キスはチョコレートの味(超ベタ)(ベターだけに)
実に三億年ぶりの客人ということもあって、マスターが三人分のコーヒーをタダで出してくれた。
ケーキも、クッキーもある。今日はパーティだぜ! これぞまさに放課後てぃーたっ……。なんでもない。
「……」
「……」
僕は勝手に、ケーキをもぐもぐと食べているが……。
……二人の美少女は、コーヒーにすら手をつけず、互いに睨み合っている。
「……私は、
「私は長浜凛子。よろしくね」
「早速なのですが。長浜さんは、稲葉くんと一体どのような関係なのですか?」
「いなっ……。ごほんっ。……た、健くんとは、仲良くさせてもらってるわ」
秘密本を奪ったり、奪われたりする関係性を、仲良くと表現するのであれば、きっとそうなのだろう。
あと……無理して下の名前で呼んだから、顔が真っ赤だぞ。
「ほぉ~ん……。……では、彼女ではない、と」
「……そうね」
「だったら、もう稲葉くんとは縁を切ってほしいのです。今日から――ルールーが、稲葉くんの彼女なのですっ!」
「え」
ルールーが、いきなり僕の腕に抱き着いてきた。
「あなたっ……! 何をしているの!? 淫らな行為はやめなさい!」
「淫らぁ? ルールーはせくしぃ~♡ な大人の女性なので、これが普通なのです!」
「どこがセクシーなのよ……! クソ貧乳じゃない!」
ぼいんっ!
長浜さんが、おっぱいを揺らしながら、ルールーを威圧した。
……いやごめん。おっぱいをわざと揺らしたわけじゃないです。ただ威圧しただけです。でも、すっごく揺れてたんです。本当にごめんなさい。
「おっぱいだけがセクシーだと感じるのは、中学生のガキンチョまでなのですよ……? 高校生からは、言動や立ち振る舞いが大事なのです……!」
「ルールー。そろそろやめといた方が良いぞ。墓穴掘るから」
「稲葉くんは黙っていてほしいのです! あとついでに、手が空いてるなら頭を撫でるのです!」
残念。僕の手は、ケーキを運ぶので忙しいんだよな。
「いなっ……。……健くんはどうなのよ! こんなちんちくりんのマリモみたいな髪の色をした女の子が、彼女でも良いっていうワケ!?」
「長浜。冷静になれよ。僕たちは年上だぞ。後輩には優しくするべきだ」
「冷静じゃいられないわ。――もし、いなっ――健くんの手がなくなったら、私はもう終わりよ。廊下でおしっこを垂れ流す、おむつ必須のおもらし女になってしまうわ。風紀もクソもないわよ。いや、糞はあるかもしれないわね。ついでに――」
「ごめん。今、ケーキ食ってるんだ。僕」
長浜さんのキャラ崩壊……そろそろ止まってくれないかな。
出会った時とは完全に別人だよ。どうしてこうなっちゃたんだろう。
「稲葉くん! ルールーは、さっきから告白をしているのですよ!? さっさと答えてほしいのです!」
「え、いや……こ、告白?」
「そうなのです! 稲葉くんのことが、好きで――。彼氏にしたいと、そう言っているのに、な~にを呑気にケーキをパクパク食べているのですか! ルールーに、あ~んってしてほしいのです!」
「しないよ……。……あのさ。ルールー。気持ちは嬉しいんだけど、さっきも言ったように、ルールーは今――」
「うるさい唇は――こうしてやるのですっ♡」
「んっ――え」
ちゅっ……。
っと、音が……した。
気がした。
いや、したな。多分。
僕の唇に……。
柔らかくて、ぷるっぷるの……。
――ルールーの唇が――重なった。
「……っ」
さすがに、ドキドキしてしまう。
今ならこの胸のときめきに任せて、ラブソングの一つや二つ、作れてしまいそうだ。
いいや。僕の心情描写なんてどうでも良い。
今、もっとも輝いているのは――。
僕の腕を、ぎゅっと抱きしめながら……頬を真っ赤にして、涙目になっている、ルールーだ……。
「……あぅ」
僕と目が合うと、恥ずかしそうに逸らして俯く。
ヤバい。
めちゃくちゃ可愛い。
中学三年生の時に付き合っていた彼女を想い出す。
あの子も……こんな風に、キスをするときは、いつも照れていたような――。
「……チョコレートの味……なのです……♡」
ルールーが、唇を抑えながら囁いた。
そうだろうな……。
チョコケーキ……食べたばっかだからな……。
「ルールーの口を……稲葉くんと同じ味に、してほしいのです……♡ ……そ、そのチョコレートケーキを、あ~んって……♡」
「……」
どうしよう。
ま、まぁ、そのくらいなら、イイかな?
例え、能力でルールーが僕にメロメロになっている状態だとしても。
あ~ん♡ くらいは、イイよな?
一口サイズに切り分けたチョコケーキを、ルールーの口に……。
「どりゃっしゃぁ~~~い!!!」
近づけようとしたところで――空手チョップが飛んできて、フォークがテーブルに落下した。
「な~にをするのですか! このお邪魔虫!」
「カナブンみたいな髪の色をしたあなたに、虫とか言われたくないわよ! あぁもう! 絶対に許さないわよ!? 風紀委員として、キスだなんてエッチッチな行為を、見逃すわけにはいかないわ!」
「ふんっ! 何を言われようと、ルールーは稲葉くんの彼女なのです! 誓いの口づけも交わしたのです! 長浜さんの出る幕なんて、無いのですよ!」
「私立白咲山高校――」
「……え」
「あなたの――高校名よ」
ルールーが……明らかに絶望している。
「白咲山高校は……アルバイト禁止のはず――。今すぐ学校に報告を――」
「……落ち着くのです」
「落ち着いてるわ。冷静に虫を叩き潰す、田舎のおばあちゃんの心持ちよ」
「どんな心持ちだよ。あと、ついでに聞くけど、どうしてルールーの高校がわかったんだ?」
「勘よ」
わぁ~。ラブコメってラクチン♪
……冗談です。ごめんなさい。
「宮永さん……。ここは一つ、私と勝負しましょう」
「……勝負?」
「えぇそうよ。名付けて――ナデナデ我慢対決」
「な、なんですか、それは……」
「ルールは簡単。先に頭を撫でてほしくなってしまった方の負け。――負けた方は、今後一切稲葉くんとは関わらない。良いわね?」
「ふんっ……。受けて立つのです……! ルールーは別に、稲葉くんのナデナデ目当てではないのですよ!」
「私はナデナデ目当てよ!」
ダメだ。この風紀委員。
そんなこんなで……対決が始まるらしいです。
コーヒー、冷めちゃったよ……。
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