこの体制だ。

 金色が、少しだけ落ち始めている髪に……ゆっくりと手を滑らせる。


「んはぅ……♡ しゅきぃ……♡ お兄ちゃぁん……♡」

「……ごくりっ」

「……じゅわっ」


 二人が……食い入るように、僕の手を見つめている。

 

「はぁ……はぁ……。うっ、ほ、ほしぃい……っ」

「んひっ……くぅ……。ひぃ……」

「おぇっ……。撫でられたすぎて、ゲボが出てしまいそうよ……!」

「ゲボとか言わないでほしいのですっ……! ふぅ~……」


 段々と、二人の息があがり始めている……。


「はぁっ……く、苦しいっ……! おえぇっ」

「えずかないでほしいのですっ! ……し、しかし、これはなかなかっ」

「はひぃ♡ お兄ちゃん♡ もっと頭の横っ面を撫でて?」

「ここか……?」

「そうしょこぉ~♡ しょこしゅきぃ♡ むふぅう……♡ 幸せぇ……♡ ……二人も、早くこっちにおいで……?」

「ゆ、弓音ちゃんっ……! あなたから誘惑してくるだなんて……!」

「……お兄ちゃんの結婚相手だもん。このくらいのこと、耐えてもらわないとっ、んっ♡ はうっ♡」


 別に、付き合ったからって、結婚するわけじゃないんだけどな。そもそも。

 長い時間を共に過ごしてから、ようやくわかる価値観の違いだってあるはずだ。

 そういうのをもっと、見極めてからだな……あれっ。


「はふぅ……すぅう……」

「……寝たのか」

「はぁ~。引き分けね。あなたなかなかやるじゃない」

「……」

「……ルールー?」

「……はっ!」

「どうしたんだよ。頭がパンクしたのか?」

「いいえ。逆なのです。精神を統一しすぎて……ちょっと悟りを開きかけていたのですよ」


 すごい集中力だ。

 ……なぜもっと、日常生活で活かしてくれないんだ。


「こんな調子じゃ、本当に夏が終わっちゃうわね~。勝負は二学期に持ち越しかしら」

「……それは避けたいのです」

「どうしてよ。あ、もしかして遠慮しているの? 大丈夫よ。ここの宿は――」

「そうではなくて……。……明後日には、ルールーは海外なのです」

「え」

「グランドなマザーの元へ行くのです――。だから、何としてでも今日! 長浜さんに勝たねばならないのですよ!」

「ふぅ~ん。良い度胸じゃない。でも――私は負けないわ。絶対に、稲葉くんへの本当の愛を証明してみせるんだから!」


 二人がにらみ合い……視線をぶつけて、火花を散らせている。

 

「稲葉くんっ!」

「は、はい」


 いきなり話しかけられたので、飛び上がって驚いてしまった。

 弓音が起きないか心配だったが……。涎を垂らしながら眠っている。良かった。


「ナデナデ我慢対決――ラウンドトゥーなのです」

「トゥーって……」

「ルールーたちの体を、ゆっくりと撫でていってほしいのです」

「……いやいや。さすがにそれは」

「良い勝負ね。受けて立つわ」

「いやあの……」

「稲葉くん」


 ぼよんっ♡


 うわ……揺れました。


「あなたが撫でたい場所は――もちろん、わかっているわよ」


 ぼいんっ。ぽよよんっ♡


 激しい揺れを感じます……!


「いい加減にするのです!」

「いたぁ~いっ!」

 

 ぺちんっ! っと、ルールーに叩かれたおっぱいが、激しく振動した。

 ありがとうございます。ラブコメの神様。僕は幸せ者です……!


「な~にすんのよ! 自分がおっぱいついてないからって、人のおっぱいを叩くなんて最低だわ!」

「うっさいのです! おっぱいは禁止! そもそも、自分の弱点を晒してどうするつもりなのですか! おっぱいなんて撫でられたら、即堕ち雑魚乙女間違い無しじゃないですか!」

「そ、それは確かにそうね……。えへへ……」


 えへへじゃないよ。全く。

 ……おっぱい、触れると思ったのに。

 

 気を取り直して。


「撫でるとは言ってもさ……。……さすがに躊躇うよ。異性なんだから」

「私を猫だと思いなさい。そうすれば、何も感じなくなるから」

「いや……」

「まぁ、私は撫でられただけで感じるけど」

「ルールーの勝ちで良い?」

「やったのです~!」

「待ってっ! 今のは春香の枠を埋めるためのジョークだから!」


 はい。もう一回。気を取り直して。


「じゃあ、撫でられてもエロい意味にならない場所を撫でるのです。例えば――足の裏とか」

「……エロくならないのか?」

「当たり前なのです。だって、足裏マッサージとかがあるくらいなのですから、撫でたって誰もエッチだとは思わないのですよ」

「一理……あるっちゃあるか」

「私は構わないわよ。足裏の強度には自信があるもの」

「じゃあ……。どっちから?」

「ルールーからいくのです。……ぬんっ。あえて先行を選んで、相手にプレッシャーを与えていくスタイルなのですよ!」


 ……先行で、負けないと良いけどな。

 まぁさすがに……足裏なんか撫でられて、その影響で頭まで撫でてほしくなるような人は、あんまりいないと思うけど……。


「さぁ! 来るのです稲葉くんっ!」


 赤ちゃんみたいな足だな……。

 ……ちょっと押してみるか。


 ふにっ。

 うわ、柔らかい……指が沈む……。


「稲葉くんっ……? 何をしているのですか? ま、まさか、足フェチ……!?」

「そういうことだったのね稲葉くんっ! だったら私の足を舐めなさい!」

「女王様かよ……」


 性癖がバレかけたので……大人しく、ルールーの足を撫でることにする。


「……っ♡」

「……」

「……はふんっ……♡」

「……なぁ」

「なんですっ……かぁ?♡」

「これ、大丈夫だよな……? 本当に、エロくないよな……?」

「いいえ。エッチッチだわ。まぎれもないエッチッチよ。こんなのもうセックスじゃない」


 久々にエッチッチって聞いたな。

 もはや普通に、エロいとか言ってたような気もするけど、今更思い出したのだろうか。


「セ、セックスじゃないのです……! 足の裏はくすぐったいので、ちょっと変な声が出てしまうだけなのですよ……」

「顔真っ赤にしてるけど、普段頭撫でられた時、今よりエロい声出してるからな。お前」

「そんなことないのです! だったら試してみれば良いのですよ!」

「え?」

「ほら! ルール―の頭に、手を乗せて――」


 ぽふっ……。っと、緑髪のてっぺんに、手のひらが乗せられた……。


「はにゃぁんっ♡ いやんっ♡ ……ほ、ほらっ! エロくな――あ」

「やった~! 凛子ちゃん大勝利~!」

「し、しまったのですぅ!!!」


 ……リベンジマッチ、成功?


 ルールーは……三十分後に、最寄りの駅に送り返された。


 ◇ ◇ ◇


 そして――。


「……稲葉くん。ここからが、本当の真剣勝負よ」


 長浜さんが――長い髪を結んだ。

 

「この夏休みの間――稲葉くんに手を出さないと誓うわ。一ヶ月よ? 一ヶ月。さすがにそれなら、本当にあなたのことが好きだって、認めてくれるでしょう?」

「……わかったよ」

「ふふっ……。覚悟しなさい……! 私は絶対に――あなたを堕としてみせるんだから!」


 果たして――勝負の行方は如何に――。

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