おっぱいのあとにピンチあり。
「んぎぎぎぎぎぎぃぃい……!!!!」
「……ぬんっ……ぅ!」
……ナデナデ我慢対決がスタートしてから、一時間が経過した。
現状、長浜さんはもう……涎をドバドバ垂らして、目を充血させていて、時間の問題かもしれない。
一方でルールーは、若干痙攣が目立つものの、まだギリギリ耐えている……という様子に見える。
「はぁ……! ……ぬはぁっ……! ……早く、降参したらどうかしら……宮永さん……?」
「それはルールーのセリフなのですぅ……! 長浜さんのような……。稲葉くんのナデナデだけを求める中毒者と……。ルールーは違うのですよっ……!」
「ふんっ……! 所詮、こんなものは偽物の好意……! あなたもいずれ、ナデナデだけを求めるようになるわ……!」
「……では――。稲葉くんの良いところを言い合う対決をしましょう……! ルールーが勝ったら、素直にこの好意を本物だと認めてもらうのですっ……!」
対決の途中に、対決をするなよ。
「じゃあまず、私から。えっと……。笑顔がそこそこかっこいいわね。そこそこだけどね!?」
「うっ」
長浜さんが、唾を飛ばしながら、こちらに向かって念を押してきた。
誰も……長浜さんが、僕に好意を抱いているなんて、勘違いするわけないんだから、そんな熱心にならなくてもなぁ……。
「笑顔だけじゃないのです! 稲葉くんは、とっても優しくて、気遣いのできる男の子なのですよ! 別に、頭を撫でてもらわなくたって、即堕ちチョロ雑魚女のルールーは、遅かれ早かれ稲葉くんに惚れていたと思うのです!」
「どうしてそんなことが言えるのかしら? ナデナデをされて、気持ちが昂っているから、記憶が都合よく捏造されただけなのよ。それを言うなら私だって、稲葉くんに頭を撫でられてからは、まるで昔から好きだったかのような感覚に陥っているわよ?」
「ぬんっ……!」
「……私の勝ちね?」
「まだ、です……! ……稲葉くんっ!」
「は、はい」
「じっとしているのですよ……!」
「え……」
ルールーが……迫ってくる。
うっかり油断していた僕は、壁際まで追い込まれてしまった。
「抱っこ……するのです」
「……抱っこ」
「そう……! 抱っこなのです! だってルールーは、稲葉くんのことが大好きだから! 抱っこしてほしいのは当たり前のことなのです! 一日中くっついて、イチャイチャしたいのですよ!」
「こぉ~~ら小娘ぇっ! 私の稲葉くんに触るんじゃないわよぉ!」
「稲葉くんはルールーの彼氏なのですっ! 長浜さんこそ、邪魔するんじゃねぇですのですよ!」
「ルールー落ち着け。言葉遣いが乱れてるぞ」
……抱っこか。
ルールーは軽いから、簡単に持ち上がるだろう。
やってみるか。
「よいしょっと」
「ぬんっ!?」
あ、やっぱり軽かった。
とりあえず……無難に、お姫様抱っこの姿勢で抱えてみる。
「ほ、ぁああああぁ……。ヤバイのですヤバいのです! 心臓が、きゅうぃ~んってなるのですよ!」
「やりやがったわね……!? 稲葉くんっ! 私も抱っこしなさい!」
「いや……長浜さんはデカいから無理」
色々とね。
「べろべろべぇ~~! そんな無駄に大きい脂肪を、二つも抱えているから悪いのです! ルールーは薄っぺらい人間なので、こうして稲葉くんに抱っこしてもらえるのですよ!」
「薄っぺらい人間だと、意味合いが変わってくるぞ」
「ぐぬぬぬぬぅ……! ……じゃ、じゃあ、私だって……他の方法で、好意を見せつけてやるわよ」
今度は……長浜さんが迫ってくる。
壁際にいた俺の肩を掴んで……。
そっと……抱き寄せてきた。
「……ど、どうよ……」
「それ……あんまり女性がやってるイメージないけど」
「なっ!?」
「そうなのです。肩を抱き寄せるのは、イケメン男子の技なのですよ? 恋愛知識の欠如が露呈したのです」
「あ~~そう。ふふっ。じゃあもういいわよ……。……素直に抱きしめてあげる!」
「えっ――」
むぎゅぅうう……! っと、いきなり長浜さんが、後ろから抱き着いてきた!
あ、当たってます! すごいです! 背中で、むにゅぅ~♡ って、なんか柔らけぇのが潰れてるんですよ! なにこれっ! やばっ! ウケる!
と、ギャルになっている場合ではない。
なんだこの状況は。
とびっきりの美少女を、お姫様抱っこしながら。
おっぱいのデカい美少女に、背面から抱きしめられている。
おかしい。
幸福度を測るメーターが、振り切れてしまう。
「……二人とも、一旦離れようぜ?」
「いやなのです」
「無理ね。……稲葉くん、なんだか温かくて、もう手放せなくなったわ」
「それはですね。あの……。お二人みたいな美少女と、べったり密着していることによって、緊張し……体温が上昇しているだけでして」
「っ……♡」
「……♡」
……三人とも、顔が真っ赤ですよ!?
良くない。絶対に良くないんだ。
こういう――過剰なハッピーイベントが起きた後には、必ず最悪のイベントが起こるって、僕は知ってるんだよ。
ピンチの後に、チャンスあり……なんて言うけれど。
チャンスの後にも、ピンチがある。
け、けど……もう少しだけ、このままでも良いかな!?
「稲葉くん……首筋から、いい匂いがするわ……♡ 男の汗の匂いって、そそるわよね……♡」
「ルールーの耳には、稲葉くんの心音が届いているのです……♡ 贅沢な生心音ASMRで、眠くなってきたのですよ……」
二人とも……いたるところが柔らかいし、めちゃくちゃ良い匂いがする。
女の子って――色々反則だろ!
もう少し、もう少しだけ……。
ラブコメの神様――! どうか俺に、最大限の幸福を……。
「あ」
……そんなこと、あるわけがないんだ。
無情にも――ドアが開く。
そして――もう、皆さん、お分かりかと思うが。
まだ登場していない、僕の周辺を彩る美少女は、もう一人しか残っていない。
その名も――。
――稲葉弓音。
実の妹。
金髪美少女。
絶賛反抗期中。
「……あれぇ~? お兄ちゃん、奇遇だねぇ~?」
満面の笑み。
僕にピッタリと密着している、二人の美少女に、それぞれ目を向けた後……。
光りを失った目を――僕に向けてきた。
「説明――してもらおっかな♡」
ラブコメの神様、お前……本当に役立たずだなぁっ!?
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