才原春香はワガママ娘。
「すごいすごい! 出店があるぞ……! 焼きそばにイカ焼き……! あぁっ! ベビーカステラまでっ!」
「……随分とお元気で」
どうやら、何かしらのイベントとかち合ったみたいで、街の方に出ると、出店がズラリと並んでいた。
大はしゃぎの才原さんに対して……。僕はもう、ちょっと疲れ始めてます。
人混み……苦手なんです。陰キャなので。
そう言えば、忘れかけてたけど、才原さんはそれなりに社交的な女の子――悪く言えば、陽キャなんだよな。
いや、陽キャのことを悪く言うのは、陰キャだけなんですけどね。
とにかく……はぐれると面倒なので、なんとか追いつこうと頑張ってみる。
「うはぁ~! あっちに金魚すくいがあるっ! 稲葉くん早くしなさいっ! 早く早くっ!」
「ま、待って……。……うぉ」
どうやって才原さんは、あんなに早く移動できてるんだ……!?
すっかり人混みに呑まれてしまった僕は、一旦追いつくのを諦めて、自販機で休憩することにした。
「おいおいおいっ! こんなにも出店があるのに、自販機なんかでジュースを買うな!」
すると、思いのほか早く、才原さんが戻って来てくれた。
けど……周りにも自販機で買ったジュースを飲んでる人がいるから、できれば大きな声は出さないでもらいたい。
「んっ!」
「え、なに?」
才原さんが、僕に手を突き出してくる……。
グーでもなく、チョキでもなく、パーの形だ。
「……手を、繋ごうっ! そうすればはぐれない!」
「あぁ……。……うん。ありがとう」
「よぉ~し! 行くぞ~!」
こうして僕は、才原さんに腕を引っ張られることになった。
……歩くのが早い。
せっかく、良い旅館で、リラックスできると思ったのになぁ。
「い、な、ば、くんっ! どうしてそんなにノロノロしてるんだ!」
「あのさ」
「なんだ!」
「……僕たち、性格が合わないね」
「え」
才原さんの足が、ピタっと止まった。
「その……。……付き合う云々ってさ、やっぱりこういうところも影響してくると思うんだ」
「……だって。金魚すくい……」
「あんなの、全然取れないんだから、なくなることないでしょ……。そんなに焦らなくても……」
「わかってないなぁ……稲葉くんは……。……この盛り上がりに身を任せて、流れのままに楽しむ……! そういう時間が、大事だと思うぞ! 若者には!」
「そうかなぁ……」
「少なくとも……。私はそうしたいし、そうでありたいし――稲葉くんと、そうなりたい……なっ」
顔を真っ赤にして……呟かれてしまった。
こういう仕草は、本当にズルいと思う。
……これだけやってくれたら、すぐにでも好きになってるのに。
「金魚すくいは良いけど……。持って帰れないでしょ?」
「……確かにその通りだ。……ほ、ほら! こうして、凸と凹が重なり合うような面もあるわけだから、気の合わない二人というのも、案外良いかもしれないぞ!」
「都合の良い解釈だな……」
「あっ……! で、凸と凹は、別に下ネタじゃないからな……!」
「都合の悪い解釈だ……」
当初の目的を想い出そう。
僕たちは……お腹が空いたから、ご飯を食べに来たはずだ。
せっかく観光地なんだし……。どこでも食べられる出店の料理じゃなくて、ご当地の美味しい食材を使ったレストランとかに――。
「すいません! たこ焼きを一つください! あっ! ひ、一つというのは、ワンパックという意味で、一つだけじゃないです! あっ! でも! あっ! 一つのたこ焼きを二人で分け合うのもアリか……! なぁ稲葉くんっ! 君はどう思う!?」
「おじさんが困ってるから、普通に注文してもらって良いかな」
……ご当地料理は、明日以降にしよう。
◇ ◇ ◇
「うむ……やはり、出店の料理はどれも格別だ……!」
「なんか、才原さんって……。もっと、栄養には気を使え! とか、言うタイプかと思ったよ」
「普段はそうだが……こういう時ばかりは良いだろう。ソースがべっちゃべちゃの焼きそばとか、序盤で飽きてしまいがちな林檎飴とか……! どれも、夏っていう感じがして、私は好きだぞ!」
「そっか……」
……いや。よく考えてみると、スイーツ愛好家なのに、全然太ってないから、バランス取ってるんだろうな。
「じゃあ、食べたし……。戻ろっか」
「待ってくれ。せっかくの二人きりだ。もう少しイチャイチャしたい」
「そんなストレートに言うもんかねぇ……」
「……手を、繋いでっ! 出店をぶらぶらするカップルごっこがしたい!」
「えぇ……。もうあの地獄には戻りたくないです……」
「浴衣の貸し出しなんかもやってるみたいなんだ! あと……! 五時間後に、花火大会もある! それまでは二人っきりが良いな……!」
「五、五時間って……。何をして過ごすつもりなの」
「私は……。……こうして座っているだけでも、あっという間に時間なんて過ぎてしまうと思うのだが……!」
才原さんって……すっごい子供だよなぁ……。
わがままだし……。
……平気で下ネタ言うし。
長浜さんとも、仲良くないとか言ってたけど、意外と相性が良いような気がする。
「やっぱ戻ろう。こんな暑い中、五時間は――」
「やだっ!」
「あっ」
手を引っ張られて……抱き寄せられてしまった。
才原さんに、体を預ける形になり……。
……すぐ目の前に、才原さんの顔がある。
「……キスの距離だぞ。稲葉くん」
「しないでくれ。頼むから」
「するのは確定だ。唇、頬、鼻……。どこが良い?」
「勘弁してよ……」
「う、動くなっ!」
「なっ……」
才原さんに、肩をぎゅっと掴まれた。
「痛いって……」
「痛く、してる……! 君が、私から逃げようとするから……!」
「逃げないから……。……キスだけは勘弁って話」
「……物理的に、だけじゃないぞ。君は――私から、目を逸らしている。私はこんなにも、真摯に自分の好意と向き合っているのに!」
「才原さんのは、向き合ってるんじゃなくて、突進してるだけなんだって……」
「う、うるさ~い! 文句を言う唇は、私が塞いでやるっ!」
「っ!」
なんとか、寸前で躱したが……。
……ほっぺに、着弾してしまった。
相変わらず……柔らかい。
油断すれば、身を委ねてしまいそうになる……。
「ちゅっ……ちゅっ……♡」
「いつまで吸ってるんだよ……!」
「……ふはは。大満足だ」
「じゃあもう、離してくれ……」
「良いだろう。ただし、手は繋いだままだ」
「……はぁ」
ご飯……食べに来ただけなのになぁ。
こういう、ストレートな攻撃を、あと何回受け止めなきゃいけないんだろう。
「このナデナデ禁止合宿……。普通に考えれば、私が一番有利なんだ。なぜなら、他の二人は、ナデナデに対して依存している……。しかし私は、ナデナデが効かないからな。もう、勝負あったようなものなんだよ」
「だったら……こんな過激に攻めて来なくても良いのに」
「いいや。こうでもして、ちょっとずつ発散しないと――。君の寝込みを襲ってしまうかもしれないだろう?」
よくその性欲で、僕を寝袋に誘ってきたな。この人……。
「……はいはい。もう良いでしょ? 戻ろうよ。花火は……せっかくなら、みんなで見たいし」
「稲葉くん……。普通に考えたら、どうせ、二人きりで見るための、稲葉くん争奪戦が起こるに決まってるじゃないか。争い事は嫌いだろう? だから、二人で――」
「いやいや。そうしたとしても、後からどうせ喧嘩になるだけだって」
「……もうっ!」
才原さんが……抱き着いてきた。
この人さぁ……。……欲望に正直すぎない?
「行くなって、言ってるみたいだぞ!」
「だから、なんで他人事……」
「私の中の、君を想う気持ちが、そう叫んでいるんだ」
「わざわざ詩的な言い方しなくて良いから」
「……正直、今のこの状況を、グダってると言うのだろう?」
「よくご存じで。だったら――」
「じゃあ決める」
「え」
「――稲葉くんを……一人占めにしてやるっ!」
……誰か、助けてください。
好意に……ボコボコにされてます。
◇ ◇ ◇
「……遅いわね」
「遅いのです」
「もう、夕食の時間なのに」
「……まぁ、抜け駆けされたのは、間違いないわね」
「ひょっとして、花火大会を見るために……?」
「えっ。いや――。雨、降ってるけどなぁ」
「そういう冷静な判断ができるのは、稲葉くんだけなのよ」
「えっ……。ま、まさか。こんなに大雨が降っているのに、まだ花火大会が行われると、信じているのですか?」
「お兄ちゃんが風邪引いちゃう……!」
「落ち着いて弓音ちゃん。風邪を引いたら、弓音ちゃんがずっと看病できるわよ」
「そっか! えへへ♡ じゃあ、風邪引いてもらおっ!」
「……え。ルールーがツッコミ役なのですか?」
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