ピンチの後には、必ずピンチが訪れる(人生かな?)

 気のせいだろうか……。

 長浜さんの声が、聞こえたような気がした。


「あっ」


 それと同時に、部屋の明かりが灯る。


「……なんてね」


 僕の首に垂れているのは……生温かい、ただの水だった。

 

「待ち針は……」

「私の爪。……ビビりすぎでしょ」

「はぁ……。やめてくれよ……こんなことは……。僕が何をし――」

「勝手にバイトを始めた」

「ひっ」


 弓音が、いきなり目つぶしをかまそうとしてきた。

 なんだなんだ。なんでこんなに好戦的なんだよ。今日の弓音。

 どちらかと言えば、言葉で攻撃してくるタイプだったはずなのに。


「か、勝手にって……。お前に許可を取れなんて、言われたことないぞ!?」

「わかるでしょ。なんで私の許可も無いのに、何か行動ができると思ったの?」

「王女様かよ……」

「……あの女のため?」

「え?」

「バイトしてるの。あのおっぱいのデッカい女のためじゃないの?」

「……全然違うよ。あのな弓音。そうでなくても、普通に生活していたら、お金くらい必要になるのが当たり前だろうが」

「ふぅん」

「なんだ。ふぅんって」


 随分と疑っている様子だな……。

 ……僕と長浜さんの、普段の会話を見たら、絶対に恋愛関係はありえないということが、わかるはずなんだけど。


 いや……。怪しいか。

 『はにゃんっ♡』

 とか。

 『おほっ♡』

 とか……言ってるもんな。


「どうせ、バイト先で新しい女でも作るつもりなんでしょ」

「いや……」

「いるの? 女」

「か、顔が近いっての……」

「兄貴、女ったらしだもんね。……ね?」

「悪かったって……。……バイトするのは、最低限の生活費を得るためだよ。せいぜい週に二回くらいだろうから、多めに見てくれ」

「今は……ね。ただし、何かしら女と接点を持った瞬間に――シバくから」


 ……長浜さんを家に連れ込んだ一件以降、敏感だなぁ。

 別に……僕の人生なんだから、好きにさせてくれれば良いのに。


「それを言うならさ。お前もバイト先で彼氏とか作るなよ? そうじゃないとアンフェアだ」

「……作らないっての」

「作れないんじゃなくてか」

「刺されたい?」

「お、おい。いつの間に本物の待ち針を……」

「……出てって。思春期の女の子の部屋に入るとか、マジありえないから」

「はいはい……」

「はいは三回」

「はいはいはい。……え?」


 なんだかんだで……。


 ……妹と会話する機会が増えてるので、僕は嬉しいです。はい。


 ◇ ◇ ◇


「ぶぇ~~っくしょぉ~~んっ! ……あっ」


 宮永さんが、思いっきりくしゃみをしたことにより……。

 せっかく塵取りで集めた埃が、一気に散らばってしまった。


 威力高すぎだろ……。

 体は小さいのに、くしゃみはパワフルなんだな。


「今、チビのくせにくしゃみがデカいなって、思いませんでしたか?」

「……思った」

「ぬんっ! それはセクハラです! よって、稲葉くんはクビなのです! バイトリーダーのルールーが言うんだから、絶対絶対クビ決定なのですよ!」


 腕を組んで、僕を睨みつける宮永さんは……。

 ……マジで可愛い。


 うん。本当に。可愛すぎる。

 どうしよう……。

 ……ちょっと、好きになりかけてます。


 しかし、弓音の言葉を想い出して、身を引き締める。

 

 そもそも、これだけ可愛い女の子なんだ。どうせ……彼氏くらいもういるだろう。


 ……いる、だろう。

 でも……。

 一応、色々聞いてみるか。


「あのさ。宮永さんって……」

「ルールーで良いですよ。宮永さんなんて、呼ばれたことないのです」

「じゃあ、ルールーたん……」

「たん……!?」

「あっ……。ま、間違えた。ごめんごめん」

「やっぱりセクハラなのですっ! マスタぁ~~!」


 宮永さん……改め、ルールーは、店長室へ向かったのだが……。


「……ぬんっ! 許せません……。ヘラヘラするだけで、ぜんっぜん話を聞いてくれなかったのです! ジャパンの隠蔽体質……憎らしいのですぅ……」


 歯をギリギリと鳴らしながら……苛立った様子で戻ってきた。


「あのさ……。掃除の続きをしようぜ。ルールー」

「どうして稲葉くんが命令するのですか! ルールーは先輩なのですよ!?」

「わかりました。お願いします。宮永さん」

「うっ……。そんな冷たい言い方、しないでほしいのです……」


 はぁ……。

 ため息が出ちゃうくらい可愛い。

 バイトのシフト……増やそうかな。


 ……みたいなことを考える度に、包丁を持った弓音の姿が浮かぶ。

 なんで僕は、実の妹に……ここまで行動を制限されてるんだ。

 縛りプレイなのか?

 

 まぁでも……。

 純粋に、仲良くなるためにも、質問は必要だろう。


「ルールーはさ……。どうして緑色に髪を染めてるんだ?」

「ふふんっ。よくぞ聞いてくれたのです。あぁでも、タダで教えるのは、なんだかもったいない気がするのですよ……」


 ルールーは……。

 両手で皿を作って、僕に突き出してきた。


「なんだ。餌の時間か?」

「違うのですっ! 金ですよ! お~か~ねっ! ルールーのプロフィールを教えるごとに、百円払ってもらうのです!」

「あ~……」

「……どうしたのですか。まさか、百円が払えないということもないでしょう。小学生じゃあるまいし」

「ルールー。すまん……。……僕、一文無しなんだ」

「……ほぁっ!?」


 かなり驚いた様子で、ルールーが飛び上がっている。

 そんなに大げさなリアクションを取らなくても……。


「じゃ、じゃあ……。ルールーがさっき、ジュースを自慢しながら飲んでいた時も……。……い、稲葉くんは、辛い思いを……?」

「いや、辛いってほどじゃなっ……え」

「うぅ……。ごめんなさぁい……」


 ルールーが……泣いている。


 もう……勘弁してくれよ。

 なんで僕の周りの女の子は、みんなすぐ泣くんだ。


「ルールー、無神経でしたっ! 反省するのです……。お詫びに、さっきルールーが飲んだジュースを、一口だけ分けてあげるのですよ」


 めちゃくちゃケチじゃん……。

 でも、気持ちは嬉しいな。


「ありがとう。えっと、それで、髪の毛……」

「じゃあ、撫でてほしいのです!」

「え?」

「ルールーが、一つ質問に答える度に、よしよぉ~し♡ って、頭を撫でてほしいのですよ! これならお金も発生しないのです! どうですか?」


 ……なんだこの、めちゃくちゃ都合の悪い展開は。


 ◇ ◇ ◇


「私を出しなさいよ。ねぇ。次回はさすがに学校回よね?」


「……あ、あと、二回もバイト回が続くの……!?」


「信じられない……! 私は使い捨てヒロインってことかしら! あ~あ。さすがは大量消費社会。飽きたらすぐにポイなのね。最低!」


「良いわよ。そっちがその気なら――私、勝手に出演してやるんだから」


「待ってなさいよ!? 宮永・ルールー・清美ぃっ!」

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