即堕ちハーフ美少女と、鬼ヤバ風紀委員の襲来。

「うっ。なんか、寒気がしたのです……」

「奇遇だな。僕もだ」

「そんなことより……! どうしてそんな、困った顔をしているのですか? ルールーの頭を撫でるのが、イヤということですね!?」

「ち、違う……。これにはだな。深い深い……それはもうマリアナ海溝くらい深い理由があって……」

「ぬんっ!」

「えっ」


 ルールーが……手を上に上げて、背伸びしている。


「うっ! ぬんっ!」

「なに……してるんだ?」

「ルールーも、稲葉くんの頭を撫でてあげるのです! そしたら、日本人の……御恩とほーこー? でしたっけ。とにかくそんな感じで、ルールーの頭を撫でるしかなくなるのですよ! だから早く、縮むのです!」

「縮むのは無理だろ……」


 一生懸命ぴょんぴょんしているルールーが可愛いので、しばらく見ていたが……。


「うぅ……」


 また――泣き出してしまった。


「な、なんでそんなすぐに泣くんだよ……!」

「だってぇ……! ルールー、頭を撫でたくないなんて言われたの、初めてなんですぅ! いつもいつもみんなより背が低かったので、可愛い可愛いって言われながら、たっくさん愛してもらったのです! 稲葉くん、自分がちょっと顔が良いからって、ルールーのことを邪険に扱いすぎなのですよ!」

「え? 今、なんて言いました?」

「可愛い可愛いって言われながら、たくさん愛してもらったのです!」

「そこじゃねぇよ」


 間違いなく……。

 ……顔がちょっと良いから。って、言いましたよね?

 僕はライトノベルの主人公じゃないから、自分に向けられた称賛は、どれほど小さな声量であろうと、絶対に拾う自信があるぞ。


「あうぅ……。い、今はそんなこと、どうでも良いのです! さっさと頭を撫でるのですよ!」

「いや待て。元を辿れば、質問をしようとしていたんだぞ。僕は。……つまり、その質問をすることさえ止めてしまえば、頭を撫でる必要なんてなくなるはずだ!」

「うぇえぇ~~んっ! もう良いのです! マスターに撫でてもらうのです!」


 ルールーは、またしても……店長室に走って行った。


 困ったなぁ……どうしよう。

 多分あの調子だと、これから先、何度も頭を撫でることを要求してくるぞ……?


 ……バイト、辞めようかな!


 ◇ ◇ ◇


「せっせっせっ」

「……」

「ほっほっほ」

「……」

「ぬぅ~~んっ」

「……」


 翌日。

 バイト先を訪れたところ……。


「ひっひっふぅ~~」


 ……普段は、僕が来るまで、ずっとバイト控室でサボっているはずのルールーが、張り切って店内を掃除していた。


「あっ! 遅いのですよ稲葉くんっ! もうルールーが、全部全部済ませておいたのです!」

「お疲れ様です……」

「はぁ!? なんですかその、冷たい態度は! も、もしかして、自分で掃除をしたかった……とか? それだったら申し訳ないのです……」

「いや、全くそんなことはないけどさ……。……なんでこんなに、張り切ってるんだ?」

「……内緒なのです!」


 ルールーは、店内だけではなく……。

 

 僕が着替えている最中に、アルバイト控室まで入ってきた。


「邪魔なのです! 片づけをするですよ!」

「……ほとんど、ルールーの食べたお菓子のゴミとかだけどな」

「うるさいのです!」


 理由もわからないまま、ルールーは必死で働き続け……。

 ある程度仕事が終わったところで、いきなり僕の目の前にやって来た。


「……ルールー。頑張ったのです」

「……うん」

「頑張ったルールーには、ご褒美が必要だと思うのです」

「あ――」


 ……そういうことかよ。

 僕は思わず、ため息をついてしまった。


「頭を……撫でるべきなのですよ! よしよし! よく頑張ったね~~! って!」

「……」

「ど~~して心底迷惑そうな顔をするのですか! 自慢ですが、ルールーはとっても可愛い女の子ですよ!? 緑色の髪が世界一似合う、超絶ウルトラパーフェクト美少女! そんな可愛い可愛いルールーの頭を、タダで撫でられるだなんて……! こんなラッキーなイベント、もう二度とないかもしれないのに! そのチャンスを逃すつもりですか!?」

「わ、わかったって! そんな近づくなよ……」

「捕まえたっ!」

「えっ」


 ルールーが……僕の手を握ってきた。

 

 まずい――。


 その手を――自分の頭に乗せる。


 ぽふんっ♡


「……ぃ?」


 ルールーが……目を見開いて……小刻みに震えている。

 それだけじゃない。

 僕を、ゆっくりと見上げたかと思えば――。


 頬を――真っ赤に染めたのだ。


「はんっ……♡ おうまい……がぁ~っと……♡」


 思い出したかのように発揮される、ハーフ要素。

 ルールーの色白の肌が、頬だけでなく……まるで温泉にでも浸かったかのように、全体的に赤みを帯びていく。


 もう遅いが、僕は一応、手を離した。


「……♡」

「……ルールー?」

「ルールー。ビビっときたのです」

「……なにが?」

「稲葉くんのことが――好きになってしまったのです」


 ……あ~あ。

 最悪の状況に、なってしまいましたよ。

 ナデナデ、してないじゃん……。

 頭に手を乗せただけじゃん……。

 上位互換の出来事が起こるタイプのタイトル詐欺って、珍しいだろ……!


「稲葉くんっ!」

「うわっ!?」


 ルールーが、ぎゅっ♡ っと抱き着いて来た。

 マズいマズい。柔らかい良い匂い良い匂い柔らかい。

 おっぱい無いくせに、なんで女の子ってこんなにフワフワしてるんだよ……!


「稲葉くんっ♡ ぬんっ♡ 稲葉くぅんっ♡」

「待て待てルールー! 事情があるんだ!」

「事情? 大丈夫なのです! ルールーは事実婚でも構いません!」

「何の話だ!?」


 僕はルールーに……手に宿った能力のことについて、説明した。


「……なるほどぉ」


 ルールーは、納得したように頷くと……。


「そんなこと、どうでも良いのです♡」


 また、僕に抱き着いて来た! なんでだよ!


「ルールー落ち着け! 今のお前は、催眠にかかってるような状態なんだよ! 一旦冷静になれ!」

「無理なのです♡ もう頭をナデナデしてほしくて、気が狂いそうなのですよ♡ 稲葉くんにメロメロにされても構いません♡ だから早く♡ よしよしってするのです♡ ルールーよく頑張ったね♡ 偉いね♡ って言いながら撫でてくれたら、きっとルールーは……『頂点』に達することができるのですよ!」

「なんだよそれっ! 良いから離れてくれっ!」

「い~や~な~の~で~すっ!」


 どうすりゃいいんだよ……! この状況……!


 そう思っていた、まさにその時――。


 店のドアが――開いた。

 一年に一度くらいしか、お客さんが来ないと店長が言っていた、この店のドアが――開いたのだ!


「た、助かった……。おいルールー! お客さんが――」

「浮気ね」

「え」


 ……あぁ。なるほどな。

 神様なんて――いなかったんだ。

 入って来たのは……。


「……稲葉くん? あなたの体に、大きなカナブンがへばりついているわよ?」


 ……激ヤバ風紀委員の――長浜凛子さんだった。

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