妹がヘラるのが一番怖いよね。

「……」

「……」

「……」


 状況を説明しよう。

 テーブルに腰かける三人。

 長浜さんとルールーは、隣り合っている。

 その向かいの席に、我が妹の弓音が座り、腕を組んで二人を睨みつけているという構図だ。

 僕は……正座をしている。

 固い床でな。 

 足が壊れちゃうよ……。


「宮永さん。だったっけ」

「ルールーで良いのです」

「宮永さん」

「……ルールー」

「チビ」

「はぁっ!?」

「お、落ち着きなさい……宮永さん」

「ルールーっ!!!」


 どうしよう。殴り合いとかになったら。

 店長を呼ぶしかないか……。

 ……いや。そうじゃん。今の僕って、バイト中なんだよな?

 こんな光景、動画を撮影してネットにアップロードしたら、一瞬でアンチコメントまみれになりそうだ。


「そっちの、おっぱいが無駄にクソデカくて、こないだ私とおにっ……。……私の家に忍び込んできた不法侵入乳房女は、長浜だっけ」

「呼び捨て……!? 私は風紀委員よ!? よくも呼び捨てにしてくれたわね!」

「長浜さん。先輩の方で怒らないと」

「兄貴。喋んないでって言ったよね?」

「ごめんなさい」


 家に帰ってから、何をされるかわかったもんじゃないので、大人しくしておこう。


「はぁ……。……で、あんたたち二人は、兄貴の何なの?」

「私は撫でフレよ」

「撫でフレ?」

「セフレの頭ナデナデバージョンね」


 史上最悪の説明文だな。


「そっちのクソチビは?」

「クソチビは酷すぎて草生えるのです!」

「生えないから。さっさと答えて」

「ルールーは、稲葉くんの彼女なのですっ!」

「……ふ~ん」

 

 弓音は、コーヒーを一口飲んだあと……。

 静かに息を吐いて……。


「……意味、わかんねぇだろうがよおぉおぉおお!!!!」


 銀○の登場人物みたいな声で、叫び出した……。


「はぁ!? 撫でフレ!? なんだよセフレの頭ナデナデバージョンって! それじゃあなに!? 頭を撫でることが、あんたにとって、セックスになるってこと!? バッカじゃないの!? それからそこのチビっ! 兄貴はバイト始めてちょっとしか経ってないのに、もう彼女ってどういうこと!? ど~せ普段からとっかえひっかえしてんでしょ!? この尻軽女っ! いいぃや尻だけじゃなくておっぱいも軽そうだね! おっぱい尻軽痴女! 二人とも土下座して私に詫びろっ!」


 はぁ……はぁ……と、弓音は呼吸を乱している。


 ……さすがに、言い過ぎだろう。

 ここは兄として――ちゃんと説教してやらねば。


「なぁ、弓――」

「黙れ」

「はい」 


 無理でした!


「……あのね。弓音ちゃん」

「……なに?」

「確かに私は……。稲葉くんのことを、本当に好きかどうかはわからないわ。……いいえ。むしろ嫌いである可能性の方が高いかもしれないわね」

「ルールーは絶対好きなっ――」


 長浜さんが、ルールーの口を塞いだ。

 苦しそうにもがくルールーを抑えながら……話を続ける。


「けど……。もう、無理なのよ。あの手無しでは、私は生きていけないのっ!」

「あの手……?」

「あっ」


 マズいです。

 僕――弓音に、手に宿った能力のこと、話してないんだよ。

 だって……。もしバレたら、僕が弓音の頭で実験しようとしていたこととかさ……色々面倒になりそうじゃん。

 

 だから、言わないでほしい。


 頼む……長浜さん……!


「そう、あの手よ! 『撫でた女の子をメロメロにしてしまう』能力のあるあの手!」


 バカっ……!

 そんな具体的に説明しなくても良いだろっ……!?


 弓音が、立ち上がり――僕に近づいてくる。

 

 次回、稲葉健、死す。

 そんなネタバレまみれの次回予告と共に、番組が終了しそうだ。


「……兄貴、さ。私の頭、撫でようとしてたよね?」

「……はい」

「それはなに。つまり――私を、メロメロにしたかったってこと?」

「違います。あの時は、まだ手に宿った能力について、何も知らなかったんです」

「え? なに? 聞こえない。私のこと、メロメロにしたかったって、言ったよね?」

「言ってなっ――」

「言えよ」

「え」


 弓音の顔が――。

 いつのまにか、真っ赤に染まっていた……。


 一体、何が起こったんだ……!?


「……今よ!」

「えっ、あ――」


 僕はいきなり、長浜さんに手を引っ張られ――。 

 そのまま、転ばないように、走っていた。

 正座をしていたことで、痺れている足に、なんとか鞭を打ち……。


「はぁ……こ、ここまで来れば、きっと大丈夫よ……!」


 十分ほど走った先にある公園で、ようやく足を止めた……。


 ルールーは、長浜さんに抱えられていたために、頭が揺れて、混乱状態に陥っている。


「あうぅう……。グラグラするのですぅ~……」

「あ、ありがとう……長浜さん……助かったよ……」

「いいえ。……あの子の殺気からして、すぐにでも逃げないと本当にヤられていたと思うわ。隙を作ってくれたことに、感謝してあげるわよ」


 こうして、なんとか、弓音から逃げることはできたのだが……。


 ……バイト中、なんだよな。

 もうクビかもしれない。

 けど……命には代えられないか。


「あ、あの……だからね? その……。わ、私、頑張ったと思うのよ。ご褒美とか、あっても良いんじゃないかしらね?」


 ルールーみたいなことを言い始めた……。


 とはいえ、感謝するべきなのは間違いないだろう。

 幸い、周りには誰もいないし……。

 ルールーは半分気絶してるし……。


 ……撫でるか。


「……いくよ?」

「き、きなさいっ……!」


 さっ……っと、指を馴染ませる。

 走ったから、頭皮から汗が滲んでいて……。

 いつもとは違う、蒸れた感じがする……。

  

 ……あとで、手の匂いを嗅ごうかな。

 そんな変態的思考を持ち合わせつつ、長浜さんの大好きな、頭頂部ゴシゴシをしてあげた。


「あひんっ♡ にょほぉ♡ これよこれぇ♡ これがないともう私、生きていけないわぁっ♡ んひょのほほほぉ~~んっ♡」


 声がデカい……。

 あ、あと、ぶるんぶるん震えてるから、おっぱいが揺れるんだよなぁ……!


「はい、終わりね……」

「……ふぅ♡ ふぅ♡ んっ♡ ……なはぁ~……♡ やっぱりしゃいこぉ~♡」

「ルールーの勝ちなのです!」

「「へ?」」

 

 ルールーが……長浜さんの腕から脱出し……勝ち誇ったようにガッツポーズをした。


「ナデナデ我慢対決……! 勝者は、宮永・ルールー・清美……! やったやった~~~なのです~!」

「しまっ……たぁ~~~!!!」


 あ……。

 そう言えば、そんなこともしてましたっけ。


「でも、ルールーは優しい女の子ですから? 長浜さんにもナデナデの時間を分けてあげるのです。一人占めは良くないと、ママに教わったのですよ!」

「宮永さんっ……! あなた、良い子なのね……!」

「ルールーで良いのです! ……またいつ、あの弓音とかいうヘラってる女が襲ってくるかわかりません。一応、最低限の友好関係を結んでおいた方が良いと、ルールーは判断したまでなのですよ。……それ以上の意味はないのです」

「ルールーちゃんっ! ありがとうっ!」

「ぶはっふっ!?」


 長浜さんが、ルールーに抱き着いた……。

 ルールーの顔よりもデカいんじゃないかってくらいのおっぱいで、顔面が潰されて、ルールーが苦しそうにジタバタしている……。


 ……一件落着……。なのかな?


 いや……。

 絶対そんなことはない。

 だって僕――家に帰らないといけないし。


 弓音……一億パーセント怒ってるだろうなぁ……。

 さすがに、家族もいる中で、命までは奪われないだろうと思うけど。


「じゃあ、僕……帰るよ……」

「ちゃんと、胸ポケットにはお守りを忍ばせておきなさい。銃で撃たれた時に、あなたを守ってくれるわ」

「物騒すぎるよ」

「稲葉くんっ……! もしも無事でいられたら、また明日会いましょう!」

「死亡フラグを立てないでくれ」


 こうして僕は……帰路に就くことになった。


 ……帰り道で、一応遺書くらいは書いておくか。

 

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